August Story1
夏休みが終わる3日前。蒼太は葵の家に遊びに来ていた。
一方、その頃、始業式を迎えた逢瀬高校の放課後。優樹菜は、下駄箱の中に、差出人不明の手紙を発見する。
夏休み期間が後3日に迫ったこの日、蒼太は、葵の家に遊びに来ていた。
普段、直接的に意識することはないのだが、葵の祖父は神職で、中野家と祖父母宅に隣接して存在する姫森神社に奉職しているそうだ。
葵の祖父母宅は、蒼太の家よりも古く、心なしか、厳重な雰囲気が漂っているのに比べ、葵たち家族が住む中野家は、真新しい2階建ての一軒家だった。葵は現在、この家に、姉・優樹菜、母・舞香、そして、父の4人で暮らしているのだが、父親は県外に単身赴任中で、ほとんど家に帰って来られないらしい。
「はー!やっと終わったー!」
葵が大きく声をあげ、何かから解放されたように手を広げた。
「ありがとう!蒼太!ほんとに救われた!」
そう言って笑顔を見せた葵に、蒼太は「ううん」と首を振った。
2人は連日、こうしてどちらかの家に集まり、夏休みの宿題に取り組んでいた。この日は、葵がどうしても苦手だという算数のプリントを、蒼太が教える形でやっていたのだ。
「蒼太、ほんとすごいよね!」
葵に言われて、蒼太は「えっ?」と声を上げた。
「教えるの、ほんとに上手!浜田先生より分かりやすいもん」
担任の浜田一義の名前が出て、蒼太は「そ……そんなことないよ」と謙遜した。
後ろにある扇風機に髪を揺らされている葵は、プリントを折りたたむと、「蒼太ってさ」と明るい目を、蒼太に向けた。
「将来の夢、ある?」
蒼太は「ええと……」と言葉に迷った。が、葵になら話しても大丈夫だと、すぐに頭が切り替わった。
「ぼく……、絵描くの好きだから……」
蒼太は今まで、誰にも打ち明けて来なかった、自分の中に留めたままにしていた、自分の夢を語ることにした。
「そういう仕事できたらいいなって思ってるんだけど……でも……、やっぱり、難しいと思うし、大変だろうから、ちょっと迷ってる気持ちも、あるんだよね……」
「んー!そうなんだ」
葵は目を大きくしながら頷いた。
直後、葵は「でも」と、明るい笑顔を見せ、
「蒼太が“やってみたい”って思うんだったら、あたし、どんなことでも応援するよ!」
蒼太は「あ……」と声を上げ、「……うん」と答えた。
「……ありがとう」
葵は「ふふふ」と笑い、
「何かね」
と、床に手をついた。
「昨日、優樹菜が、高校卒業したら、大学行くか、就職して働くか、みたいな話を、お母さんとしてたの」
蒼太は、それを聞いて、「ああ……そっか……」と、心の中で呟いた。
(高校生は、この時期から将来のこと考え出しても、早すぎるってことはないんだ……)
「優樹菜さんは……、なにか、目指したりしてるの?」
「んー、色々考えてるみたい。だけも、“これをやりたい”っていうのが、まだないんだって」
「そう……なんだ」
「あたしその時ね、じゃあ、“ASSASSIN”で働けばいいじゃん!"って言ったの。そうしたら、優樹菜に、“そんなすぐに決められることじゃないの”って言われた」
蒼太は「そっか……」と答えながら、急に、寂しい気持ちを感じた。
(そうだ……、みんな、大人になって、働くようになったら、“ASSASSIN”から、離れちゃうかもしれないんだ……)
蒼太にとって、葵以外のメンバーは、全員年上だ。蒼太は、自分たちが大人になった先に、メンバーたちがバラバラになってしまう未来を想像してしまった。
(永遠に続くわけじゃないんだな……、みんなとの時間……)
「そういえばさ」
葵の声に、蒼太は、視線を上げた。
「優樹菜と勇人って、幼馴染じゃん?」
葵はテーブルに腕を乗せ、蒼太の目を覗き込むように見つめていた。
「だけど、あたしと蒼太は、小さい頃、会ったことなかったよね?」
蒼太は「あっ……」と、目を見開いた。
「たしかに……。そう、だね……」
驚いた。何故、今まで気付かなかったのだろう。
