13話目 旧友
魔忍を倒した俺は、怪我した女の子たちをクラウンスフィード邸の客室ベッドに寝かせ、帰ろうと玄関へ。
「あ、あの!」
「ん?」
見送るモニカがなんだかしおらしい。
「感謝しましてよ」
「おう」
恥をかかせようとした相手に助けられて気まずいのかも。
(早く退散しよう)
ドアの取っ手に手をかけるとシャツをつかまれた。
「どうした?」
「いえ、その、お強いのね」
「鍛えているからな」
八年ほど女ひとりいない森の奥でおっさんと大自然を相手に、ね。
(あれ、涙が)
帰ろう。宿に戻ってリナーと続きをするんだ。
「わたくし、強い殿方は嫌いではなくてよ」
「ありがと」
「いえ」
あの、手を放してくださる?
(なんなんだ……)
どうせ「ふんっ。アンタなんかいなくたって私ひとりでなんとかなったんだからね!」とか「アンタのことちょっとは認めてあげなくもないわ!」とか、そんなところだろう。 いや、待てよ?
(ま、まさか俺に――)
と、ドアがバンッと開かれる。
「モニカ、無事か!」
「お母さま!」
あらわれたのは大魔導士ローザ。鮮やかな金色の髪、凛々しい眉毛、すっと通った鼻筋、つややかな赤い唇。軍服にすらりとした長身がよく映える。
(ん?!)
最後に会ってから十六年以上経っているはず。モニカという娘もいる。なのに昔のまま、姿形が一切変わってないのはどういうことだ?
(美容だとか化粧だかとか、そんなちゃちなものじゃない)
ローザめ。俺の目は誤魔化せないぞ!
(むむっ!?)
顔に残るわずかな魔力の残滓。これは……。
(魔法だ! こいつ、魔法で若さを保っていやがる!!)
実に巧妙な若作りの魔法。というかそんな魔法あるのか? 少なくとも王都にある魔導書にはなかった。ローザ特製か? なんて無駄な研究を。もう××歳にもなるのに外見だけなら二十代にしか見えんぞ!
(ん??)
××歳。××歳。本当は××歳なんだ。あれ?
「お前はなにものだ?」
「ひっ?!」
気づくとローザが目の前に。ワオ、年不相応な美肌。
「通りすがりのものです」
「ここでなにをしている?」
「あー、チョット、なんといいますか、ハイ」
怖ぇ。思えば学生のころからローザは怖かった。男嫌いで有名だった彼女は階段下でスカートを覗こうとした男を九孔(※両目、鼻、口、耳、尻、あと恥ずかしくて書けないような穴から)噴血させ、ダンスの授業中どさくさに紛れて尻を触った男を全裸にひん剥いて校門に吊るしたこともある。
当時ガキであることを利用して女の子の膝の上に乗っかったり、お弁当をあ~んして分けてもらったりしていた俺は、ずいぶん睨まれた。目をつけられたという意味もあるが、文字通り睨まれていた。そのパッチリとした御目目で、一挙手一投足を、学校にいる間中、ずーっと監視されていた。
(私に変なことをしたらどうなるかわかるな?)
言外から放たれる殺気をビンビンに感じ取っていた俺は、あまりのストレスで十円ハゲができた。視線恐怖症にもなりかけた。
そんなローザの目が俺を射すくめる。恐怖で頭が真っ白に。
(後生ですから、見逃してください)
全身から汗が噴き出し、体が震える。
「お母さま、こちらの方に今回ご助力いただきましたわ」
「ほう?」
モニカ! ありがとう!!
「ならば礼を言わねばなるまい。私はローザ。ローザ・クラウンスフィードだ。君は?」
「ジェイです」
「ジェイ君か。娘が世話になったな」
「いえいえ、ご無事でなりよりです。ハイ」
「魔族に不穏な動きがあるとは聞いていたが、まさか王都まで乗り込んでくるとは迂闊だった。ところで君はなぜここに?」
「たまたま通りがかって……」
ローザが肩を鷲掴みにする。
「どうして嘘をつく?」
めっちゃ食い込んでんだけど!? 痛い痛い!!
