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家族

作者: みどり

私は子どもがたくさんいる所にいた。私もその内の一人で、私たちの共通点は親がいないということだった。

その日はいつもと違った。私は朝から園長に、

「今日は君に会いたいという人がいらっしゃるから、来たら呼びますからね」

と言われた。

会いたい人とは誰だろう。

私に会いたいなんて、何の用があるんだろう。

もしかして、私は貰われてしまうのだろうか。その会いたいという人に。

そうだったら嫌だなと思った。

だって、仲が良かった子の一人が、この施設を出て再び戻って来たときに教えてくれたのだ。

「後から生まれた本当の子には敵わないのよ」

と。また、

「やっぱり血の繋がりが本当の家族なのよ」

とも。

彼女は、人の心の機微を感じ取ることができる年齢で貰われたから、どうして戻されたのか分かっていた。彼女はその意味について、ただ静かに受け止め、そうなったことを諦めていた。仕方がないというように。

だけど、傷ついた顔をしていたのは確かで、哀しさを諦めに変えるなんて本当は酷く苦しかったはずだ。

だって、家族となる人とこの施設から出たとき、すごく喜びに満ちていた顔をしていたのだから。

もし、自分が貰われて、出戻りになるのならば、最初から貰われたくないと思うのは当然だ。傷つくなら、傷つかない方を選びたい。

だけど、私にはその選ぶということができないことは分かっていた。





呼ばれた私は、大人しく園長の隣に座るしかなかった。目の前には一人の男性。三十代くらいだろうか。清潔感のある人だと思う。紺のスーツはシワ一つなく、綺麗に生地が伸ばされていた。何回か園長と話しているのを見たことがある人だ。

「今日から君の親になる人だ。挨拶をしなさい」

やっぱり私は貰われるのだ。この人に。

園長に促された私は、名前と「よろしくお願いします」と簡潔に挨拶をした。

「よろしく。今日から君の父親になるんだ。何か聞きたいことはあるかい?」

そう問われた私は、「もちろんいっぱいあるに決まってるだろ!どうして俺なんだ!いつかお前も俺を捨てるに決まってる!」とか、言いたいことはいっぱいあった。だけど、それは心の中だけに留めておく。

園長は、貰う相手を調査して変な人じゃない限り、私たち子どもを送り出す。そして送り出して、戻って来てしまった子どもたちに対して泣いて謝ることを繰り返している。泣いて謝るなら送り出さなければいいのにと思うのに、園長は少しでも「家族の幸せ」を望める機会があるのなら、送り出してしまう。送り出して、経過観察の報告書で幸せに暮らしていると知ると涙を流して喜んでいる。そんな姿を見たら、園長が望むように幸せにならなくちゃと思ってしまう。そう、私たち子どもは園長の気持ちをよく分かっている。分かっているからこそ、「園長と一緒にいたい。嫌だ。」と思っていても結局は反論できないのだ。私だってできない。彼女だってできなかった。もしかしたら傷つくかもしれないと思っていても。

「いや、特に」

素っ気無く答えた私に、彼は片方の眉を上げた。

「ふーん、だったらこっちから説明して行こうか」

それから彼はスラスラと話し始めた。自分は何をやっている人で、今何処に住んでいて、これから何処に住もうとしているのか、好きなことや好きなの食べ物、他にもいろいろと自分のことを教えてきた。そして、何故自分と「家族」になろうとしたのか。

「人を見る目はあると思ってる。君と家族になろうと思ったのは、君は僕のことを、真実そのまま受け入れてくれると思ったからだ。君は信用に値する人間だと、僕の直感が訴えた」

この人は、私のことを過大評価し過ぎじゃないだろうか。ただの子どもだぞ、こっちは。ただの子どもを信用するなんて、大丈夫だろうかと思ってしまう。

「随分と俺を買ってくれますね」

「自分の目を信じているからね」

揺らがない自信になんだか感心してしまう。

「実は、僕はちょっと特殊体質でね」

特殊体質……?

