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3.夢魔アイドルは堕落させたい



「しゃあぁあああっオラあぁあぁああ」


 スピーカーに片足を乗せ、マイクに叫ぶ零斗をメンバーは遠巻きに見る。



「キャラ壊れてんじゃん。怖さ増してるじゃん!」


 いつきが透矢の胸倉を掴んで揺さぶっている。無表情が青くなっていくのを見かねて、泉が止めた。



 考え込むように、遥希は顎に手を当てている。すぐに納得した様子で、みんなに視線を向けた。


「零くん、調子良くなってるし、いいんじゃないかな」


「遥希くんが放置したら、もうどうしようもないじゃん」


 四つん這いで絶望するいつきの背を、泉が撫でてやる。


 レコーディングはとっくに終わり、叫ぶことにも満足したのか、零斗がメンバーへ寄ってきた。

 全員が遥希を壁にして隠れる。仕方ないなと、遥希は零斗に声をかけた。


「何かいいことでもあったの?」


 待ってましたというように、彼は瞳を輝かせた。


「満月ちゃんの夕飯を毎日用意することになりました」


 夢魔のツノが隠しきれず、ちょこっと出てきてしまっているのを、泉が慌てて抑えてやる。このままでは尻尾まで出しかねない。

 ここには人間もいる。夢魔の存在を公にするわけにはいかない。


 零斗はハッとして、謝罪する。



「事務所で話そうか」


「え!?僕は零斗の話なんてどうでもいいんだけど!?」


 遥希の提案から逃げようとするいつきの腕を、透矢が無言で掴む。


「この後は事務所で動画撮影だろ。いつき、諦めろ」


 巳也にまで諭され、いつきはがっくりと肩を落とした。

 だったらせめて癒しにと、女性夢魔マネージャーを事務所の会議室へと呼んだ。


 いつきは彼女に抱きついたまま、零斗の話を聞き流している。




「普通、そこまで詰め寄ってこられると警戒しそうなものだけど...。その子、相当メンタルやられてるのかな」


 零斗の話から遥希がそう判断するのを、巳也は渋い顔で見る。


「零斗推しってのもあるだろ。...てか、零斗の恋愛事情とかどうでもいいだろ」


「零くんがやらかしたら、アイドル活動に支障が出るでしょ。そうなったら、巳也の魅力を世間に見せつけられなくなっちゃう...それだけは避けないと」


「ハル...」


 光を失った瞳孔を開いて巳也を見る遥希と、そんな彼を頬を染めて見つめる巳也のやりとりから、全員が目を逸らす。


 居心地の悪さに、泉が口を開いた。


「と、とにかく、進展して良かったな、零斗」


「はい!次はどう俺なしじゃ生きられないようにしようかと...」


 眠そうに机へ顎を乗せていた透矢が、零斗の言葉に反応して「監禁...」と呟いた。


「手っ取り早いのは、たしかに監禁だよな」


 泉が納得したように頷く。


「そんなことして嫌われたら、俺、立ち直れないんですけど」


 会議室に静寂が訪れる。



 遥希が零斗の肩を優しく叩いた。


「人間の女の子なんて、ただのご飯なのに...そこまで本気なんだね」


 憐れむように言われて言葉に詰まるが、零斗は首を縦に振った。遥希が苦笑する。


「だったら、俺たちは止めないよ。アイドル活動に支障がなければ、好きにするといい」


「好きに動いていいんですか」


 喜びを隠しきれない零斗を見た透矢以外が、夢魔に捕まるなんて可哀想な人間だなと、満月に思いを馳せた。






 表沙汰になる不祥事は絶対に避けるようにと念を押され、自宅マンションで満月の帰りを待つ。


 すでに深夜なことを確認すると、ちょうどインターホンが鳴った。

 急いで出ると、満月がもじもじしていた。


「こんな時間にごめんなさいっ。でも、約束しちゃったし、断ろうにも連絡先がわからなくて」


 零斗は、今すぐにでも抱きつきたい衝動を抑え、笑いかける。


