宛先の分からない手紙。
拝啓 次兄殿
「お前は要領が良い」と罵られて育った子供の頃の私。
長子優遇思想に染まった黴臭い田舎町の街頭の陰に溶け込む様に、一年と少しだけ歳の離れた次兄の貴方が家出した。
あの時の私は何歳だっただろう?
未就学児だったのは確かで、私は家庭の事情もあり昼間から近所を走り回っていたと思う。
記憶が曖昧なのは確かだが。
貴方もまた、年端も行かぬ子供でした。
そんな子供が、夜ともなれば真っ暗闇となる家の外に消えていった。
親が異変に気付き、少し離れた親戚達が軽トラの荷台に乗り合って集まると、皆で真夜中の捜索活動が始まる。
数人で一組となり懐中電灯を持ち、夜の九時を過ぎれば開いている店など殆ど無い田舎の町中を探す。
私は「家に居ろ」と厳命された上で、誰も居なくなった家からこっそり飛び出す。
街頭の周りに集る虫達を見上げながら、次兄を探す為に夜に閉ざされた、いつも走り回っていた筈の路地を恐る恐る駆けた。
十五分くらい経った頃だったと思う。
成る可く明るい街頭を頼りに前だけを見ながら走って、曲がり角を曲がった先に貴方を見つけたのは。
「大人を呼んで来なくちゃ」、それしか考えずに回れ右をして再び駆け出した。
走り出して直ぐに、ふと何気に振り向いて見た貴方の顔を、私は、一切思い出せない。何一つも、だ。
案の定、大人を連れて戻ると貴方は居らず、その一時間後くらいに別の親戚に無事保護されましたね。
「今日は家に居づらいだろうから」とその晩は親戚の家に泊まる事になった貴方は軽トラの助手席に乗せられて走り去って行ったのを私は家の玄関から見ていました。
翌日には家に帰って来た貴方。
泣きもせずに真っ暗な夜中を彷徨った貴方は、何を思い、抱え切れなくなった感情が衝動となり、私には怖くて堪らなかったあの真っ暗な中を進んだのですか?
私が見つけた時、貴方はどんな顔をしていましたっけ?
それから私達兄弟は普通に過ごし、互いに成長していきました。貴方が大学に入学した後から次第に疎遠となりましたね。
私も就職し、結婚し家族が出来、目まぐるしく何かに追われる人生を、多くの喜びとその中に紛れ込む悲しみを、一つ一つ撚り合わせながら生きてきました。おそらく、貴方もそうなのではないだろうかと思っています。
私は貴方を尊敬しています。
貴方は【努力する天才】だからです。
絶賛音信不通中の貴方が元気であって欲しいと心から思います。まぁ、私も実家から見れば同じ様なものなのですが。
【似たモノ兄弟】なのかな。
一つだけ後悔しているとすれば、家出した貴方を見つけたあの時、その手を取らなかった不出来な弟をお許し頂きたい。
あの時あの手を繋いでいたら、今頃一緒にお酒でも呑みに行けたのだろうか?
愚弟より
敬具
御一読頂きありがとうございます。