「――ああ、それを受け入れてほしいってことですか」

どんな体質なんだと思ったが、まあどうでもいいかと思い直して、それを聞くことはしなかった。いずれ分かるのだから。

「理解が早くて助かるよ。その通りだ。僕はその理由で結婚する気がないし、自分の子どもを持ちたいとも思わない。だけど、子どもを育ててみたいという感情はあるんだ。だから、こうやって施設を訪ねたわけで、その中で君を見つけたということになるわけだ」

彼は言葉を止め、真っ直ぐ私の瞳を見て来た。まるで、嘘など吐いてないと訴えているかのように。だけど、出戻りした子たちは言っていた。大人は嘘を吐く生き物だと。この人は嘘を吐いているのか、吐いていないのか。残念ながら、私にはそれを見分ける術が分からなかった。私に今できることは、この男の人の言葉に期待せず、自分の心にいつでも絆創膏を貼る準備をしておくことだけだ。

「分かった」

それだけ返事をした私に、彼は困ったように笑った。

「信用してもらえるように頑張るよ」

と言いながら。





◆◆◆




深い眠りの中で、過去の記憶を見たようだ。

「調子はどうだい?」

近くから聞こえた声は、父の声だ。

「……子どもの頃の、夢を見ていた」

質問の回答をせずに、そう答えた。

「それって、走馬灯ってやつ?」

父の声が震えたのが分かった。

「たぶん」

「おいおいよしてくれ。君はまだ生きられるよ」

ベッドに腰掛けた父は、私の顔を覗き込んできた。初めて会ったときから変わらない姿で、その表情は今にも泣きそうだった。

まさか特殊体質が「不老不死」だなんて、誰が思うだろうか。挙句には、父は自分が何故そうなのか分からないと言う。

父はかつて園長に冗談でこの事を言ったら、「へー、そうなんですね」と、スルーされて終わったそうだ。「少しくらい考えるべきだろう、そこは」と、それを聞いてもちろん思ったが、園長らしいなとも思った。

園長にとって、不老だろうが不死だろうがそんなことはどうでもいいのだ。子どもたちが幸せになってくれるのかどうかが重要で、だから親となる人の素行調査は詳細に行うし、それで良ければ子どもを送り出す。だが、それでも人間の気持ちなんて変わって行くものだ。良かれと思って送り出した子どもが戻って来ると、園長はその後、その子を貰いたいと希望されても送り出さないと決めている。

こんな施設、この世にいっぱいあるけれど、私たち子どもを一番に考えてくれる人はきっと園長だけだろう。園長は知らないだろうけど、私を含めた子どもたちは、あれが「家族の幸せ」だと思っていた。園長はすでに私たちに「家族の幸せ」を与えてくれていて、私たちの心は満ちていたのだ。気づかない園長がいっそ憎らしいとも思っていたが、鈍感なのは園長のアイデンティティみたいなものなので、みんなで笑っていた。


――――懐かしい。


などと、最近よく、過去に思っていたことや情景が脳裏に現れては過ぎ去っていく。これは、まさしく走馬灯というやつだろう。


私は今、死に際にいる。


父の顔を改めて見ると、目尻に涙を溜めていた。もうあと少しで溢れてしまうだろう。


――――ああ、また情景が私の頭の中に浮かぶ。


「不老不死」だとあなたが打ち明けたとき、あなたは笑顔で何でもないように言ったつもりだったのだろうが、その笑顔が引き攣っていたのはちゃんと分かっていた。そのときはもう、あなたと一緒にいることが当たり前で、そしてあなたという人間を分かっていた。あなたは享楽主義者で、恐れなど知らないように、いろんな所に行って面白おかしく私を楽しさの渦に巻き込んだ。だけど、ふとした瞬間に、あなたは自分一人だけ真っ暗闇の中に取り残された迷子のような顔をしていた。何処に行けばいいのか分からない、誰かに手を引かれたいという風に。決まってその表情をするのは、大勢の人と時間を過ごしていたときだった。みんなが騒いでいる中、あなたはそれをいつの間にか違うところで見ていた。さっきまで一緒に騒いでいたのが嘘のように静かにその光景を見ていたのだ。それに気づいたとき、「ああ、この人はこんな顔もするんだ」と、何度目かの馬鹿騒ぎした日に初めて知ったのだ。誰しも当たり前に光と影の表情を持っているのに、あなたには影の表情なんて勝手にないとそれまで思っていた。あなたの享楽主義の面しか知らなかった。楽しい表情しか見たことがなかった。なんて、言い訳なんていくらでも思い浮かべることができたが、それはどうしようもない言い訳にすぎず、こんなに一緒にいたのに何もあなたを分かっていなかったことを恥じた。それと同時に情けなさが込み上げて、不覚にも泣きそうになってしまった。あなたは誰よりも深く本心を隠していただけで、その表情からいつも何かに怯えていたのかもしれないと気づき、その何かを含めてあなたを知らなかった自分を殴りたくなったのは強烈な思い出だ。そのときから、私はあなたが打ち明けるのを待っていた。そもそも私のことを「信用に値する人間」だと言いながら、秘密を直ぐに打ち明けて来なかった。その表情を知る前はそれについて何も思わなかったけど、その表情を知ったときから秘密があなたを苦しめているのだと自然に思い、だったらそれをいつ言ってくれるのだろうと思っていた。


私は信用に値しない人間だったのだろうか?