「俺の方こそ、無理に約束こじつけちゃったから...迷惑だったかな」


 憂を帯びた表情に、満月はあわあわと手を振った。


「迷惑だなんて、そんなっ、思ってないです」


 良かったと囁いて、中へ誘う。

 連絡先も自然に手に入れることができて、零斗は脳内で飛び跳ねていた。


 今日の彼女への夕飯は、太らせるには肉という安直な考えから、ハンバーグだ。

 もぐもぐと頬を膨らませる姿は、ハムスターみたいで可愛らしい。



 ばっちりと目が合ったので、零斗が思わず破顔すると、満月はボンっと赤くなり、俯いてしまった。


(やば、顔、緩めすぎた)


 だらしなかったかもと、誤魔化すように麦茶をコップへ注ぐ。満月は礼を言いながらそれを受け取ってくれた。


 零斗は彼女の目元の隈に目が行く。


「仕事、大変そうだね」


 無意識に、本当に無意識に、満月の頬を撫でてしまった。

 驚いてポカンとしている彼女を間近に、我に返る。


(手順!すっ飛ばした!!馬鹿か俺はっ)


 バッと両手を上げて、情けなくバンザイの状態になった。どうしたらいいのかと、頭をフル回転させる。


「ごめん!いきなり、触ったりして」


 兎にも角にも謝罪だと思い、半ば叫ぶように謝ると、満月は土下座のように身体を丸めていた。

 何やらブツブツと呟いている。


「零斗くんに心配された挙句、また物理的に接触してしまった。しかも手料理美味しすぎる。これは夢か幻覚か。仕事がブラックすぎてとうとう私は頭がおかしくなってしまったのか」


 早口で小さい声は零斗には聞こえず、ダラダラと冷や汗をかいていた。


 ガバリと、満月が起き上がる。


「メンタルクリニックに行きます。あ、でも有休取れない。どうしよう」


 満月の意思を固めた瞳は、一瞬で絶望に変わった。



「何がどうしてそうなったのかわかんないけど、そんなに休みないの?」


 再び丸まってしまった背に、零斗はそっと手を乗せる。浮き出る背骨を感じて、眉根を寄せた。



「えっと、前の休みが......」


 満月が壁にかけられたカレンダーを見る。


「35連勤中ですね」



(マジで仕事辞めさせよう)


 そう決意する零斗の瞳は、闇をたたえていた。






 満月が帰って1時間ほど経った後、夢の中で彼女を探す。


 上司であろうハゲたおじさんに怒鳴られている満月を見つけた。

 おじさんを蹴り飛ばしてから、その悪夢を美味しくいただいた。







(パワハラに、休みもないとか...ありえねぇ)


 さて、どうやって穏便に辞めさせようかと、事務所のソファで熟考する。出した結論は。


「結婚だな」


 そうひとりごちていたら、後ろから巳也に小突かれた。


「相手も了承しないと無理だろ。嫌われたくないならな」


「あれ。遥希さんと一緒じゃないんですね」


「ソロの仕事行ってんだよ。そんなことより、止めねぇとは言ったが、今結婚されたらアイドルとしてやばい。まだお前21だろ。早すぎる」


 零斗は向かいに座った巳也に詰め寄る。


「だったらどうすればいいんですか」


「お前がいなきゃ何もできなくなるようにグズグズに堕としちまえ。あくまで、向こうから堕ちるように仕向けろよ」


 空いた口が塞がらない。


「そうやって、遥希さんをモノにしたんですか!?ぐえっ」


 巳也に蹴られたテーブルが、零斗の腹にめりこむ。


 本当の所は教えてもらえなかった。



 零斗はスマホを取り出し、満月とのトーク画面を開いた。







 仕事終わりに他人の家へ寄るのは負担だろうと理由をこじつけ、今日からは零斗がお邪魔することを伝えておいたので、野菜のコンソメスープを作りながら帰宅の連絡を待つ。


 しかし、深夜2時を過ぎても音沙汰がない。


(終電だとしても、流石に帰ってるよな。部屋にあがられるのが嫌とか...。なんかあったとか?)


