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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第4章
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July Story20

事件解決の、その後。

 すみれはガラスに映った自分の顔を見つめていた。


 面会室という名の、拘置所の一室は、すみれが刑事ドラマで目にしてきた光景と、全く一致していた。


 ガラス越しには、まだ、誰もいない。


 すみれはカウンセラーとしてこれまで、様々な境遇の人物と向き合って来た。それぞれの人が抱える苦悩を、分かち合い、共に解決しようと歩む───それが自分の仕事であり、使命だと、すみれは思い続けている。“みはらし”に配属され、子どもたちと関わるようになって、その思いは尚、強くなった。


 すみれは目を閉じ、ゆっくりと開けた。


 息を吐きだしたタイミングで、向こうのドアに、気配を感じた。


 制服姿の男性警察官に促されて姿を現したのは、西村施設長だった。


 すみれはその姿を真っすぐに見据えた。


 この数日で、一気に痩せてしまったようだ。


 目は虚ろで、顔は蝋燭のように白かった。


 おぼつかない足取りで、よろけるように椅子に腰を下ろすと、聞き取れないくらい小さな声で、こう言った。


「……すみませんでした……」


 すみれは答えなかった。答える気もなかった。ただ、黙って俯いた顔を見つめた。


 西村は逃げるように視線を下に向けたまま、またも、口を開いた。


「……本当に、申し訳ないことをしたと思っています……。許されるべきでないのは十分承知で───」


「誰に対しての謝罪ですか?」


 すみれは問いかけた。


「謝るべきなのは、私じゃなくて、子どもたちなんじゃないですか」


 西村はびくりと肩を縮めた。


「今日、私がここに来たのは、あなたに、言っておきたいことがあったからです」


 西村が僅かに目を上げた。何を言われるのか、怯え、一方で、期待している目だ。


 すみれはその目を見つめて、目を細めた。


「大切な子どもたちを、自分の道ずれにしようと思った?───ふざけんじゃないわよ」


 すみれは、ガラスの向こうに、言い放った。


「あの子たちは、生きづらい世の中に、一生懸命生きてる。あなたも、その姿を目にしてきたでしょ?息が詰まるような毎日で、“ここに来れば大丈夫だ”って、子どもたちに感じて欲しくて、あの施設を作ったんじゃないの?」


 すみれは自分の口調に熱が籠って行くのを感じた。


「なのに、あなたは、あの子たちから人生を奪おうとした。それは、その選択肢は、どう考えても間違ってる。一人で死ねないから巻き込もうとした?甘えたこと言ってんじゃないわよ」


 そう言った時、箱の中に閉じ込められたように小さくなっていた西村が反応した。


「……同じようなことを……」


 西村は、ぽつりと言った。


「言われ……ました。……一人の、男の子に……」


 すみれは、じっと、西村の目を、見つめた。


「───だったら」


 すみれは、ゆっくりと、口を開いた。

 


「その言葉、忘れないように、心に刻んで生きなさい」


 西村が、はっと、視線を上げる。

 

「私は、あなたが作った場所を、子どもたちのために守りたい」


 すみれは、台の下の指先を、強く、握りしめた。


「あなたのしたことは、決して許されることじゃない。その事実から、目を逸らさないで。逃げずに、向き合って。───それが、あなたができる、子どもたちへの償いだと、私は思う」


 ※


 すみれは西村に面会した後、湯川斗真の自宅へと向かった。


 事件に巻き込まれた子どもたちと、その家族に事情を話すのに、昨日までの5日間、職員たちは各家庭を訪問していた。その際、すみれは湯川家を訪れたのだが、その時に、「今度、2人で話したい」と、斗真に頼まれたのだ。


「どうぞ」


 斗真はそう言いながら、すみれの前にお茶の入ったグラスを置いた。


 リビングは綺麗に片付けられているが、テーブルの上に無造作に置かれたリモコンや、古めかしい扇風機を見つめていると、すみれは湯川一家の生活の一片を感じた。


「先生、どこか出かけてたんですか?」


 斗真はすみれの向かいに座ると、そう問いかけてきた。


 すみれは「ああ」と声を上げ、斗真は、自分が着ている服を見て、そう気付いたのだと思いながら、グラスを両手で包んだ。


「西村施設長に、会いに行ってたの」


 口調を落ち着かせて伝えると、斗真は何も言わず、ほんの僅かに頷いた。


 すみれは斗真を見つめた。白いTシャツの真ん中には、薄らと皺が寄っている。その視線は、テーブルの端に向いていたが、表情は明るくなく、かと言って暗くもなかった。


 すみれは、斗真からの言葉を待つことにした。今日は、斗真の方から、“会いたい”と言って呼んでくれたのだ。ならば、その心に感じた、ありのままの気持ちを聞きたい───そう思ったのだ。


