ケチャラーな俺とマヨラーな彼女
「だからマヨネーズが一番だって言っているでしょ!?」
「うるせー、マヨネーズなんて人の食う物じゃねえよ! ケチャップが一番に決まってるだろ!!」
「はぁ!? あんな砂糖まみれの赤くて気持ち悪いのばっかり食べてるから頭までおかしくなったんじゃないの!?」
「お前の方があんなに油まみれのどろどろしたのを食ってるから舌が固まって味覚がバカになったんだろ!!」
今日も今日とて、教室で二人の男女の怒号が飛び交っていた。
これが彼らの日常だった。
小学校の頃からの彼らの関係は中学3年の今になっても、相変わらずだった。
お互いが主張を譲ることなく、9年間同じ話題で争っていた。
「……ったく、マヨネーズの美味しさを知らないなんて。アンタ、人生半分損してるから」
彼女の名前は"まよ"。
生粋のマヨラーだ。
「じゃあ、ケチャップをまずいって思うお前は人生全部損しているな」
彼の名前は"けちゃ"。
生粋のケチャラーだ。
「名前がまよで、マヨラーって……。安直すぎるだろ」
けちゃがまよを馬鹿にする。
「じゃああんたはなんだって言うのよ!? "けちゃ"って何よ、"けちゃ"って!
どんな名前してるのよ!?」
「俺に言うなよそんなこと!! この名前作った奴に言えよ!!」
またもや怒号が飛び交う。
まさに犬猿の仲。いや、けちゃまよの仲だ。
「そこの二人うるさい! 黙って食べなさい!」
担任の先生が注意をする。
今は給食の時間だ。立ち上がって口論する彼らにとうとう我慢が出来ず声を荒げる。
けちゃとまよはさすがに反省をして、席に着き食事に手を伸ばす。
「アンタ、一回もマヨネーズを食べたことがないからそんなこと言うのよ。ほら、1回食べてみなさい? もうほっぺたがとろけ落ちるから」
そう言って、まよは家から持ってきたマイマヨをサラダにかけた。
そして、口の中へ放り込む。
「ん~、おいしい~」
彼女は口を上下に動かし、サラダとマヨネーズの味を楽しむ。
「ふん。お前こそ、ケチャップの方が美味いに決まってるだろ」
けちゃも同じようにマイケチャをサラダにかけ、大きく口を開ける。
「ん。やっぱりケチャップだな」
彼はまた彼女を小馬鹿にする。
「あんたいい加減にしなさいよ!!」
まよの堪忍袋の緒が切れた。
彼女はマヨネーズの蓋を開け、勢いよくけちゃのサラダにかけた。
「あぁ!? お前何をするんだよ!!」
やられたままじゃ気がすまない。
彼もすかさず、自分のケチャップをまよのサラダにかける。
「はぁ!? あんた何するのよ!」
「お前が先にやってきたんだろうが!」
「あんたが先に馬鹿にしてきたからでしょうが!?」
「だからって、こんなのかけてくんなよ!!」
「こんなのって何よ! またマヨネーズを馬鹿にして!!」
二人の声はどんどんこだましていきヒートアップが止まらない。
口論するのはいつものことだが、ここまで二人が熱くなるのは初めてだ。
それも当然か。
彼らの一番大好きなものが一番大嫌いなものに汚されたのだから。
このまま放っておけば手が出そうな雰囲気だ。
「二人ともいい加減にしなさい!!」
彼らは声の主の方を見る。
いつもは優しいみんなのお母さんのような存在の先生が、今は鬼のような顔をして目の前で仁王立ちしていた。
「「だってこいつが!!」」
けちゃとまよの声が綺麗にハモる。
「けんか両成敗。二人とも悪いの。」
けちゃとまよはお互い見合って睨みつける。
「いいからさっさと食べなさいよ。早くしないと給食の時間終わっちゃうでしょ」
彼らは席に着き皿の方を見ると、ケチャップとマヨネーズは見る影もなく綺麗に混ざり合っていた。
彼らの大好きなものは、オレンジがかったピンク色のソースに変わり果てていた。
「もし、食べ残したりでもしたら……どうなるか分かってるでしょうね?」
先生はけちゃとまよを鋭い眼光で睨みつけた後、教卓の方へ戻っていた。
反論の余地はないと言ったようだ。
「……どうすんのよ」
「……食べるしかないだろ」
彼らはこれ以上争う気もしなかった。
大人しく、箸を持ってサラダに手を伸ばす。
そして、得体の知れない何かがかかったサラダを持ち上げる。
けちゃとまよはゴクリと喉を鳴らす。
目をつぶり、勢いよく口の中に押し込んだ。
「「……あれ、美味しい」」
──
あれから、10年の月日が流れた。
たった今生まれた赤ん坊の泣き声が病院内に響き渡る。
「見てください。元気な赤ちゃんですよ」
看護師が子供を優しく抱き上げる。
「ありがとう、まよ。よく頑張ってくれたな」
「けちゃがそばにいてくれたからだよ」
お互いに感謝の言葉を告げる。
あの頃から一転して、彼らは深く愛し合うような関係になった。
敬愛し合う仲、けちゃまよの仲となった。
「ところで、名前はもう決められたんですか」
看護師がけちゃとまよに問いかける。
彼らはお互いに顔を見合わせニッコリとほほ笑む。
「「はい」」
彼らは最愛の我が子に名前を呼びかける。
"おーろら"