August Story3
中野家の昼食に誘われた蒼太は、学校から帰宅した優樹菜から、差出人不明の手紙の話を聞き───?
「優樹菜さぁー」
葵が、にまにまとしながら、優樹菜に向かって身を乗り出した。
「見つけた時、“ラブレターかも?”って思ったでしょ?」
「全然」
対し、優樹菜は即答した。その目は、葵ではなく、便箋に向けられている。
「えー!なにそれ、つまんないの」
葵が頬を膨らませる。
「優樹菜、もっと夢見て生きた方が楽しいよ?」
「あんたはもっと現実を見なさいよ」
蒼太は葵の隣で、姉妹のやり取りを見つめていた。
「じゃあ、それ見つけた時、優樹菜どんな気持ちになったの?」
葵はテーブル上の白封筒を指さした。
「どんなって───“何だろう”って思った。宛名見て、“これはただの手紙じゃないな”とも思ったけど」
蒼太は不気味な筆跡で書かれた、“中野優樹菜様”を見つめた。
「そっかぁ。まあ、たしかに、ラブレターにしては名前の書き方独特だもんねー。優樹菜、このことって、誰かに話した?」
葵が顔を上げると、優樹菜は「ああ」と頷いた。
「矢橋くんには、言った」
「勇人?」
葵が目を丸くする。
「うん。見つけたのが、帰る時で、一緒にいたの。それで、それから矢橋くん家に寄って、この手紙呼んだの」
蒼太が葵と共に、優樹菜の元に届いたのだという手紙の話を聞いたのは、昼食を食べ終えてすぐのことだった。
蒼太は一旦、父のいない家に帰って何か食べてこようと考えていたのだが、優樹菜が気を利かせてくれた。
中野家では、仕事が忙しい母に代わって、優樹菜が料理を担当することが多々あるらしい。そんな優樹菜がこの日、作ってくれたのは、この季節に似合う、冷たいそうめんだった。
「私は、これから、この手紙を送ってくれた人のメールアドレスに、メッセージ送ってみようって考えてる。これを依頼として扱うかどうかは……話してみないと、分からない」
優樹菜は、蒼太と葵、2人を見つめて言った。
蒼太はそれに対し、こくりと頷いた。優樹菜の考えは、正解だ───そう思った。
「だから、いい?葵」
優樹菜が、葵を見つめた。
「んっ?なに?」
「まだ、何も決まってない状況なの。翼くんや光ちゃんに伝えるのは構わないけど、話を大きくしないでね」
「うん!任せて!」
葵は笑顔で大きく頷いた。
優樹菜は「お願いね」と念を押すように言い、
「……じゃあ、送ってみようかな」
と、スマートフォンを手に取った。
「何送るの?」
「まずは、簡単なこと。“手紙、受け取りました”って、伝えてみる」
優樹菜は何の躊躇いもなく、アドレスと、文章を打ち込んで行った。蒼太は毎回のことながら、優樹菜の決断力と行動力に驚かされる。
「優樹菜、このこと、お母さんに話すの?」
携帯電話をテーブルにおいた優樹菜に、葵がそう問いかける。
数秒、優樹菜は考えるような間をおき、
「お母さんが、今日早く帰ってきたら、今日の内に話すけど、そんな急ぐことでもないから」
「警察の方……今、忙しいんですか?」
蒼太が声を上げると、優樹菜は「そうみたい」と頷いた。
「上の方には、私たちが休んでることは内緒だから、その分、お母さんたちが動いてくれてるみたいなの」
蒼太は「ああ……」と大きな納得を感じた。
“ASSASSIN”のメンバーが全員、未成年者であること───それを知っている人間は、数少ない。警察の上層部にさえも、その情報は隠されているという。
───大げさな話、私たちじゃなくて、お母さんたちが捕まえたとしても、受け取る側からしたら、同じことみたい
いつだったか、優樹菜が言った言葉だ。
それを、北山警察署特別組織対策室の2人は知ってこそ、きっと今この瞬間も、“ASSASSIN”を守ってくれているのだろう。
不意に、優樹菜の携帯電話の画面が光った。
「あっ」
優樹菜は顔を上げ、「返信来た」と言った。
「ほんと!?」
葵が身を乗り出す。
優樹菜は画面を持ち上げて、手紙の送り主からのメッセージを読み上げた。
「“受け取ってくれて、ありがとうございます。中身は、もう見ましたか?”」
蒼太は優樹菜がそれに対し、返事を打ち込むのを見た。
「───“ごめんなさい。あんな不吉なふうに、宛名を書いてしまって。あなたにどうしても、手紙を受け取って、中を確認して欲しかったんです”」
(相手の人の言葉……)
蒼太は不思議に、胸がドキドキするのを感じいた。
優樹菜はその後、何も言わぬまま、何度かメッセージのやり取りを続け、やがて、小さく息を吐きだした。
「相手の人、今、取り乱しちゃってるみたい。“お願いします”って、繰り返し言ってる。時間おいてから、詳しいこと聞いてみようと思う」
葵が「そっかぁ」と頷き、
「同じ学校の子なら、優樹菜、友達になれるかもしれないね」
と、言った。
優樹菜は、答えなかった。まるで、葵の声が聞こえていないように、じっとスマートフォンの画面を見つめていた。
その時、優樹菜の手元ではなく、蒼太のすぐ近くで、籠った音がした。
「あっ……」
蒼太はポケットから自分の携帯電話を取り出した。
着信を受け付けた端末の画面は、「先輩」という文字を表示していた。蒼太にとって、「先輩」と呼べる相手は、一人しかいない。
「もしもし……?」
呼びかけると、「蒼くん」という、萩原翼の声が返って来た。
「久しぶり。今、大丈夫?」
「あっ……はい。今、葵の家に、遊びに来てます」
「ああ、そうなんだ」
翼の声は、数週間前に話していた時と変わらず、柔らかく穏やかだった。
「この間───先週の水曜日、だったかな。僕、社長に呼ばれて、本拠地に行ったんだよね」
「えっ……?そうなんですか?」
「倉庫室の片づけを手伝って欲しいって言われて。その時に、社長に言われたことなんだけど、蒼くん、あの───倉庫室にある物品、どこからもらって来てるかってまだ、知らないよね?」
「物品……」
翼の言葉を繰り返して、蒼太は「あっ」と思った。
「通信機、とか……そういうものですか……?」
「そうそう。倉庫室にあるものって、全般、社長が、“こういうものが欲しい”って専門の人に頼んで作ってもらってるものなんだよね」
「それで」と、翼は言葉を続けた。
「もし明日、蒼くんが都合よかったら、上村さんと3人で、その、発明家さんに会いに行こうと思うんだけど、どうかな?」
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