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11話目 王都

 王都キングスフォード。ここら一帯の盟主であるオーグス三世が治める街である。


「懐かしいな~」


 なにを隠そう前世での勤務先だ。


(魔王に負けておめおめと帰って参りました)


 なんとはなしに気まずい。あまり来たくはなかったが、ここから各地へ駅馬車バスが出ている。見知った道を歩き、最短で馬車停のある広場へ。と、


「あ、あれは……?!」


 広場の中央に見慣れぬ銅像が。近寄って見てみると台座には『命をもって十年の停戦を勝ち取った賢者様の像』とある。


(は、恥ずかしい///)


 賢者との戦いで恐れをなした魔王は、十年もの間、進軍を停止した。広場にいる人に聞いたら、そういうことになっているらしい。


(敗因がおっぱい、なんて言えない……)


 誰とも目を合わせられずうつむいていると、リナーが不思議そうにのぞきこんでくる。


師匠ししょー。どうしましたか?」

「あ、いや、魔王軍との戦況が気になってな」


 勿論、リナーはなにも知らないけどなんとなくはぐらかしてしまう。


(ま、まあ、実際のところなんで休戦してんだろうな?)


 田舎ではどうにも生きた情報が手に入らない。

 賢者を倒したのだから、魔王軍にとって攻め込むにはまたとないチャンスなはずだけど――。


「キャッ」

「おっとすまん」


 っと、女の子にぶつかってしまった。


「お嬢様、大丈夫ですか!」

「気をつけなさいよ!」


 見ると女学生が3人、こちらをにらんでいる。

 制服から察するに王立士官学校の生徒のようだ。


(なら後輩にあたるな)


 懐かしい。飛び級で卒業したから短い間だったけど、楽しかった……ような気がする。


「なに気持ち悪い顔をしているのよ!」

「こちらにおわすお方をどなたと心得ますの。おそれ多くもさきの宮廷魔術師団長、大魔導士ローザ・クラウンスフィード様のご息女、モニカ・クラウンスフィード様にあらせられますことよ。が高い。控えなさい」


 ローザ! 俺が首席で卒業したとき次席だった娘だ。


「へ~」


 気位の高そうなツンとした目。金髪にクルクルと巻いた長い髪。ピンと伸びた背筋からは育ちの良さがうかがえる。


「たしかに似てるな」


 顔もそうだが、なにより体外にあふれでる強大な魔力がまさにローザのそれ。というかローザよりすごいかもしれない。


「貴方、ローザ様とお知り合いなの?!」

「あ、いや、なんというか、昔、みたことがあるというか」

「気持ち悪い!」


 取り巻きふたりが凄まじい剣幕でまくしたててくる。一方が息継ぎをするタイミングでもう一方がののしってくるのだ。

 謝罪してもまったく取り合ってもらえず、見かねたリナーが助け舟を出すと、


「師匠。いきましょう」

「まあ! こっちの汚らしいのは貴方の弟子?」

「いったいなにを教えているんだか。どうせロクでもないことでしょうけど」


 ますますヒートアップしていく。


「師匠を馬鹿にしないで!」

「お~怖い。平民はすぐカッとなるから怖いのよね~」

「リナー、落ち着いて!」


 リナーを止めても相手が止まらないから事態が収まらない。と、


「その辺になさい」


 モニカがふたりを諫め、場を収めた。


「失礼しました。銅像を眺めていて気付きませんでしたわ。ご無礼お許しください」

「いえ、こちらこそ、すみません」


 なんというか外見はそっくりだがローザとは性格が違うな。アイツなら真っ先に飛びかかって相手をボコボコにしただろう。


(そんなローザにも娘ねえ)


 時間ときの流れは早いもんだ。ローザが結婚して子どもを産んで、こんなに大きくなるまで育てている間、俺はいったいなにをしていたんだろう?


「では、俺らは失礼しますね」


 筋トレだな。うん。


(すげー鬱)


 馬車停へ一歩踏み出そうとした瞬間、足元で魔法が発動する。


(なるほど。氷系魔法ね)


 術者はモニカ。ツルツル滑る氷を足元に作り、転ばせるつもりのようだ。


(なんだ、中身も母親そっくりじゃないか)


 俺は何事もないかのように魔法を踏みつぶして破壊し、平然とその場をあとにした。

 ひと悶着もんちゃくあってからしばらく経ったが、


「む~」


 リナーがご機嫌ななめである。


(まあ、あれだな)


 汚らしいと言われたのが気にさわったのだろう。確かにちょっとばかし服がボロボロだ。


「リナー。服を買いに行こうか」

「えっ、いいんですか?」

「ああ。俺もちょうど新調しようと思っているし」


 せっかくもらったお金だから大事に使おうとは思っているが、身だしなみを整えるのもその内だろう。


「髪も切っておこうな」

「はい!」


 ここキングスフォードは像のあった広場を中央に、行政区、旧市街、新市街、貴族区とに分かれる。俺たちは治安のいい新市街に行き、まずは宿を押さえ、風呂に入ることにした。


「師匠。のぞかないでくださいね」

「わかってるよ」


 一緒に入ろうとしたら追い出されてしまった。


(やっぱ女、なのかな)

 

 サッパリしたら宿を出て、髪を切って、服を買いにいく。

 俺は革のジャケット、綿のシャツなどよくあるやつでそろえたが、リナーは、


「ほんとにそれでいいのか?」

「はい!」


 アウターになんかよくわからんクマのコートを選んだ。


(後ろから見ると小熊だな)


 店の人の話では、本来は大人向けの丈の短い狩猟用ジャケットらしいのだが、リナーが着るとロングコートだ。


「師匠、ありがとうございます!」

「おう」


 ちんちくりんだけど、まあ本人が気に入っているならいいか。

 あとは武器だが、


「う~ん」


 やっぱり剣は微妙だな。武器屋であれこれ見て回ったがどれもしっくりこない。扱う技量がないってこともあるが、


「全力で振ったら折れるよな?」


 握るとどの剣も頼りなく感じる。やはり俺には黄昏の流星剣(ラグナロク)しかないのか。


「リナーはいいのか?」

「自分もこれでいいっす」


 リナーも両親が作ってくれた小弓が一番らしく、矢だけ補充して済ませた。

 そうこうしているうちに日が暮れ、夜。宿でリナーとくつろぐ。


「やっぱちゃんとしたベッドはいいなあ」


 清潔なシーツはゴロゴロしてもチクチクしない。


「なあ、リナーもそれ脱いでこっち来いよ」


 よほど気に入ったのか、リナーは部屋の中でもクマのアウターを被ってイスにちょこんと座っている。


「ボクはあまりベッドは好きではないので」

「そうなのか」


 狩人だから樹上だったり洞窟だったりのほうが落ち着くらしい。

 うん。ちょっと教育が必要だな。


「何事も経験だ。こっちゃ来い!」

「イヤー!」


 アウターを脱がし、小脇に抱えてベッドへ。


「そいっ!」


 寝っ転がす。


「どうだ。ふかふかのベッドは気持ちいいだろう?」


 そのまま一緒に毛布に包まり、


「師匠、やめるっす。ダメっす。そこは……」

(ん?)


 と、窓の外、屋根づたいに走るあやしい影。


(魔族!?)


 なんでこんな街の中に。


「……師匠?」

「ちょっと出てくる。リナーはここで待機」


 嫌な予感のした俺は、夜の街に飛び出した。

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