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ショートショートケーキ

作者: サクラブ

 眩しい。

 東京の12月の空は18時ぐらいになると真っ暗だ。東京には星の光はないが電灯で明るい。

 だが今日は無駄に眩しい。

 光を解き放つイルミネーション。ギラギラに光るクリスマスツリー。微笑みながら恋人繋ぎをするカップル。

 意識しなくてもわかる。世間では今日はクリスマスイブだ。

 日本はクリスマスよりクリスマスイブのほうが盛り上がる。日本の国民の8割がキリスト教ではないにも関わらずクリスマスが行われる。クリスマスはイエス・キリストの誕生日と言われているがそうではない、サンタとクリスマスは実は無関係とかあやふやなイベントである。

 街にはカップルだけではなくケーキを選ぶ家族やはしゃぐ仲良しグループとか人の塊がたくさんいる。

「 はぁーーーーーー。」

 私は大きなため息をつく。私から出た白くて温かい息はすぐに消えてしまった。

「 あっ。」

 私は洋服店のショーウィンドウに気付き、ショーウィンドウの前で立ち止まった。洋服店のショーウィンドウに美しく着飾られたマネキンがあった。

「 これいいなー。一度でいいから着てみたいんだけどなー。」

 頭の中でちらつくお値段。マネキンが持っているバックでさえ、私の今のお給料では買えない高級バック。

「 デートとかのために買っておこうかな。1年間頑張った自分へのご褒美。」

 マネキンの衣装を着る私を妄想した。イケメンな彼氏とのデート。フェラーリで運転する彼氏の隣で助手席に座る私。誰もいない静かで美しい海に行って・・・。

 妄想をしているとショーウィンドウにうつる自分を見た。猫背。見窄らしい衣服。瞳までかかる前髪。地味な顔をもっと悪くするニキビ。美しく着飾り、顔がないマネキンとは大違いだ。

 私はトボトボと歩き出した。

 私はマッチ売りの少女を思い出した。寒い冬の日に少女はマッチを売る。少女が呼びかけても呼びかけてもマッチは一つも売れない。少女は冷たい手でマッチを1本使う。マッチの光にごちそうが現れる。でもマッチの火が消えてごちそうも消える。少女は2本目のマッチを使う。マッチの光にクリスマスツリーが現れる。でもマッチの火が消えてクリスマスツリーも消える・・・。

 私が聞いたマッチ売りの少女はそういうあらすじだ。

 私の妄想もマッチの火のようにすぐに消えてしまう。所詮、妄想は幻でしかないのだ。


 私は家の近くのコンビニに寄った。コンビニで30%引きのシールが貼られたカットされたショートケーキをカゴに入れた。私はカゴにショートケーキだけ入れてレジに向かった。

 レジには20代男性店員が一人座っていた。コンビニの肉まんを食べながら漫画を読んでいた。コンビニの肉まんを食べながら漫画を読むというのは普通は職務怠慢である。だがクリスマスイブだというのに一人で仕事をする姿は立派な勤労であろう。

 私に気づかない男性店員に私は声をかけた。

「 すみません。」

「 ぐふぇ。ごほごほ。ドゥ。イマ。ケホン。チョッ、ケホ。」

「 大丈夫ですから。」

 男性店員は「すみません。」みたいなことを言いたかったんだろう。男性店員はいきなり声をかけられ肉まんを喉に詰まらせていた。

 男性店員はペットボトルのキャップをグルグルっと素早く開けて、一気に飲んだ。

「 うっ。」

 男性店員の顔はクリスマスとは無縁な青色になっていった。男性店員は口を手で覆ってどっかへ行ってしまった。男性店員が飲んでいたペットボトルは炭酸飲料だ。炭酸飲料を一気に飲んだからそりゃあ吐き出したくなるだろう。

 男性店員は何事もなかったように戻ってきた。

「 レジ袋入りますか?」

「 あ、はい。」

「 ショートケーキ1点。」

 ショートケーキのバーコードを読み取るピッという音が聞こえた。

「 現金ですか。カードですか。」

「 現金で。」

 私は財布のポケットから小銭を探す。いつも後ろに列が出てきたら、紙幣かクレジットだ。でも今日は列はない。100円玉2枚と50円玉1枚を取り出した。

「 250円。ちょうどになりまーす。」

 私は男性店員から一人分のケーキを買ったことが記録されているレシートと冷たいレジ袋を受け取った。

 私はトボトボと大通りの眩さとは逆の暗い道を歩いた。雪は降らず、普通の日と変わらない道だった。

 何も考えず歩いていたら、アパートの自分の部屋の玄関に着いた。ショートケーキが入ったレジ袋を置いて、鞄から鍵を取り出した。鍵を差し込み回した。

 私はレジ袋を持って部屋へ入った。

「 ただいまー。」

 一人暮らしだから当然誰もいない。おかえりと言ってくれる人がいない静かで暗い部屋は虚しさや寂しさを感じる。部屋は何もないから余計にだ。

 私は鍵を閉めて靴を脱いだ。ちゃぶ台ぐらいの高さのテーブルにレジ袋を置いた。コートを脱いで鞄とともに放り投げた。私はキッチンで手を洗い、テーブルの前で座った。

 私はレジ袋からフォークとショートケーキを取り出した。ショートケーキの蓋を開け、ショートケーキを食べ始めた。

 何も味がしない。仕事に慣れてきた頃から、食べ物の味が感じなくなった。

 それはケーキも例外ではない。子供の頃はショートケーキはクリスマスプレゼントの一つのような気持ちだった。甘くて幸せな味がした。

 でも今では何も感じない。

 クリスマスもショートケーキも社会人の私にとっては無意味なものになった。

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