 斗真は数秒、言葉を選ぶような間を見せた後、「先生」とすみれを向いた。


「俺……、あの事件に巻き込まれてから、思ったことがあって」


 斗真は息を吸い、すみれの目を見つめた。


「自分の命……大事にしようって思ったんです」


 そう、言いながら、直後に「あ、えっと……」と自分で自分に戸惑ったように、斗真は目を泳がせた。


「生きてると、色々……嫌なこと、辛いこと、たくさんあって、失敗して、もうダメかって思うことも、時にはあるけど───生きていられることって、すごく、幸せなんだなって気付いたんです」


「あの人……」と、斗真は、視線を下に向けた。


「“死にたい”から、あんなことしたんだろうけど、でも、あの瞬間……殺されるかもって思った時、俺は、“生きたい”って思ったんです。そう思えたのは……、俺は、恵まれてるからなんだろうなって。……周りの、人たちに」


 すみれは斗真の顔を見つめていた。この瞬間の斗真は、16歳とは思えない、とても、大人びた表情をしていた。


「だから……」


 斗真は顔を上げた。


「時々、生きる意味あるのかなって、思ったりもするけど───“生きよう”って思いました」


 その目には、決心の色があった。


 すみれは、斗真が言った言葉を、しっかりと噛みしめた。


 そして───「うん」と、頷いた。


 斗真に向かって、微笑む。


「───生きて」

 それは時に、無責任で、簡単に言える言葉だ。しかし、すみれは、そこに、深い意味を込めて送った。斗真自身が、“生きよう”という言葉を、大切に、語ったように。


 ※


 道添晴の取調は、立て籠り事件の翌日に行われた。


 今回、捕まえたのは“ASSASSIN”ではなく、警察だったということで、蒼太たちが取り調べを担当する流れにはならなかったのだが、後に、その音声を聴くことができた。


 道添の動機は、豌藤に、自らの犯行の一部を見られたことにあった。


「死体運んでたら、あいつが見てたんだよ」


 道添は気怠そうに言った。


「……ったく、あんな山奥で、何やってたんだよ、あいつ」


「あなたは、その時、豌藤さんの顔を見たの?」


 舞香の声だ。


「はっきりとは見えなかったよ。真夜中だったからな。けど、あいつが」


「ふっ」という音がした。道添が鼻で笑ったのだろう。


「ハンカチ、落として行ったんだ。それに、こんな狭い町だ。辿り着くの何て一瞬だろ」


 舞香はその言葉に答えなかった。


「それで?あなたが里道を雇った理由は?」


「時間合わせだよ」


 道添は言った。蒼太は銀行でも、同じようなことを言っていたのを思い出した。


「俺、殺しをする時に、自分でルール決めててな。ほら、俺、時計持ってるだろ?」


 何かを取り出す音がした。


「時間を決めてんだよ。必ず───午前12時か、午後12時の、どちらかに殺すって」


(時計……)


 懐中時計。豌藤が一目見て、激しく怯えた時計。


「あいつ、銀行勤めだろ?だから、足止めしといてやろうと思ったんだよ。確実に殺せるように」


 そのために、里道は銀行強盗を装って潜入し、監禁事件を起こした───狙いは、豌藤俊之、ただ一人だった。


「すごく……恐ろしかったです」


 豌藤はそう、舞香に語ったそうだ。


「何故、真夜中に山奥に行ったのか」という質問に対しては、


「たまに、そういうことがあって」


 夜遅くに家を抜け出し、一人で目的もなく、家の近所の山を散歩する習慣があったそうだ。


「山と言っても、道は整備されていますし、そこまでの危険はない……はずだったんです」


 その日、豌藤は歩き慣れていたはずの道で、転倒してしまったらしい。前日が雨で、道がぬかるんでいたのだ。


「それで……、下に、転がり落ちてしまって……」


 そして、こう言った。死体を見た───と。


 あまりの衝撃と恐怖に、前後のことはあまり覚えていないと、豌藤は言ったという。ただ、目を向いた男性の顔と、その足を引きずるようにして持っていた男が身に着けていた懐中時計は、しっかりと目に焼き付いた───。


