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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第5章
99/341

August Story4

蒼太は、翼、光の2人と共に、"ASSASSIN"に様々な機械を提供してくれている発明家のもとを訪れる。

 まっくろ工場───そう、この場所は呼ばれているらしい。


 町の外れ────乗ったことのない路線のバスで、蒼太は、翼、光の2人と、この場所にやって来た。


 名前の通り、そこは、外観が真っ黒の、車庫のような、小さな建物だった。周りには何もなく、背後には森が広がっている。入口は黒のシャッターで、屋根には煙突が付いており、もくもくと煙が空へと上がっていた。


 翼はシャッターの前に立つと、


新田(にった)さん」


 と、いつもより大きな声で、その人物の名を呼んだ。


 数秒後、音を鳴らし、ゆっくりとした動作で、シャッターが開いた。


 蒼太は光と共に、その動きを目で追った。


「やあやあ、こんにちは」


 奥から、男性の声がした。


 蒼太は中に目を向けた。


(物置みたい……)


 物で溢れすぎていて、この位置からでは、それらが何なのか、よく分からない。分かるのは、内装が、外観と真反対の白一色ということだけだ。


「こんな小汚いところに、また来てくれて嬉しいよ。心から歓迎する」


 どこ───どの物の影───から、出てきたのか、声の主は顔を覗かせた。


 クリーム色の瞳で、白いヘルメットを被り、よれよれのシャツに、ところどころ穴が開いた紺のズボンを履いた、40代くらいの男性だった。


「お久しぶりです、新田さん」


 翼が頭を下げると、男性は微笑し、


「久しぶり。元気でよかった。ええと……」


 目を開けて、翼の顔を覗き込むように見つめた。


「“おぎわら”くん?」


「“はぎわら”です」


 翼が穏やかに、切り返した。


「ああ……そうだ。ごめんね。下の名前は、なんだっけ?」


「翼です」


「そうだ、そうだ。萩原翼くん、ね」


 男性はヘルメットを握った拳で軽く叩き、


「君たちは……」と、蒼太と光を見た。


「はじめまして───だよね?」


「はい」


 光は蒼太が身構えている間に、頷いていた。


「上村光です」


「あっ、えっと……、清水蒼太です……」


 光の後を追うように、あたふたと頭を下げると、


「新田 かずひこです。よろしくね」


 男性───新田和彦は言った。


「この、しがない建物で、発明家として、働かせてもらっています。……とは言っても、依頼してくれる人は、君たちの“社長”───新一くんくらいなんだけどね」


 何処か自嘲気味に笑う新田は、新一の古くからの友人であると、蒼太は行の車内で、翼に告げられていた。


「君たちのことは、勝手ながら、よく新一くんから、話を聞かせてもらってるんだけど───」


 新田は「あっ」と声を上げて、翼を見た。


「そういえば、あの子、怪我が治ったんだってね。あの……あの子だ、ほら、あの───」


「矢橋さん、ですね」


「ああ、そうそう。下の名前は……」


 新田は宙を見上げ、


「……“ゆうと”くん、だったかな?」


 翼を見た。


「そうです」と翼が微笑んで頷くと、


「ああ、よかった」


 と、新田も笑った。


「新一くんに、最近名前を聞いたばかりだから、覚えていたんだ」


「ええと、だから」と新田は首に手をやり、


「君が───蒼太くんで……」


「僕は、翼です」


「ああ……そうだね、すまない……」


 新田は本当に申し訳なさそうな顔をした。


「これは、昔からなんだ。人の名前を覚えるのが、本当に苦手で……だから、大抵、初めての人と会う時は、メモをして、顔と名前を一致させるようにしてるんだ。───けど、君たちは」