 急ぎすぎたかと後悔しつつも、心配もあり、インターホンを鳴らしてしまった。

 中から何かが落ちるような音がして、扉が開く。


「すすすすみませんっ。部屋の片付けが終わらなくて、その、あ!?今、何時ですか!?」


 ブラウスにタイトスカートのままの彼女は、慌てて出てきたのか、髪が乱れている。


「もう2時過ぎだけど...。連絡がないから、何かあったのかと思って。こんな時間にごめんね」


「ご心配をおかけしてすみませんっ。零斗くんがうちに来るって思ったら、片付けに集中してしまって」


 相当テンパっているのか、目が渦巻きになっている。元気そうな様子に、零斗は少しほっとする。


「いや、俺が急に言い出したのが悪いんだ。今日のご飯、受け取ってくれる?片付けも、手伝うよ」


「こんな汚部屋を零斗くんの目に入れるわけにはいけませんので!」


 鍋は受け取ってくれたが、満月は部屋の奥を隠そうと、身体で阻止してくる。


 こういう時には、持ち前の演技力の出番である。

 眉尻を下げ、流し目で色気を演出。


「満月ちゃんが食べてる間だけでいいんだ。お願い、手伝わせてくれない?」


(家事もこなして、生活力を奪ってやる)


 そんな下心は綺麗な顔に包み隠して、見惚れている満月の背を押しながら、部屋へ上がった。

 しかし、無理矢理端に寄せられているゴミ袋の山に足を止める。満月が慌ててそれを隠すが、隠しきれていない。


(こんな生活してたらまあ、そうなるよな)



 座り込んで頭を抱えている満月に視線を合わせる。


「こんな汚部屋ですみませんんん!ああ、零斗くんになんてものをっ」


 真っ青になって叫ぶ彼女の頭を撫で、嫣然と笑いかける。


「大変だったな...。お疲れ様」


 安心してくれると思ったが、目から涙をあふれさせた満月に、零斗は顔を引き攣らせた。


(間違えたか!?)


 離れようとしたら、手を取られる。



「ありがとう、ございます。私、ずっと零斗くんに助けられてばっかり...。ほっとしたら、お腹へっちゃいました」


 ベシャベシャな平凡顔が、こんなに胸を打つ日が来るとは、想像もしていなかった。



 零斗はスッと立ち上がり、勝手に食器を拝借し、食事の準備をした。


 満月をひょいと抱え、ベッドとローテーブルの間へ座らせる。


 あまりの早技に、満月はパチパチと瞬きを繰り返した。コンソメスープの良い匂いで、お腹が鳴る。




「寝に帰るしか出来ないんだから、ゴミ出すのも億劫だよな...。俺が出しとくから合鍵とかない?掃除とかもついでにやっとくよ。家電、使って良い?」



 満月は匂いに釣られすでに食べ始めていて、急な申し出にむせた。


「そんなことさせられません!!」



「いいから、...ね?」


 物言わせぬ雰囲気の零斗に、満月はおとなしく鍵を渡した。




 お腹いっぱいになって眠気に襲われたのか、満月が船を漕ぎ始める。


「お風呂は?入れる?」


「んー」


(無理そうだな)



 上2つだけボタンを外してやり、ベッドへ乗せると、寝息が聞こえてきた。


 満月のおでこに触れ、自分の食事を始める。


 寝始めだからか、夢というより、昨日の記憶が強い。



 職場の給湯室だろうか。

 男に腰へ手を回され、困り顔の満月。零斗は男を締め上げてから、夢を喰い荒らす。


 早急に現実へ戻り、満月が寝ているのを良いことに、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。

 ついでにひっくり返して、彼女の腰にぐりぐりと頭を擦り付けておいた。







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