10話目 弟子
大地に横たわるドラゴン。その上に立つ剣士。……剣士?
「俺は剣聖、ジェイだ!」
細かいことはいいんだよ。拳を高々とかかげ、集まってきた村人らに告げる。
「俺の名を広めろ。魔王の耳に届くまで!」
魔王よ、しかと聞け。未来の旦那様の名前だぞ。
唖然とした村人はしばらく互いに顔を見合わせていたが、
「けんせい……?」
「けんせい!」
やがて喝采をあげた。
「け・ん・せ・い! け・ん・せ・い!」
(ん?)
なんか取り返しのつかない間違いを犯しているような気がする。でも水を差すのも悪いし野暮なツッコミはなしだ。
ドラゴンから飛び降り、リナーのもとへ。
「ジェイ」
「あんな無茶はもう二度とするな」
「ごめんなさい」
「まあ、なんだ、その、助かったよ」
うるうる怯えた目を向けられるとどうにも強く怒れない。
(こいつ、魔王とは違う魔性を秘めているな)
抱きしめたくなるような、イタズラしたくなるような、しょんぼりするリナーをみているとそんな衝動に襲われる。
(ご両親の前だ。自重しないと)
ふたりは温かい目でこちらを見ている。
「その、ありがとう。君のおかげで村は救われた」
「気にするな仕事だ。それよりも俺はいま金が欲しい。あのドラゴンを買い取ってくれないか?」
「あ、ああ、わかった。村の皆と相談してみよう。ただ、そんなには出せないぞ」
「出せる分だけでいい」
ドラゴンの素材があれば俺に支払った報酬分はおろか、村の復興資金まで十分まかなえるだろう。こちらとしても当面の路銀を得られてWin-WInってやつだ。
と、リナーが目を輝かせる。
「ジェイ……。師匠は、これからどうするんですか?」
シショー?
「旅を続けるよ。魔王と渡り合うために伝説の剣を手に入れるんだ」
黄昏の流星剣。ワクワクするなあ。
「師匠! お願いがあります」
「なにかな?」
「ボクを、弟子にしてください!」
「はあ?」
なにを言いだすんだこの子は。せっかく家族と暮らしていけるってのに。
「ボク、強くなりたいんです! 師匠みたいに、皆を助けられるように」
「あぁ」
ドラゴンを瞬殺し、人々を助けるヒーロー。憧れちゃうのも無理ないか。夢、見ちゃうよね。でも、
「リナー。俺みたいになりたいのなら、まずはご両親のもとでしっかり学びなさい」
困るんだよ。弟子をとってもしょうがないんだよ。魔法ならともかくマスケルとの特訓では筋トレしかしてないから、なにも教えられないんだよなあ。それにこんな小さな子を連れて旅はちょっとねえ。
「父上と母上は狩りの方法は知っていても、師匠みたいに戦う術を知りません。どうかお願いします」
「もうちょっと大人になってから、ね?」
「師匠はさきほど助かったとおっしゃいましたよね? ボク、これからもお役に立てるよう頑張りますから!」
「それは言われても」
「師匠だって仲間がいた方がよい時もあるはずです! 使えなかったら見捨ててもらっても構いません!」
仲間……うっ、前世の記憶が。もしかして魔王に後れをとったのは仲間がいなかったからなのか? だとしたらつらいんですけど。
「でも君のご両親がなんて言うか」
「構いません。むしろお願いします。この子を連れて行ってやってください」
「!?」
反対するどころか送り出された!?
(逃げようかな)
と思ったけど、いつの間にか村人全員に囲まれてる。
「無責任と思われるかもしれませんが、うちの子が魔王討伐のお役に立てるのであれば、これ以上の喜びはありません」
いや、討伐する気はないんだけどな。
「こういうのもなんですが、この子には才能があります。成長すればきっと力になるはずです」
「師匠! お願いします!」
「お願いします!!」
村人らも一緒になってお願いしてくるし、断りづらくてしょうがない。
「……わかった」
「師匠!」
「でも、危ないと思ったら帰すからな。いい?」
「はいっ!」
押し切られる形で、俺はリナーを弟子にすることにした。
その日はドラゴン討伐とリナーの門出を祝って、盛大な宴がひらかれた。
翌日。
「達者でな」
「父上、母上。いままでお世話になりました!」
「気を付けてね」
「はい!」
村の入口、門のところで俺とリナーは村人らに別れを告げる。
「皆さん、お元気で!」
リナーは元気に手を振って村を発った。
「もういいのか?」
「はい!」
姿が見えなくなるまで、村の人たちは手を振り返していた。と、
「師匠!」
「どうした?」
リナーはあらたまって、
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
ぺこり、頭を下げ、
「こちらこそ、よろしくな」
「はいっ!」
少し恥ずかしそうににっこり笑った。
「あー、ところで」
「なんでしょう?」
「道、こっちであってる?」
「こっちの方が近いです」
「お、助かるよ」
「恐縮っす」
俺たちはここからさらに西、森を抜けた先にある王都へ向かう。