 新田は、そう小さく苦笑した。


「はじめましての時、バタバタしてたからさ、メモを取ることを忘れちゃって」


「あの時は、そうでしたよね。改めて、すみません───突然、無理難題を言ってしまって」


「いやいや、謝ることはないよ」


 新田は手をひらひらと振り、 


「むしろ、有り難いと思っているくらいだよ。こんな、発明家を頼ってくれて」


 弱々しく笑った。


「そんなことないですよ」と、翼が柔らかく答えても、その笑みが、消えることはなかった。


「今更、なんだけど、いいかな。メモを取っても」


 新田はズボンのポケットを探りながら、そう言った。


 新田はオレンジ色のカバーが掛かったメモ帳を手に持った。履いているズボン同様、ところどころに穴が空いて、ボロボロだ。


 新田はしゃがみ込み、3人を見上げて目を細めた。


「まず……君が翼くん」


 蒼太は新田が一番上の行に、「茶→翼」と書くのを見た。


「そして、光ちゃん」


 光が「はい」と頷くと、新太は、「オレンジ→光」と、書き足した。どうやら、髪色と名前を一致させて覚えるつもりらしい。


「“そうた”……は、これで合ってる?」


 メモを向けられ、蒼太は「あっ……」と、声を上げた。


 字を確認すると、「白→蒼太」とあった。


「はい……、大丈夫です」


そう頷くと、新田は、「よかった」と、微笑んだ。


「次に……」


 新田はペンを動かし、「黒」と書いた。


「勇気の“勇”に、“人”……です」


 蒼太は、尋ねられるより先に答えた。


 新田が驚いたように、目を上げる。


「あ……」


 蒼太は、「やっちゃった……」と視線を泳がせる。


「あっ……えっと……、ぼく……、弟、なんです……」


 説明する声は、小さくなってしまった。


 新田は大きな目で蒼太を見つめて、「あっ……ああ」と数回、頷いた。


「そうなんだ。ありがとう、教えてくれて」


 新田は、その場で急いで作ったような笑顔を浮かべた。


 蒼太は、顔を上げることができないまま、首を横に振った。


(何で、名字違うんだろうって思われてる……)


 それには、理由と事情がある。だが、今の時点では、それを話せるほど、親しくはない。


 僅かに視線を上げて、翼と光を見る。


 2人は、メモを取る新田の手元を見つめていた。


 その様子を見て、蒼太は、「あっ……」と思った。


(2人とも、ぼくが兄ちゃんの話をしたせいで、この場が気まずくなったって、思わないでくれてる……?)


 それに気付いた瞬間、蒼太の心の中に膨れ上がった後悔が、すっと、小さくなった。


「ありがとう。これで、君たちの名前が覚えられそう」


 新田は立ち上がると、ほっとしたように、息を吐きだした。


 その後、「少し待っててね」と、新田はシャッターをくぐって行った。


 蒼太は、空を見上げた。


 太陽は真上にあり、蒼太の髪の毛を焦がす勢いで熱を発している。


「蒼くん」


 翼の声に、蒼太は顔を向けた。


「こっち、日陰だよ」


 翼が指さした場所を見ると、影ができている場所があった。


「おいで。こっちで待とう」


 光が蒼太を手招きしてくれた。


「あっ……」


 蒼太は先輩2人に頭を下げて、影の中に入った。


「そういえば」


 光が何かを思い出しように、口を開いた。


「さっき思ったんだけど───私、矢橋さんと話したこと、今までにないな」


 蒼太は心の中で、「あっ……、そっか」と声を上げた。


 “ASSASSIN”に入ったのが、6人の中で一番新しい光は、色んなタイミングが重なった結果、勇人と関わったことが、これまでにないのだ。


「夏休み明けたら、話す機会、あるかもしれないね」


 翼が言った。


「上村さん、矢橋さんと同じ班だから」


 蒼太はその言葉に、小さく頷いて見せた。


「お待たせ」


 新田が手に何かを持って、戻って来た。


「これ───少し重いけど」


 そう言って、新田は翼に小さなパソコンのような形をした機械を手渡した。


「開くと、モニターになってて、こっちと繋げると、映像が見られるようになるから」


 続いて、新田は、蒼太の手に収まるほどの、筒状の機械を取り出した。


(望遠鏡みたい……)


 蒼太はそう思ってから、気が付いた。違う───これは、カメラだ。


「ありがとうございます。助かります」


 翼が頭を下げると、「いえいえ」と新田は微笑んだ。


「修理、したんだけど、初めて作ったものだから、ガタがついてるかもしれない。もし、何かあれば、いつでも連絡してね」


 蒼太は首を傾けた。


(初めて作ったのに、修理……?)