「それから……、時計を見るのが怖くなって……」


 だから、家の時計も、職場のも、全部外して───。


「ごめんなさい」と、頭を下げられたと、舞香は言った。


「通報するべきでした……」


 豌藤がそうしなかった理由は、自分のイニシャルが入った、ハンカチを落としたことに気が付いたからだという。


 目撃した人殺しが、すぐに自分に辿り着ける───。警察に通報したことが知られたら、すぐに自分を殺しに来る。そう思うと、怖くて溜まらなかった。当然のことだろうと、舞香は思ったそうだ。


 蒼太も、同じように思った。


 もし、自分が豌藤の立場だったら───やはり、人に話すのを、躊躇うだろうと思う。話すことで、自分と、それ以上に、自分の大切な人が巻き込まれたら───確実に、それを考えずにはいられない。


「ありがとうございました……」


 蒼太は、優樹菜、翼、光の3人に向かって、頭を下げた。そして、改めて、葵にも、「ありがとう」と言った。


「そんな、当たり前のことしただけだよ」


 優樹菜は、首を横に振った。


「そうだよ!お礼されることなんて、何もないよ」


 葵が大きく頷いた。


「蒼くん、よく頑張ったね」


 翼に微笑みかけられ、蒼太は「あっ……」と声を上げた。


「社長が一緒にいたから……、そんなに不安はなかったです」


 それに、みんなが助けに来てくれるってどこかで信じてたから───それを言葉に出すのは、少しだけ照れくさくてできなかった。


「だけど、みんな無事でよかった」

 光が、ほっと息を吐きだすように言った。


 みんな───2つの事件に巻き込まれた人々全員のことだ。


「本当は、勇人の方、あたしたちが解決することになってたんだけど」


「状況が変わったの」


 葵の言葉を、優樹菜が継いだ。その場にいなかった蒼太は、その話を初めて耳にした。


「すみれ先生から連絡があって、私たちの中で、もしかしたら、施設長が無理心中をしようとしてるんじゃないかっていう話が出たの」


 そこで、特別組織対策室に連絡を取り、どう動くべきか相談をしたそうだ。


「葵と光ちゃんに行ってもらうには、2人に、顔を隠すための変装をしてもらう必要がある───でも、その用意をしてる間に、殺し屋が依頼を実行するかもしれない。それで、亮助さんにお願いすることになったの」


 蒼太は、亮助と舞香───2人が、殺し屋を担当している刑事だということは知っていたが、実際に捕まえるところを見たのは初めてだった。聞くところによると、2人は特効性のある睡眠薬を用いて確保をするらしい。舞香が持っていた道具はそれで、人数の多かった亮助は、拳銃タイプのものを使ったそうだ。


 事件が起こってから、今日───日曜日まで、蒼太の生活にそれほどの影響はなかったが、警察の方は忙しく、何かあった時の対処が困難になるため、“ASSASSIN”の活動も、休むようにと要請があった。


 この日から、それが解除され、蒼太は葵以外のメンバーと久しぶりに顔を合わせた。


「もうすぐ、夏休みだねー」


 葵がカレンダーを見上げて言った。


 夏休みのような、長期休みの間は、余程の緊急時以外、“ASSASSIN”の活動も、休暇に入る───その決まりを、蒼太はこの日、初めて知った。


 小中高生が揃ったメンバーは、小学生組から順に、休みを迎え、逢瀬高校の夏季休暇終了まで、ここ───本拠地に集うことはない。そう考えて、蒼太は思った。


(夏休み明けには……兄ちゃん、来てくれるかな……)


 勇人の怪我の関係も影響し、蒼太は、あの日から、勇人に会っていない。


 あの日───警察署の一室で、2人きりで、言葉を交わした日。


 蒼太は確かめたかった。


 あの時、自分が伝えた言葉が、勇人に、どう届いたのか───。


(それは……)


 蒼太はカレンダーを見つめた。学校が休みに入るまで、後5日だ。


(兄ちゃんが、この先、ここに来たら分かる……)


 蒼太に、暗い感情はなかった。


 きっと、いつか、勇人はこの場所に来る───確証など、ないはずなのに、はっきりと、そう思えた。その理由が、今の蒼太には、分かるような気がした。


「あれ?誰か、来たみたい」


 葵が声を上げた。


 蒼太はドアを見た。半分、開いた隙間から、涼やかな風を運んでいる廊下を見つめた。


 足音が聞こえる。軽くて、静かな靴の音が。


 ドアが、外側に動いた。


「えっ」という、幾つかの声が重なった。


 やはり、こういう時、一番最初に、一番大きな反応をするのは、葵だった。


「勇人!」


(第4章 完)

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