7.夢魔アイドルは支配されたい
結局満月が起きるギリギリまで精気と夢をいただいたおかげか、能力を使った反動もなく、トーク番組の収録に臨むことができている。
(やっとソロ出演にも慣れてきたってのに...)
やたら零斗に飲ませたがる例のお偉いさんがプロデューサーの現場だった。
彼女から浴びせられる痛いくらいの視線に気づいていないふりをして、収録をこなしたのだが、逃げられなかった。
終わったと同時に楽屋へ滑り込み、着替えようと上を脱いだのを見計らったかのように、プロデューサーは入ってきた。
「あの、ノックくらいはしてもらいたいんですけど」
「聞こえなかったんじゃない?」
確実にしていない。
零斗は頬を引き攣らせるが、女は露わになった零斗の肩へ指を滑らせる。強請るような上目遣いは薄寒く、鳥肌が立つ。
「今から暇よね?ご飯奢ってあげる」
耳元への囁きに吐き気がする。それをグッと抑え込んで、零斗はにっこりと笑顔を貼り付けた。
半ば無理矢理に乗せられたタクシーはあきらかに飲食店を目指していない。止まったのは高層マンションの前だった。
気づかれないように舌打ちして、キャップをより深く被る。
「俺、アイドルなんですよ。スキャンダルは」
「わかってるわよ。大丈夫、つけられてなんかないわ」
女は心の底から楽しげに、零斗の腕に絡みつく。
零斗は足が重くて仕方なかった。
値段も度数も高そうなワインが目の前に並べられる。
(また酒か...)
もういい加減にしてくれと、内心頭を抱えた。
「零斗くん、お酒弱いみたいだけど...ここ私の家だし、倒れちゃっても大丈夫よ」
それが目的だと隠そうともせず、しなだれかかってくる女。香水の匂いが嫌で気づかなかったが、精気は可もなく不可もなくだ。
それなら、と。
(好きにさせて精気貰って帰るのが得策か...)
気持ちを切り替えて、彼女の頬を撫でる。
「お酒なんてなくても、あなたの望むままに」
早く終わらせて帰りたい一心で、嫣然とした微笑みと低い声色を演じる。
(俺は夢魔でアイドルだ)
そう自分に言い聞かせながら、腰が抜けた女をゆったりと床へ寝かせた。
味はそんなにだったが、短時間で満腹になり解放されたのは零斗にとって上々だった。
自宅マンションの廊下を歩いていると、満月も今帰ったところだったのか、でくわした。
あの女とは違う極上な香りに、零斗は彼女へ擦り寄るように手を取る。
「おかえり、満月ちゃん」
ジッと見上げてくる満月の瞳からは感情が読み取れず、狼狽える。
「えっと...満月ちゃん?」
「臭い」
グサっと心に矢が刺さった感覚に、全身を硬直させた。
満月に胸倉を掴まれ、引きずられながら彼女の浴室へと投げ込まれた。
「零斗くんちの鍵ちょうだい。着替えとってきてあげるから」
今まで聞いたことのない凍てついた声色に、恐る恐る鍵を差し出すと、奪い取られる。
バタンっ!と、閉じられるドア。
零斗は何が何だかわからないまま、冷や汗をダラダラと流していた。
シャワーをさっと浴びて出たが頭頂部を嗅がれ、再び浴室へ放り込まれる。
きっちりとくまなく全身を洗えと指示され、おとなしく言う通りにした。
抱きつかれ、胸の辺りで満月がスンッと息を吸う。
「あ、えっと...満月ちゃん?一体何を」
「先に服着て」
Tシャツを押し付けられる。パンイチからパンツにTシャツという出立ちにはなるが、なんとも格好がつかない。
襟から顔を出すと、冷ややかな満月の瞳がこちらを射抜いてきた。
「女物の香水がうつるほどの何を、してきたの?」
(精気を食べてきたなんて言えないし。人間で言うと...あれ、これは浮気になるのか!?)
まだ満月と付き合う所まではいってないものの、そのことにやっと気づいた零斗は、言い逃れるために頭をフル回転させる。
喋り出そうと口を開くと、満月の唇がそこへ押し当てられた。
行き場のない手が宙を彷徨う。
ちゅっと離れていく温もり。
「...み、つき、ちゃ」
バチンッ
両頬を挟むように叩かれる。
ジンジンとする痛みより、何かを堪えるように泣く満月に、胸の方が痛んだ。
「零斗くん、アイドルだし。女の子なんて引くて数多だもんね。私だけなんて...。ただのファンだったのに。...思わせぶりなことしないでよ」
顔を覆って嗚咽をこぼす姿に手を伸ばしかけて、やめる。
「ごめん。俺...、...っでも、こんなに好きなのは満月ちゃんだけなんだ」
「嘘つき」
そう言われて咄嗟に満月の腕を掴む。睨まれても構わない。
「この気持ちだけはほんとなんだ。満月ちゃんに会いたくてここに引っ越してきて、俺がいないと生きていけないようにって生活力も奪っ」
ポカンとこちらを見る満月に、我に返る。
「あ、いや、今のは、ちが...っ」
(暴露しすぎたっ)
慌てて自分の口を押さえる。
「いつから?」
「え」
「いつから私のこと好きなの?」
立てた膝に満月の手が置かれ、顔を覗き込まれる。零斗は自分の体温が上がっていくのを感じた。
「は、初めて握手会に、来てくれた時、から」
「そうだったんだ」
スッと、零斗の頸動脈を撫でていく細い指が顎を通って、下唇へと触れる。
「なのに、他の女に手を出したの?...悪い子」
満月は零斗の首筋に、犬歯を突き立てた。痛みに、うめく。
ジュッと吸われる感覚に、零斗は目を見開いた。
ゆったりと離れた満月の喉が、上下した。
「私は、零斗くんの血飲む回数抑えてたのに。好き勝手して...。まあ、夢魔は食事の回数多いから仕方ないけど」
赤が走る口端を、満月は自らの親指で拭う。
瞳も同じ色に染まっていた。
零斗は妖艶な笑みを向けられ、身動きが取れない。格の違いに、身体の奥が熱を帯びる。
「吸血鬼...」
「そうだよ。夢魔は他の悪魔にあまり気付けないの知ってたのに、隠しててごめんね」
「俺、騙されて?」
首に回された満月の腕に力が込められる。耳の奥に注がれるのは、甘くて大好きな──
「零斗くんのことが大好きなのは本当。零斗くんは?」
満月の声。
自分の心臓の音も、脳を震わせる。
「俺も、満月ちゃんが好き」