August Story4
蒼太は、翼、光の2人と共に、"ASSASSIN"に様々な機械を提供してくれている発明家のもとを訪れる。
まっくろ工場───そう、この場所は呼ばれているらしい。
町の外れ────乗ったことのない路線のバスで、蒼太は、翼、光の2人と、この場所にやって来た。
名前の通り、そこは、外観が真っ黒の、車庫のような、小さな建物だった。周りには何もなく、背後には森が広がっている。入口は黒のシャッターで、屋根には煙突が付いており、もくもくと煙が空へと上がっていた。
翼はシャッターの前に立つと、
「新田さん」
と、いつもより大きな声で、その人物の名を呼んだ。
数秒後、音を鳴らし、ゆっくりとした動作で、シャッターが開いた。
蒼太は光と共に、その動きを目で追った。
「やあやあ、こんにちは」
奥から、男性の声がした。
蒼太は中に目を向けた。
(物置みたい……)
物で溢れすぎていて、この位置からでは、それらが何なのか、よく分からない。分かるのは、内装が、外観と真反対の白一色ということだけだ。
「こんな小汚いところに、また来てくれて嬉しいよ。心から歓迎する」
どこ───どの物の影───から、出てきたのか、声の主は顔を覗かせた。
クリーム色の瞳で、白いヘルメットを被り、よれよれのシャツに、ところどころ穴が開いた紺のズボンを履いた、40代くらいの男性だった。
「お久しぶりです、新田さん」
翼が頭を下げると、男性は微笑し、
「久しぶり。元気でよかった。ええと……」
目を開けて、翼の顔を覗き込むように見つめた。
「“おぎわら”くん?」
「“はぎわら”です」
翼が穏やかに、切り返した。
「ああ……そうだ。ごめんね。下の名前は、なんだっけ?」
「翼です」
「そうだ、そうだ。萩原翼くん、ね」
男性はヘルメットを握った拳で軽く叩き、
「君たちは……」と、蒼太と光を見た。
「はじめまして───だよね?」
「はい」
光は蒼太が身構えている間に、頷いていた。
「上村光です」
「あっ、えっと……、清水蒼太です……」
光の後を追うように、あたふたと頭を下げると、
「新田 和彦です。よろしくね」
男性───新田和彦は言った。
「この、しがない建物で、発明家として、働かせてもらっています。……とは言っても、依頼してくれる人は、君たちの“社長”───新一くんくらいなんだけどね」
何処か自嘲気味に笑う新田は、新一の古くからの友人であると、蒼太は行の車内で、翼に告げられていた。
「君たちのことは、勝手ながら、よく新一くんから、話を聞かせてもらってるんだけど───」
新田は「あっ」と声を上げて、翼を見た。
「そういえば、あの子、怪我が治ったんだってね。あの……あの子だ、ほら、あの───」
「矢橋さん、ですね」
「ああ、そうそう。下の名前は……」
新田は宙を見上げ、
「……“ゆうと”くん、だったかな?」
翼を見た。
「そうです」と翼が微笑んで頷くと、
「ああ、よかった」
と、新田も笑った。
「新一くんに、最近名前を聞いたばかりだから、覚えていたんだ」
「ええと、だから」と新田は首に手をやり、
「君が───蒼太くんで……」
「僕は、翼です」
「ああ……そうだね、すまない……」
新田は本当に申し訳なさそうな顔をした。
「これは、昔からなんだ。人の名前を覚えるのが、本当に苦手で……だから、大抵、初めての人と会う時は、メモをして、顔と名前を一致させるようにしてるんだ。───けど、君たちは」
新田は、そう小さく苦笑した。
「はじめましての時、バタバタしてたからさ、メモを取ることを忘れちゃって」
「あの時は、そうでしたよね。改めて、すみません───突然、無理難題を言ってしまって」
「いやいや、謝ることはないよ」
新田は手をひらひらと振り、
「むしろ、有り難いと思っているくらいだよ。こんな、発明家を頼ってくれて」
弱々しく笑った。
「そんなことないですよ」と、翼が柔らかく答えても、その笑みが、消えることはなかった。
