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12話目 魔忍

 密命をびた魔族が、夜の街を駆ける。

 大魔導士ローザ。賢者亡きあと、人族を支え続けるの者を排除できれば魔族は勝利に大きく近づく。

 暗黒ダーク宰相キャンセラーロクサーヌの作戦は、娘のモニカをさらい、ローザをおびき出して暗殺するというもの。

 母と娘。助けに来ずともよい。我が子を見捨てたとなれば声望もかげる。いざとなれば我が子でさえも見捨てる非情は、諸侯に不信を抱かせるだろう。

 実行するのは隠密部隊『魔忍』。暗殺術を極めた恐るべき一党である。

 要人の暗殺にとどまらず、諜報、扇動、工作、さまざまな策謀をになう彼らにとって、小娘の誘拐などお手の物である。


「宰相殿も直接ローザ暗殺をご命じくださればよいものを」

「なまじ知恵が回る故、からめ手を好まれるのはいかがなものか」

「元をただせば魔王様が先の戦い以来、抜けておられるのが原因であろう。いまこそ一挙して人族を蹂躙じゅうりんすべきときではあるまいか」

「口が過ぎるぞ。いまは目の前の任務に専念せよ」

しかり。我らは忍。忍は主の命のまま動けばよい」


 屋根から貴族区をへだてる壁を飛び越え、ローザの屋敷へ。

 すでに下調べは終わっている。この日、ローザは演習に出ていて留守。屋敷にはモニカほか執事ら八人がいるのみ。


「見えたぞ、あそこだ」

「我らは周囲を警戒する。小娘の誘拐はお主に任せるぞ。クレパーリ」

「心得た。魔忍法・魔針丸ましんがん


 魔力を凝固して作った針を打ちこみ、ガラスを破って二階窓から侵入する。と、


「あら、お早いお出ましね」

「むっ」


 モニカは事前に襲撃を察知し、待ち構えていた。


「おとなしくなさい!」


 クレパーリの足元であらかじめ描いていた魔法陣が発動し、足を凍りつかせて地面に張りつける。が、


「魔忍法・素手露射怒すてろいど


 ふくれあがったふくらはぎの筋肉で無理やり引きはがし、跳びあがるや、


魔針丸邪舞ましんがんじゃぶ

氷盾アイスシールド!」


 ビタッと天井に張り付いて、魔法の針を雨あられと降らせる。

 たちまち木製の家具が穴あきチーズのように、レンガの壁が剣山のようになった。しかし、


「この程度かしら」


 モニカは無傷。針は魔法の盾を貫けない。


十煉菩諭とれんぼろん


 ならば体術ではどうか。魔法ではちきれんばかりに膨張させた両腕から放たれる無数のこぶしが、一発一発、破城槌はじょうついのごとく盾に打ちこまれ、ひびを入れる。


「ぬぅ」


 だが、攻めているはずのクレパーリが先に音をあげた。モニカの盾は触れるものをたちどころに凍らせる超低温の氷壁。クレパーリの拳はまとわりつく冷気で凍りつき、モニカがパチンッと指を鳴らすと砕け散った。


「ずいぶんもろい拳ね」


 モニカ・クラウンスフィード。ローザの娘であり、賢者の生まれ変わりと目される魔法の天才。わずか十六歳にして、その力は国一番の実力者である宮廷魔術師たちすら凌駕りょうがする。


「モニカ様! ご無事ですか」

「ご助力いたします!」


 さらに士官学校魔法科の学友二名も加わる。勝敗は決したか、に思われたが、


「なにをしますの!」


 そのふたりがモニカを取り押さえた。


「バカな女」

「どういうことかしら?」

「簡単なことです。貴方を売ったんですよ」

「……さぞ良い値がついたでしょうね」

「ええ。貴方みたいに高慢でクソ生意気な女に従うフリをするくらいには、ね」


 ふたりは手早くモニカを縄で縛り上げ、


「ほら、さっさと連れていきなさい」


 クレパーリに引き渡した。


「覚えていなさい」


 モニカを担ぎ上げ、クレパーリは窓から飛び降りる。そこへ、


「そのを放せ」


 ジェイが駆け付けた。



 俺はかすかな魔力の残りを追って貴族区に。

 貴族区は高い壁に囲われ、出入り口を衛兵が四六時中見張っているが、


「そいっ」


 きたえた大腿四頭筋きんにくならば跳躍ちょうやくして越えることなど造作もない。ぴょんと跳んで侵入し、並ぶ豪邸の中、ひときわ大きい邸宅へ足を踏み入れた。と、縛り上げた女性を担ぐムキムキマッチョメンが窓から飛び降りてくるではないか。


