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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第4章
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July Story19

立てこもり犯の正体が、明らかに───!?

「おい、お前」


 里道がこう呼びかけるのは、何度目のことだろうか。


 蒼太は毎回のことながら、びくりとし、男の目を見上げた。


(あれ……?)


 そして、戸惑った。


 里道の視線は、新一ではない人物に向けられていた。


 新一も、横を向いて、その人物を見つめていた。


「下の名前、何だ?」


 蒼太は、男と新一の目が向く先を追った。


「……と、俊之、です……」


 銀行員の豌藤は、そう答えた。いきなり何を訊かれるのかと、動揺しきっているのが、一番遠い場所に座っている蒼太にも伝わって来た。


 豌藤の答に、里道は頷くことさえせず、身体を横に向けた。足音が鳴った。そして、トランシーバーに向かい、短く、何かを言った。


(な、に……?)


 蒼太は胸騒ぎを覚えた。


(……この人は、普通の人なのに……)


 豌藤は、新一と自分とは違う───殺し屋に精通していない人間だということは、蒼太の目に明らかだ。


 一体、里道は、豌藤の何が気になったのだろうか。そして、トランシーバーの向こうにいる仲間に、何を伝えたのだろうか。


 横で静かに息を吸う音がした。新一だ。


「里道さん」


 そして、新一は、里道を呼んだ。


「何だよ」


 里道が新一を向く。


「あなたは、殺し屋ですか?」


 蒼太は部屋中に響くほど、大きく息を呑んだ。


 銀行員3人は「え……?」と新一を凝視し、里道は「は……?」と、戸惑うような反応を見せた。


「何だよ……、それ」


 里道の声色に、変化があった。


「確認です」


 新一は言った。その顔に、笑顔はなかった。


「あなたは殺し屋ではない───間違いないですか?」


 里道の目が、動揺を映したのを、蒼太は見た。


 新一はじっと、里道を見つめて、


「あなたの目的が分かってから、聞くつもりでしたが───こんなことをいつまでも続けていくわけには、行かないでしょう」


 蒼太は思い出した。新一は、里道が殺し屋か、そうではないかを確認するために、目的を訊き出すと言っていた。里道が殺し屋である可能性───それは、殺し屋の多くが用いる銃を持っていることだ。里道は今まで、それをずっと手放さずに握っている。


(社長は……)


 蒼太は愕然とした。


(この人が、殺し屋じゃないって、分かったってこと……?)


 いつ、どのタイミングで、何を見て、そう思ったのだろうか。そして、面と向かって、確認をするような行動を取ったのだろう


「お前……」


 里道は、新一を未知の生物でも見るような目で見た。


「何なんだよ……、なに……言ってんだよ」


 新一は無言で、その視線を受け、床に手を付くと、不意に立ち上がった。


「ここまで言う必要はないだろうと思っていましたが」


 それは、蒼太が聞き慣れた穏やかな声だった。


「私は過去に、全国から優秀な警察官が揃い、構成された、“HCO”という、かつて存在していた組織を管理させてもらっていたことがあります」


「“HCO”は」と、新一は何もできずに立ち尽くしている里道に向かって言った。


「殺し屋を捕まえる───その目的で、設立された組織でした」


 蒼太は、目を見開いた。


「そのために、私は、殺し屋の知識を、ある程度、持っているつもりです。あなたは、先程から、足音を鳴らしている。プロの殺し屋は、足音を鳴らしません。一番最初の訓練で、その技術を習得するんです」


 新一がそう言うと、里道の唯一出ている目の周りが、一気に白くなった。そして、震える手を顔の近くに持ち上げ、布に包まれた唇を、わななかせる。


「話してくれて構いませんよ」


 新一の言葉に、里道はびくつくように、動きを止めた。


「そして、こう、伝えてくれませんか?」


 新一は、里道の反応を全く気にしていないように、口調を一切、変えなかった。


「直接お話しませんか、と」


 その時───だった。


 蒼太の目の前を、黒い影が通り過ぎたのは。


「おいおい」


 聴きなじみのない声が、蒼太の耳に届いた。


「厄介なやつもいたもんだな」


 蒼太は声の主の姿を捉えた。


 黒いスーツに、黒いハットを被った長身の男が、そこにいた。


「あなた、ですか」


 新一が、目の前の男に呼びかける。


「里道さんに、指示を出していたのは」


「おい、ちょっと待てよ」


 男は唇を吊り上げて笑った。


「まだ、自己紹介がすんでねぇよ」


 茶髪に、黒い目をした、若い男だった。里道とは違い、その手には、何も握られていない。


「俺は、道添みちぞえはる


 男───道添晴は、床に座った4人を見下ろして言った。


「殺し屋だ」


 あまりに突然の展開に、驚きの声を出すことさえ忘れた銀行員3人は、見開ききった目で、道添を見つめている。


(この……人が……?)