「今更、なんだけど、いいかな。メモを取っても」
新田はズボンのポケットを探りながら、そう言った。
新田はオレンジ色のカバーが掛かったメモ帳を手に持った。履いているズボン同様、ところどころに穴が空いて、ボロボロだ。
新田はしゃがみ込み、3人を見上げて目を細めた。
「まず……君が翼くん」
蒼太は新田が一番上の行に、「茶→翼」と書くのを見た。
「そして、光ちゃん」
光が「はい」と頷くと、新太は、「オレンジ→光」と、書き足した。どうやら、髪色と名前を一致させて覚えるつもりらしい。
「“そうた”……は、これで合ってる?」
メモを向けられ、蒼太は「あっ……」と、声を上げた。
字を確認すると、「白→蒼太」とあった。
「はい……、大丈夫です」
そう頷くと、新田は、「よかった」と、微笑んだ。
「次に……」
新田はペンを動かし、「黒」と書いた。
「勇気の“勇”に、“人”……です」
蒼太は、尋ねられるより先に答えた。
新田が驚いたように、目を上げる。
「あ……」
蒼太は、「やっちゃった……」と視線を泳がせる。
「あっ……えっと……、ぼく……、弟、なんです……」
説明する声は、小さくなってしまった。
新田は大きな目で蒼太を見つめて、「あっ……ああ」と数回、頷いた。
「そうなんだ。ありがとう、教えてくれて」
新田は、その場で急いで作ったような笑顔を浮かべた。
蒼太は、顔を上げることができないまま、首を横に振った。
(何で、名字違うんだろうって思われてる……)
それには、理由と事情がある。だが、今の時点では、それを話せるほど、親しくはない。
僅かに視線を上げて、翼と光を見る。
2人は、メモを取る新田の手元を見つめていた。
その様子を見て、蒼太は、「あっ……」と思った。
(2人とも、ぼくが兄ちゃんの話をしたせいで、この場が気まずくなったって、思わないでくれてる……?)
それに気付いた瞬間、蒼太の心の中に膨れ上がった後悔が、すっと、小さくなった。
「ありがとう。これで、君たちの名前が覚えられそう」
新田は立ち上がると、ほっとしたように、息を吐きだした。
その後、「少し待っててね」と、新田はシャッターをくぐって行った。
蒼太は、空を見上げた。
太陽は真上にあり、蒼太の髪の毛を焦がす勢いで熱を発している。
「蒼くん」
翼の声に、蒼太は顔を向けた。
「こっち、日陰だよ」
翼が指さした場所を見ると、影ができている場所があった。
「おいで。こっちで待とう」
光が蒼太を手招きしてくれた。
「あっ……」
蒼太は先輩2人に頭を下げて、影の中に入った。
「そういえば」
光が何かを思い出しように、口を開いた。
「さっき思ったんだけど───私、矢橋さんと話したこと、今までにないな」
蒼太は心の中で、「あっ……、そっか」と声を上げた。
“ASSASSIN”に入ったのが、6人の中で一番新しい光は、色んなタイミングが重なった結果、勇人と関わったことが、これまでにないのだ。
「夏休み明けたら、話す機会、あるかもしれないね」
翼が言った。
「上村さん、矢橋さんと同じ班だから」
蒼太はその言葉に、小さく頷いて見せた。
「お待たせ」
新田が手に何かを持って、戻って来た。
「これ───少し重いけど」
そう言って、新田は翼に小さなパソコンのような形をした機械を手渡した。
「開くと、モニターになってて、こっちと繋げると、映像が見られるようになるから」
続いて、新田は、蒼太の手に収まるほどの、筒状の機械を取り出した。
(望遠鏡みたい……)
蒼太はそう思ってから、気が付いた。違う───これは、カメラだ。
「ありがとうございます。助かります」
翼が頭を下げると、「いえいえ」と新田は微笑んだ。
「修理、したんだけど、初めて作ったものだから、ガタがついてるかもしれない。もし、何かあれば、いつでも連絡してね」
蒼太は首を傾けた。
(初めて作ったのに、修理……?)