私と家族になったことを、後悔、しているのだろうか?


そんなことまで思ってしまっていて、だからあなたが打ち明けたときはホッとしたんだ。そして、無理して笑っている表情の意味は手に取るように分かった。


あんなことを言いながらあなたは恐れていたんだ。

もしかしたら私に拒絶されてしまうことを。


私は「なんだ、そんなこと」と言うように、「不老不死」を笑い飛ばした。あなたが信用に値する人間は、真実そのまま受け止めたのだ。実際なんてことないと思った。逆にびっくりしたのが、私のその表情を見たあなたが泣き出したことで、今でもそれを鮮明に思い出せる。それからあなたは私に弱音を吐くことになったし、私はそれを慰めることを覚えた。


あなたは、実は泣き虫だったんだ。


頬に流れ落ちる涙を見ることしかできない。

拭うことができない私の手。

本当に、この人はこんなんでどうやって生きて来たのだろう。長い生の中で何人もの生を見送ったはずだ。その度に泣いていたのだろうか、たった一人で。

きっと、泣いたのだろうな。

私以前にも、身寄りのない子どもたちを育てて来たと言っていた。みんな結婚せずに最期まで自分と一緒にいたと言っていた。

そりゃあそうだろう。

世界の時間に取り残されて行くあなたの手を離すことなど、誰ができるのだろうか。

享楽主義者であるのは、長い生を生きるための方法で、本当は途方もない時間に恐怖を抱いているあなたを知っている。そんなあなたを誰が一人にできるのだろうか。

でも、一緒にいた理由はもっと単純だ。

みんなもそうだっただろう。


あなたと二人で面白おかしく世界を旅したのは、私の人生の全てだった。

それを与えたくれたあなたは私の人生の全てだった。


それだけだった。

一緒にいたい理由は、それだけでも十分だった。


私ははっきりと自信を持って言える。私とあなたが家族だと。血は繋がってないけど、確かに繋がりを感じる。これは、園長が私たちに望んでいた「家族の幸せ」だ。私は手に入れることができたのだ。私は運が良い。家族の神様がいるのならお礼を言ってもいい。


そしてどうか、私の願いを叶えてほしい。


父に血の繋がった家族を与えてほしいんだ。


本当は血の繋がりのある子どもがほしいはずなんだ。だけど、自分の体質が遺伝するのを恐れている。それは、余りにも酷いと思わないか。一番望んでいる人が望むことを諦めているなんて、そんな悲しいことがあっていいのだろうか。

私が死んだ後に、直ぐとは言わない。何年後でもいい。父が私を忘れるくらい経った後でもいい。いつかでいいから、彼が本当に愛する人と一緒になって子どもを授かって、そして一緒に歳を取ることを許してほしい。

彼をこの世の(ことわり)から外した神とやらにも願おう。


どうか、父が望む幸せを与えてほしいと。



「父さん」

「ん」

「大丈夫だよ。この世に、永遠なんてない。終わりはあるから。父さんも、いつかそのときが来る。全てを望んで、叶えて終わったら、来て。待っている、から、いつまでも」

「ん」



ああ、凄く眠い。

寝てしまおう。

言いたいことは今まで言って来たから大丈夫だ。

そう、大丈夫だ。大丈夫。

――あれ、なんか声が聞こえる。でもよく聞こえない。

何も聞こえないよ、父さん。

聞こえない。

聞こえない、から――




深く、深く落ちていく。

深く、深く。

ふかく、ふかく。










「君も、みんなと同じこと言うんだね。

本当、みんなお人良しだよ。











君を見つけてごめん、

君を振り回してごめん、

君を縛ってごめん、

だけど、でも、ありがとう。

そしてどうか許してくれ、弱い僕を。

どうか忘れないでくれ、残される僕を」

                   






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