「ああ───僕ね、機械を作る能力を持っているんだ」


 新田が声を上げる。


「自分が思った通りのモノが作れる───んだけど、少し、問題があって、必ず、完璧には完成しないんだ。どこかしらに、不具合ができるから、その部分は、自分の手で修正しなきゃならないんだ」


 新田は、ヘルメットの下の髪の毛を掻きながら、そう言った。


「“能力を除いても、新田さんはすごい人だ”って、社長がいつも言ってますよ」


 翼がそう、笑顔を見せると、


「あ……、いや、そんなこと、全然ないよ」


 新田は目を伏せて、首を横に振った


 ※


「わーっ!すごーい!」


 葵は歓喜の声を上げ、目を輝かせた。


「あたし、こういうのに憧れてたんだよね!」


 新田和彦が作った、装着型の小型カメラは、葵が活動に使うためのものだった。耳にかけて使う仕組みになっており、葵から見た、360度の映像が、記録されるそうだ。


 カメラの横には、薄く、小さな、緑色の板のようなものが、付けられている。


 それを垂直に引くと、カメラを装着した耳と同じ側の目に、その緑色の板───レンズが覆われる仕組みになっているらしい。


 果たして、このレンズは何に使うものなのだろう?と首を傾けた蒼太の横で、カメラを装着した自分の姿を、鏡越しに見た葵は、無邪気さを全開に、喜びを露わにしていた。


 まっくろ工場を後にした後、蒼太たちは、本拠地へと向かった。昨日、翼から電話があった後、自分専用の小型カメラがもらえると聞いた葵が、「本拠地で待ってる!」と言い出したのが所以である。


「社長、新田さんに言っておいて。中野葵が、“ありがとうございます!”って言ってたって!」


「わかった。言っておくね」


 新一は、いつになく元気な葵に向かって、笑顔を向けた。


「こっちは、なに?」


 葵が手にしたのは、パソコン型の機械だった。


「これは、勇人くんに使ってもらおうと思ってるんだ」


 新一はそう言って、モニターを開いた。


「葵ちゃん、普段、殺し屋に向かってる時、周りをすぐに確認できなくて困ったこと、ないかい?」


「ある!特に、瞬間移動の時とか、前しか見えないんだよね。だから、後ろから攻撃されたら、やられるだけだなーって、いっつも思ってた」


「これがあったら、それを防げるんじゃないかと思ってね」


 新一は機械の電源を入れ、「ほら」と、顔を上げた。


「見てごらん。葵ちゃんの周りの映像が映ってる」


「えっ!ほんとだ!」


 葵が蒼太の肩を叩いた。


 蒼太は画面を覗き込み、「わっ……」と声を上げた。


 4つに分立された画面の1つに、自分の姿が映っていた。他の3つはそれぞれ、オフィスの様子を捉えている。


「このボタンは、何に使うんですか?」


 光がモニターの下を指さして、新一を見た。


 パソコンで言う、キーボードがある部分には、緑色をした4つのボタンがあった。それぞれ、△マークで、上、下、右、左を向いている。


「そうそう、これね。例えば───」


 新一は「右」のボタンを押した。 


「うわっ!」


 葵が、唐突に飛び上がった。


「ああ、ごめんね」と、新一が苦笑した。


「先に説明すればよかったね」


「び、びっくりしたあ……。いきなり、耳元で知らない女の人の声して、この緑色の中に赤い矢印出てきた……」


 葵は耳元───通信機を抑えて言った。


「説明すると」


 新一は穏やかな声で、そう切り出した。


「このボタンは、葵ちゃんの通信機と連携していて、押した部分に応じて、音と、映像で、葵ちゃんに方向を伝えることができるらしいんだ。だから、葵ちゃんの見えていない範囲に敵が現れた時、それをボタン一つで知らせることができるという仕組みだね」


「えー!ハイテクじゃん!」


 葵が目を見開く。


「これって、あおちゃんと、上村さんが、共有して使うんですか?」


 翼が示したのは、葵が装着したままの小型カメラだった。


 光が小さく首を傾けて新一を見つめる。


 殺し屋を捕まえる───その仕事を任されているのは、葵と光の2人だ。


「いや、とりあえずは、葵ちゃん一人に使ってもらおうと思ってるんだ。まだ、3人で進めたことがないし、勇人くんは、班の仕事をやるのは初めてだからね」


 蒼太はその言葉に、小さく「えっ……」と声を漏らした。


(そう……なんだ……)


 意外だった。


(や……、でも、そうか……。兄ちゃん、最近まで、みんなのところに、全然来てなかったから……)


 そう考えると、納得がいった。


「初めてのことを二つ同時に行うのは、とても危険なことだから───慣れるまでは、葵ちゃんに付けてもらって、しばらくしたら、光ちゃんの分も、もらってくるからね」


「はい、お願いします」


 光が新一の言葉に、ぺこりと頭を下げた。


「楽しみだなあ」


 葵がニコニコとしながら言った。


「早く、3人で依頼解決したいなあ」

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