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1話目 転生

 ああ奴隷船がゆく。

 夏の満員電車。車窓からのぞく都会の街並みが朝日にきらめく。

 俺は目を細め、顔も知らぬおっさんと尻をすり合わせながら、じっと息苦しさに耐えていた。


(早く、早く駅に着いてくれ)


 じわり汗が流れる。パンツ越しに感じるおっさんの脈動。おっさんもきっと感じているはずだ、限界を。そう俺たちは通じあっている。


(もう、ムリ)


 弱冷房車というエコは、俺たちのけつに火をける。


「まもなく~~~」


 目的地を告げる車内アナウンス。助かった。


(お先に失礼するぜ!)


 ドアが開くや乗客をかきわけてホームに飛び降りた。


(かきわけて?)


 いつもならほかの客も降りる駅。なのに今日は誰も降りない。

 振り返ると、死んだような顔をした乗客たちを乗せたままドアが閉まり、電車は出ていった。


「どうなってんだ?」

「ようこそ。エイジさん」

「誰だっ!?」


 しまった。反射的に大声を出してしまった。

 恥ずかしさから辺りを見渡すが、幸いにもホームには俺とあとひとりだけ。


(マジかよ)


 都会の駅のホーム。こんなにガラガラなんてありえるか? それに目の前で、学校によくある机とイスを並べて座っているこの変な恰好かっこうをした女性はいったい?


「どなたでしょうか?」


 初対面だよな。どうして俺の名を?


「私は女神。貴方を次の世界に転生させる女神です」


 アイタタタ。女神ときたか。

 白いウィッグに長いまつげ。吸い込まれそうに大きな瞳。高い鼻筋にぽてっとした唇。化粧っ気はないのに驚くほど白くきめ細やかな肌。美人だとは思うけど女神はちょっと言い過ぎ。


(しっかし、すげー気合入ってんなあ)


 んだ空色のドレス、雲のような羽衣はごろも、美しい耳飾りが風にそよいでいる。

 確かに女神って感じ。なんのキャラかは知らないけど、これだけのコスプレなら認めてやらんでもない。


「へ~。そうなんですか」


 きっとその界隈かいわいでは有名な人なのだろう。

 あとで検索しよう。


「で、女神さまはどうして俺の名前知っているんですか?」

「女神ですから」


 自称女神さまは「えへん」と大きな胸を張った。

 キリっとしたあご、細い首、胸元から谷間がのぞいて――。


(いかんいかん)


 あわてて目を逸らす。


(これなんかの撮影だよね。ドッキリ的な)


 朝の通勤ラッシュで混み合う駅貸し切りで、俺みたいな一般人を引っかけようなんてそれ以外、思いつかない。


(だとしたら鼻の下を伸ばしてる場合じゃないな)


 ひとまずは話を合わせとこう。


「そうなんですね。あの、転生ってどういうことですか? 俺、死んだんですか?」

「ええ、残念ですが……」


 残念か、どうだろう?

 繰り返すだけの日々に生きる答えを見いだせない俺に、果たして惜しむだけの未来があったのだろうか。


「でも安心してください。貴方には次の人生が用意されています」

「どんな人生ですか?」


 できればもう生まれたくない。輪廻りんねから抜け出して楽園で幸せに暮らしたい、のだが自称女神さまがにっこり微笑むので、つい、聞き返してしまった。


「剣と魔法の世界の人族です」

「えっ」


 そういうパターンできたか。日本どころか地球ですらないのね。最近流行ってたから考えたことがないわけではないけど、いざ言われると困るな。


「あの、なにかチートみたいな能力をもらえたりしますか?」


 まあ、すごい能力もらって異世界スローライフを満喫するなら、きっと天国で暮らすようなものだろう。


「もちろんです。特別な才能を与えましょう」


 自信満々に言うので、合わせて「やったぜ」とガッツポーズしてみる。


「どんな能力ですか?」


 女神さまは白く細い指をあごにあてて、多分にもったいぶってから、


「努力が必ずむくわれる才能です」


 じゃーん! と発表した。が、


(なんだそりゃ。普通じゃん)


 正直がっかりした。これだけ大掛かりな舞台用意してんだから、もっとすごいこと言い出すかと期待したのに。


(反応に困るな)


 相対的なものでなければ、努力は大なり小なり報われるもの。練習すればなんだってある程度は上手くなるし、勉強すればテストの点もあがる。……あがる。あがるはずなんだ。特別とは?


「一の努力で十、身につくみたいなものですか?」

「いえ、一は一です」

「それって特別な才能ですか?」

「はい! 文句なしのSランク、まさに神のごときチート能力です。……ということは?! エイジさんも私と同じ、神さまの仲間入りですね!」


 コスプレ女はなにがおかしいのかひとり笑い転げている。


(もう構ってられない)


 企画倒れだな。なにかの前フリだと思うけど、こんなん素人の俺にはどうにもならん。

 階段へ足を向けると、


「もう行かれるのですか? では、また次の転生のときまで」


 お元気で、と女は手を振った。


(早く行かないと遅刻しちゃうな)


 階段の先はまぶしくて見えない。

 俺はうつむいて、重い足取りで登っていった。

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