 蒼太は3人とは違うものを感じていた。里道が通信していた相手は、殺し屋だった───衝撃と、納得が入り交じった感情を、蒼太は味わった。


「あっさり教えてしまって、いいんですか」


 新一が問いかけると、道添は「はっ」と笑った。


「お前の、ご丁寧な説明の後だ。別にいいだろ」


 里道は道添の後ろで、うろたえた様子で立ち尽くしている。


「それにさ」


 道添は歪んだ笑みのまま、こう言った。


「ここまで事情を知られちゃあ、お前ら全員、生きて返すわけにはいかねえだろ」


 ひいっ、と、悲鳴に近い、短い声が部屋に響いた。


 蒼太はそれが、二階堂のものなのか、鶴岡のものなのか分からなかった。───が、不思議と、蒼太の心は徐々に落ち着き始めていた。


 相手が、殺し屋だと分かったからだ。


 能力をうまく使えば、道添が行う“殺人”を、止めることができるかもしれない。それに、新一がいる。


(何か……)


 蒼太は視線を動かした。


(重たい物……)


 能力で道添に向かって、何か威力のある物を持ち上げて投げつけたら、動きを抑えられるかもしれない───蒼太はこの状況で、いつになく冷静な自分に内心驚いた。それは、焦りの裏返しなのかもしれない。


「こいつに頼んだのはさあ」


 道添は里道を振り返った。


「時間合わせのためなんだよ。俺が来るまで、時間潰しとけってな」


「では、あなたの目的は、この中───私たちの中の、誰か、ということですか?」


 新一の声に、蒼太は目の動きを止めてしまった。


 道添は、にやつきながら頷いた。


「そうだよ。だから、ここを選んだんだ」


 そして、人差し指を、向けた。


「お前だよ」


 そして、指示した人物の名を呼んだ。



「豌藤俊之」



 蒼太は、豌藤を見た。


 彼は、肌を蒼白に染めていた。怯え切った目は、道添の指名に、自覚があることを示している。


「覚えてないとか言わせねぇぞ」


 道添は豌藤を嘲笑い、着ていたベストを捲った。


「ほら、これ」


 道添が取り出したのは、懐中時計だった。


「やっ、やめてください!」


 豌藤は叫ぶようにして、両手で頭を抱えた。


「これ見たら、思い出すよな」


 道添は容赦なく、豌藤の前で、時計を振って見せた。


「俺も思い出してるよ。あの日のこと。あの日から、お前のことを殺したくて殺したくて、仕方なかったよ」



 豌藤は道添の声から逃れようとしているのか、耳をきつく塞ぎ、小刻みに首を振っている。


「こいつ、俺の殺しを見てたんだよ」


 道添は、にやにやと笑いながら、そう言った。


「で、ご親切に落とし物までしてくれた」


 道添は視線を上に向かせ、ズボンのポケットを探ると、丸まった何かを、豌藤に投げつけた。


「落とし物。返してやるよ」


 豌藤の手は、それを受け取らなかった。


 床に開いた状態で、舞い落ちたそれは、青色のハンカチだった。


「“T・E”」


 道添は言った。


「お前のイニシャルが入ってた。お陰で、すぐに辿り着けた」


「何で……!」


 豌藤が顔を上げた。


「どうして、あんなに軽々しく……、あんなことができるんですか?!人の命は、そんなに軽いものなんですか!」


 血走った目で、豌藤は、道添に問いかける。


「命乞いか?みっともねえな」


 道添は、そんな豌藤を鼻で笑った。


 蒼太の目は、目の前の、植木鉢を捉えた。


(いや……、だめだ……)


 蒼太は混乱しきった頭で、自分の行動を止めた。


(ぶつかったら……すぐに割れちゃう)


 何か、何かないのか。蒼太は必死に、目を動かした。


「仕方ねぇだろ。仕事なんだから」


 そう言いながら、里道に手を向ける。里道は先程までの気迫が嘘のように、ぎこちない手で、道添に銃を差し出した。


「ぺちゃくちゃ喋っても無駄だな。まず───お前から殺ってやるよ」


 道添が、銃口を、豌藤に向ける。豌藤は文字通り、ぴたりと固まってしまった。ただ、その瞳が、徐々に悲痛な色を帯びていく。


「やめてっ!」


 二階堂が、悲鳴を上げる。


 直後───新一が動いた。道添の方ではなく、蒼太がいる方に、一歩、身を引いた。


 その頭の動きを見た蒼太は、天井から人が飛び降りてきたのを、はっきりと捉えた。


 その人物は、天井にできた穴に手を掛け、振り上げた足を、道添の首に掛けた。


「う“っ!」という声の直後、激しい物音と衝撃が、部屋中に響き渡った。


「源くん!」


 女性の声は、新一を呼んだ。


「手伝って」


「はい」


 新一は素早く頷き、床に倒れこんだ道添の身体を上から押さえつけた。


 白いシャツに、黒いパンツを履いた女性は、道添の首に、何かをあて、「カチッ」という、短い音を鳴らした。道添は、動かなくなった。


「これで、あんたは何もできないでしょ」


 女性は、愕然としている里道を見つめながら

立ち上がった。


「警察よ。両手を出しなさい」


 蒼太はその後ろ姿に、はっとした。


(葵の、お母さん……)


 中野舞香だった。


 見上げると、天井には真四角の穴が開いていた。


(換気口を開けたんだ……)


 道添はここから現れ、舞香はその後を追って来たのだろう。


 蒼太は、新一を見た。その後ろには、震え切った手を合わせて差し出す里道の姿がある。


「終わったね」


 新一は蒼太と目が合うと、そう言って微笑んだ。

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