「ああ───僕ね、機械を作る能力を持っているんだ」
新田が声を上げる。
「自分が思った通りのモノが作れる───んだけど、少し、問題があって、必ず、完璧には完成しないんだ。どこかしらに、不具合ができるから、その部分は、自分の手で修正しなきゃならないんだ」
新田は、ヘルメットの下の髪の毛を掻きながら、そう言った。
「“能力を除いても、新田さんはすごい人だ”って、社長がいつも言ってますよ」
翼がそう、笑顔を見せると、
「あ……、いや、そんなこと、全然ないよ」
新田は目を伏せて、首を横に振った
※
「わーっ!すごーい!」
葵は歓喜の声を上げ、目を輝かせた。
「あたし、こういうのに憧れてたんだよね!」
新田和彦が作った、装着型の小型カメラは、葵が活動に使うためのものだった。耳にかけて使う仕組みになっており、葵から見た、360度の映像が、記録されるそうだ。
カメラの横には、薄く、小さな、緑色の板のようなものが、付けられている。
それを垂直に引くと、カメラを装着した耳と同じ側の目に、その緑色の板───レンズが覆われる仕組みになっているらしい。
果たして、このレンズは何に使うものなのだろう?と首を傾けた蒼太の横で、カメラを装着した自分の姿を、鏡越しに見た葵は、無邪気さを全開に、喜びを露わにしていた。
まっくろ工場を後にした後、蒼太たちは、本拠地へと向かった。昨日、翼から電話があった後、自分専用の小型カメラがもらえると聞いた葵が、「本拠地で待ってる!」と言い出したのが所以である。
「社長、新田さんに言っておいて。中野葵が、“ありがとうございます!”って言ってたって!」
「わかった。言っておくね」
新一は、いつになく元気な葵に向かって、笑顔を向けた。
「こっちは、なに?」
葵が手にしたのは、パソコン型の機械だった。
「これは、勇人くんに使ってもらおうと思ってるんだ」
新一はそう言って、モニターを開いた。
「葵ちゃん、普段、殺し屋に向かってる時、周りをすぐに確認できなくて困ったこと、ないかい?」
「ある!特に、瞬間移動の時とか、前しか見えないんだよね。だから、後ろから攻撃されたら、やられるだけだなーって、いっつも思ってた」
「これがあったら、それを防げるんじゃないかと思ってね」
新一は機械の電源を入れ、「ほら」と、顔を上げた。
「見てごらん。葵ちゃんの周りの映像が映ってる」
「えっ!ほんとだ!」
葵が蒼太の肩を叩いた。
蒼太は画面を覗き込み、「わっ……」と声を上げた。
4つに分立された画面の1つに、自分の姿が映っていた。他の3つはそれぞれ、オフィスの様子を捉えている。
「このボタンは、何に使うんですか?」
光がモニターの下を指さして、新一を見た。
パソコンで言う、キーボードがある部分には、緑色をした4つのボタンがあった。それぞれ、△マークで、上、下、右、左を向いている。
「そうそう、これね。例えば───」
新一は「右」のボタンを押した。
「うわっ!」
葵が、唐突に飛び上がった。
「ああ、ごめんね」と、新一が苦笑した。
「先に説明すればよかったね」
「び、びっくりしたあ……。いきなり、耳元で知らない女の人の声して、この緑色の中に赤い矢印出てきた……」
葵は耳元───通信機を抑えて言った。
「説明すると」
新一は穏やかな声で、そう切り出した。
「このボタンは、葵ちゃんの通信機と連携していて、押した部分に応じて、音と、映像で、葵ちゃんに方向を伝えることができるらしいんだ。だから、葵ちゃんの見えていない範囲に敵が現れた時、それをボタン一つで知らせることができるという仕組みだね」
「えー!ハイテクじゃん!」
葵が目を見開く。
「これって、あおちゃんと、上村さんが、共有して使うんですか?」
翼が示したのは、葵が装着したままの小型カメラだった。
光が小さく首を傾けて新一を見つめる。
殺し屋を捕まえる───その仕事を任されているのは、葵と光の2人だ。
「いや、とりあえずは、葵ちゃん一人に使ってもらおうと思ってるんだ。まだ、3人で進めたことがないし、勇人くんは、班の仕事をやるのは初めてだからね」
蒼太はその言葉に、小さく「えっ……」と声を漏らした。
(そう……なんだ……)
意外だった。
(や……、でも、そうか……。兄ちゃん、最近まで、みんなのところに、全然来てなかったから……)
そう考えると、納得がいった。
「初めてのことを二つ同時に行うのは、とても危険なことだから───慣れるまでは、葵ちゃんに付けてもらって、しばらくしたら、光ちゃんの分も、もらってくるからね」
「はい、お願いします」
光が新一の言葉に、ぺこりと頭を下げた。
「楽しみだなあ」
葵がニコニコとしながら言った。
「早く、3人で依頼解決したいなあ」
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