「そのを放せ」


 大事なことなんでね。何回でも言いますよ。


素手露射怒すてろいど

「へえ」


 魔力で筋肉組織を活性化する技。パンパンにふくらんだ脚部は常人とは比較にならないほどの怪力をようするようだ。しかし、


所詮しょせんはまがいもの」


 インチキで作った筋肉が真の鍛錬によって練り上げた筋肉に勝てるはずもない。

 繰り出される蹴りの膝裏を蹴り返し、


「ふんっ」


 パッと腰を返して逆足をあごに叩き込む神速の二段蹴り。


「これぞ飛燕脚ひえんきゃく


 いよいよ剣聖から遠ざかっている気がする。

 ぐらり意識を失った魔族は膝から崩れ落ち、抱えていたモニカは、


「痛っ!」


 地面にたたきつけられた。


「すまんな」

「いい……わけありませんわ!」


 早く縄をほどけと暴れる。


(助けたんだから大目にみてくれよ)


 やれやれだぜ。言われた通り縄目に手を伸ばす。が、


「おっと」


 邪魔が入り後ろへ跳ぶ。


「ほう。これをかわすか」


 地面に突き刺さる魔力の針。新たに魔族六名が参戦してきた。


「見え見えなんですけどね」

「少しはできるようじゃな。おい!」


 二名が屋敷に押し入り、


「助けて!」


 女学生ふたりを人質にとって出てきた。モニカが叫ぶ。


だまされてはいけませんわ。その娘たちは魔族の手下よ」

「その通り。だが」


 魔族がひとりののどをき切る。


「間違いなく人間の女だ。見捨てるか?」

「ひっ?!」


 悲鳴をあげる前に、もうひとりの首が締め上げられる。


「があっ」


 気管だけでなく頸椎けいついを圧し、ジタバタと手足がひとりでに暴れ出す。


「難しいことは言わん。少し目をつむってくれ」

「そうか」


 つむればいんだよな。俺は言葉通りに目を閉じてみせる。

 瞬間、針。


(だから見え見えだって)


 こっちは元賢者だぞ。目をつむっていたって魔力の流れを読んで発動を感知し、軌道を見切ることなんて朝飯前。さらに一度見ればだいたい真似できる。


魔針丸ましんがん!」


 針は人質をとっている魔族の眉間を撃ち抜いた。と同時に大腿四頭筋を爆発させて飛び掛かり、もうひとりを片付けて人質を確保する。


「貴方、いったい……」

「静かに」


 のどを切られた女を治す。


「モニカ。こいつらを頼む」

「え、ええ。承りますわ」


 じゃ、仕切り直しだ。


「貴様、なぜ我らの術を」

「ん? 真似したんだよ。いい術だな。極小の針が向かって来ても目では追いにくいし、魔力なら痕跡こんせきが残らないから対策されない」


 なにより魔力の消費を抑えられる。こいつらと違って俺なら指で弾いて撃ちだせるから、軌道もさとられにくい。


(ただ名前が気に入らねえ)


 魔針丸ましんがんか。暴走族かよ。普通にマジックニードルとかでいいんじゃないか?


「人間風情(ふぜい)小癪こしゃくな。おい!」


 残る魔族が四方に散開し、取り囲む。


「我らが秘術、受けてみよ! 魔忍法・魔封陣マジシャンズキラー


 足元に幾何学模様きかがくもようの魔法陣が浮かぶ。


(こっちの名前は普通なんだな)

「ふふ。これは魔法を封じる陣。猿真似もこれまでよ」

「へえ」


 意図的に隠してるんだろうけど、陣は一定以下の魔力量で発動する魔法を無効化するってだけで強力な術は封じられないし、効果は陣の中限定。さらにこの魔法を使う術者も影響を受ける。


(なるほどね)


 条件はきついけど面白い術だ。人間よりずっと魔法研究が進んでいるな。さすが”魔”族。


「貴様も多少は使えるようだが、我ら魔忍は元来体術の専門家スペシャリスト。武器を持った我々を相手にどの程度戦えるやら」


 魔族はじゃらり、鎖、鎌、棍といった武器を取りだした。


「え、魔忍法は終わり?」


 まあ陣の影響で使えないからそりゃそうなるか。後学のためにももうちょっと見たかったけどしょうがない。


「案ずるな。これから見せる武術こそ我ら魔忍の真骨頂。剣、槍、弓、棒と、武芸十八般を修め、心身を極限まで鍛えた至高の――」

旋風脚せんぷうきゃく!」


 魔法使わないならもういいや。

 俺は残りの魔族を文字通り一蹴いっしゅうした。


「本当に武芸に通じてんなら、ドーピングしたり、女の子を人質にとったり、そんな姑息な真似しないんだよなあ」

「お、おのれ。我らを倒したとて第二、第三の刺客が」

「めんどくさいからまとめて来てくれよ」


 魔忍たちは全員ガクッと意識を失った。

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