蒼太が今、暮らしている家に引っ越してきたのは一歳の時だが、勇人は前の家(今、勇人が暮らしている家)に住んでいた時から、優樹菜とは、度々遊んでいたそうだ。そして、引っ越し後、家が近くなってからは、より一層、その回数が増えたらしい。その間で、勇人の弟である蒼太と、優樹菜の妹である葵───2人に接点ができても、何もおかしくはない。
「……たぶん、だけど……」
蒼太はそこに対し、微かな心当たりがあることに気が付いた。
「ぼく……小さい頃、身体が弱くて、ほとんど家の外に出てなかったから……かな」
「あっ、そうなんだ」
葵が半ば驚いたように、もう半分は納得したように答えた。
「優樹菜さんが、家に遊びに来てた時に、ぼくも入れてもらって、兄ちゃんと3人で遊んだことは、覚えてるんだけど……」
「あっ、それは、優樹菜が、前に言ってた気がする」
葵は視線を斜め上に向け、
「そうやって考えると、あたし、勇人とも、ほとんど会ったことなかったなぁ。あの頃は、“優樹菜の友達”としか思ってなかったかも」
「あっ……、それ……」
蒼太は新たに、思い当たる節があることに気が付いた。
「ぼくのお母さん、ぼくと兄ちゃんに、“友達と遊ぶ時は、家か、外で遊んでね”って言ってたからだと思う……」
葵は目を丸くした。
「えっ、じゃあ、友達の家は、行っちゃだめだったてこと?」
蒼太は「そう……」と頷いた。
「ぼくも、何でなのか、理由は分からないんだけど……。だから……兄ちゃんは、この家に、入ったこと、ないんじゃないかな……」
葵は「ああ!」と手を叩いた。
「それで、あたし、勇人と会うことなかったんだ」
「なるほどねー!」と声を上げる葵を見て、蒼太は思った。葵はきっと、蒼太の母が厳しい人だったと思ったのではないか───と。
実際には、違う。母は、蒼太が時に、もしかしたらお母さんを無理させてるのではないかと心配になるほどに、優しい人だった。
そんな母からもらった言葉を、蒼太は疑ったことがない。ただ───何故、母は、子どもたちが他所の家に行くことを良しとしなかったのか、その理由は、今でも、分からない。
「そういえば……優樹菜さんは、今日から学校?」
蒼太はふいに、優樹菜の姿を見かけていないことに気付いた。
「うん。今日が始業式なんだって。お昼ごろには帰って来るって言ってた」
葵が見上げた先を目で追うと、カラフルな色をした壁掛け時計があった。時刻は、11時をちょうど示している。
「じゃあ……、もうちょっとかな……?」
蒼太は長らく、葵以外のメンバーに会っていなかった。というのも、それぞれの学校が夏休みに入り、一番期間が長い、緑ヶ丘小学校の休みが明けるまで、活動自体も休みにしようという話になったのだ。
休みに入ってから、葵とは頻繁に会って遊んでいたのだが、他のメンバーとの接点はなく、蒼太は日々、「みんな今頃何してるんだろう?」と考えながら過ごしていた。
蒼太は窓の外を見た。2階ということがあり、蒼太の部屋よりも、ずっと空が近く見える。
8月の空は、絵の具で塗ったような綺麗な色をしていた。
※
優樹菜は下駄箱の前で立ち尽くしていた。
3時間の授業が終わり、放課後になってすぐ、ここに来たのだが───取り出そうとしていた外靴の他に、今、手に持っているものが、入っていたのだ。
それは、優樹菜にとって、全く見覚えのないものだった。しかし、それは、明らかに、自分に宛てられたものだと思った。
何故なら───と、思った時、背後に気配を感じ、優樹菜は、振り返った。
「ねえ───これ、見て」
いきなり優樹菜が振り返り、封筒を差し出してきたところで、勇人は表情を変えなかっ
た。ただ、一言、「何だよ」と平坦に言った。
悪いが、今、「何だよ」と言いたいのはこっちの方だ。
優樹菜は、ぐいと腕を伸ばした。
「いいから───見てよ」
勇人の目が、優樹菜と同じ場所に向いた。
中野優樹菜様───そう読める、金釘文字に。
優樹菜は顔を上げた。そして、勇人の背後に、人が立っていることに気が付き、「あっ」と声を上げた。自分が立ち止まっているせいで、後ろが詰まっているのだ。
「外で話そう」
優樹菜は、勇人に対して素早く言い、外靴を掴んだ。
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