「いえ、嘘なんて言ってないです。ハイ」
「では質問を変えよう。君は貴族ではないな。どうやって貴族区に入った?」
(うぐっ)
これだ。昔からローザは異常なまでに勘が鋭い。
士官学校時代、クラスメイトにそそのかされて女子更衣室に閉じ込められた俺は、バレたらまずいと思って空きロッカーに隠れたが、ローザは更衣室に入ってくるなり真っ先に俺のいるロッカーを開け、首根っこをつまんで追い出した。
その後、俺をそそのかした連中が下半身丸出しで中庭に立たされ、ローザ監視のもと終日自己批判をさせらているのを目撃したときは、チビるかと思った。
「答えられないか。では、さらに質問を変えよう。君はずいぶん鍛えているな。師は誰だ?」
「マ、マスケル」
マスケルの名を出すのは癪だが、背に腹は代えられない。
「暁の騎士団のマスケルか。なるほど。それならその体格にも納得だな」
た、助かった……のか? ローザは手を放し、コツコツ、ブーツのかかとを鳴らして背後に回り込む。
「ところで君は魔法が使えるか?」
「いえ、使えません!」
耳元でささやかれ、ドキッとした拍子に嘘をついてしまった。
(ま、まあ、使えるって言ったらなにをさせられるかわかったもんじゃないしな)
剣士のマスケルを師と呼ぶくらいだ。魔法が使えなくたってなんら不思議ではないはず。あとはモニカが黙っていてくれさえすれば。
と、横、玄関の暗がりから殺気が。目をやると魔法陣から三日月の刃――高級魔法である”死神の鎌”が発現し、首筋へ。
「くっ!」
分解! なんとか鎌が届く前に魔法を破壊して難を逃れた、かに思われたが、
「また嘘をついたな」
ローザの腕が首に絡みつき、真綿で締めるように気道を圧迫してくる。
「いま君が使ったのは魔法だな。なぜ隠す?」
「ナンノコトカナア……」
「とぼけるな!」
息が!? 呼吸ができない!
「私は君によく似た目をした男を知っている。そいつは魔法が得意で、特に敵の魔法を破壊することに長けていた。そう、君がさっきやってみせたように」
クソッ。俺の腕力なら振りほどけるかと思ったが、しっかり魔法でガードしてやがる。こっちも魔法で対抗すればなんとかなるが。
「単なる偶然だろうか? 私にはどうにも君がそいつの関係者に思えてならないのだが」
ヤバい。意識が遠のく。
「……教えてくれ。君は賢者アインと関係があるな?」
首肯すると腕が緩み、酸素が一斉に肺へ流れ込んで、むせた。
「なぜ隠す? 私とアインは同門の出、旧知の仲だ」
関わり合いになりたくないからだよ。ああリナー、助けて。
「昔話をしよう。私は神童と呼ばれ、なにをしても都一番の子どもだった。だがある日、私を超える天才があらわれた。アインだ。その日から私はなにをやっても二番になった。悔しくて悔しくて、毎日血のにじむような努力をした。それでも勝てなかった。やつはそんな私を嘲笑うように毎日他の女とイチャイチャして、挙句の果てに首席で卒業していった。私を差し置いて、な」
それで恨まれていたのか。逆恨みじゃないか!
「やつが卒業してからも私は努力を続けた。必ず追いつくと信じて励み、いつの日からか大魔導士と呼ばれるようにもなった。ところが、魔族との一大決戦のために組織された暁の騎士団に私は入れなかった。なぜだと思う?」
それは……。
「アインだ。アインが私の入団を拒んだ」
それはローザに縁談が持ち上がっていたからだ。お相手はなんと王国第三王子と来たもんだ。俺は気を利かせたつもりだったんだけど。
「屈辱だった。お前は足手まといだと、戦力にならないと、そう見做されたことがたまらなく悔しかった。だから私は決意した。見返してやると、目にもの見せてやると。帰ってきたらコテンパンに負かしてやるんだと。だが、やつは帰ってこなかった」
ローザは強い。俺に次いで強かった。それは誰しもが認めるところだ。
(そんな風に思っていたのか)
あのときローザが側にいたら、俺は死なずに済んだのだろうか?
「後悔したよ。無理にでもついていけばよかった。そうすればやつを死なせはしなかった」
ああ、やっちまった。ちゃんと話すべきだった。苦手意識からコミュニケーションをとるのが億劫で、そのせいで彼女を傷つけてしまった。
(ほんとバカだな)
正直、魔族になんて負けないと思ってた。自分が死ぬなんて思いもしなかったんだ。だから、ちゃんと挨拶しないまま戦場に出て、それで……。
(思えば母さんにすら挨拶してなかったな)
前世の母はいまどこでなにをしてるのかな?
「おっと長話をしてしまったね。君の目を見て、昔を思い出してしまった。それで、ジェイ君はアインとどんな関係なんだ?」
あらためて聞かれるとどう答えたらいいか困る。
「賢者の生まれ変わりです」
「……そうか。うちの娘もそう呼ばれているよ」
やっぱり信じてもらえなかった。
「ところでジェイ君は何歳だ?」
「十五。もう少ししたら十六になるかも」
「ふむ」
ローザが目を細める。鋭い猛禽類の目。
「ご両親はなにをしておられるのかな?」
「母はノーザランド領の村で用心棒を。父は……知りません」
「そうか。きっと君の母はさぞ美しいのだろうな」
美しい? ゴブリンとかオークとかからすればそう映るかも。え、どういうこと?
「すまない。ぶしつけだったな。今日はもう遅い。明日、あらためて礼をしたい。昼にでも寄ってくれないか?」
断るとなにをされるかわからない。なにより早く帰りたい。
「わかりました」
「では、また明日」
俺は釈放されると飛ぶように宿へ戻った。




