July Story18
明かされる、残酷すぎる真実───。
部屋中が、一気にざわめいた。
斗真は耳鳴りを感じ、心臓が止まってしまったのではないかという錯覚に陥った。
“私と一緒に、死んでください”───何を言っているのか、理解したくないと、斗真の脳は、斗真に助けを求める。
(なん……だよ……、それ……)
斗真はただ、西村を見つめることしかできない。
(おかしいよ……)
正気を失った初老の瞳は、子どもたちを見て離れない。
(施設長は……、こんな人……じゃない……)
「どうせだから教えてやる」
その場で、斗真たちを監禁し続けていた男が口を開いた。
「俺らは、殺し屋だ」
そう言って、もう一人の男を銃口で示す。
部屋がざわめきは起こらなかった。それほどに、男の言葉は、衝撃的で、非現実的だったのだ。
「こいつに仕事雇われて、今日、ここに来た」
淡々と、もう一人の男は言った。こいつ───施設長、西村のことであることは、既に、疑いの余地がなくなっていた。
「こいつの依頼、面白れえから、教えてやるよ」
隣の男が、笑いながら続く。
「このじいさん、死のうと思ってんだってよ」
銃口で横原を突かれ、西村は、深く、項垂れた。
「こいつは、お前らが思ってるような真っ当な人間じゃない。ギャンブル依存症に片足突っ込んでる、どうしようもないじじいだ。ギャンブルで何度か大負けして、借金まみれで、働いても働いても、金に追われる───そういう生活に、疲れちまったらしいぜ。そこに病も襲って、生きる意味が何なのか、見失ったってよ。でもよ、死ぬ勇気が中々湧いてこなくて、だったら誰かに殺してもらおうって言って、俺らのとこに来たんだ。“殺してください”ってな」
男はクツクツと笑い、西村を見た。
「俺は言ってやったよ。お前みたいな、どこぞのじいさん殺したって、何の得にもなりやしねえって」
「そしたらよ」と、男は吹き出した。
「“大勢ならどうだ”ってすがりついて来たんだよ」
男が語る言葉に、子どもたちは答えることができない。ただ、西村の頭が、深く、深く下がって行くのを、見つめることしかできない。
「“私にとって、施設に通う子どもたちは、家族同然なんです。あの子たちとともに死ねるのなら、私は何も怖くありません”───そう言ってたな、こいつ」
もう一人の男が、話に加わった。
「お前らをここに集めたのは、その為なんだよ」
鋭い目付きで、男は子どもたちを見回した。
「このじじいと、お前らをまとめて殺す───それが俺たちの目的だ」
「だって、一人殺すより、こんな大勢の方が、楽しいに決まってるもんな」
「職員とお前らを分けたのも、こいつの望みだ」
「本当は、すぐにでも取り掛かりたかっただが、注文の品が届くのが遅くてよ」
「それを待って、こいつをここに連れてくることに、計画を変えたんだ」
「注文の品───何だか、気になるだろ?」
男はそう言って、ドアの方を向いた。
「おい!入ってこい」
呼びかけられ、現れたのは、細身の体型に、ふきでものができた頬をした若い男だった。
手に、緑色のボールのようなものを握っている。
「こいつは、武器屋だ」
男は、若者を隣に立たせると、子どもたちに向かって言った。
「この中には」
若者はチラリと、手に握ったものを見て、
「毒ガスが入っている」
何気ない会話をするように、それを持ち上げた。
部屋に、ざわめきが再来した。
斗真は身体が激しく震え出し、小刻みに、首を振る。
(おかしい、おかしい、おかしい、おかしい……)
頭に浮かぶのは、それだけだった。
若者は無造作に、西村に毒ガスの入ったボールを手渡した。
「俺らは外に出る。安心しろよ、苦しいの何て一瞬だ。死んだ後は、俺らが綺麗に処理してやる」
男は掌で、西村の肩を勢いよく叩いた。その音と、「いや!死にたくないっ!」という、少女の叫び声が重なった。
「何か言ってやれよ」
男は声がした方に目を向け、西村に言った。
西村は顔を上げた。
その目は、充血しきって、血のような色を帯びていた。
「みな、さん……」
その声は、震えていた。
「わたしは……、よわい人間です。……みなさんと同じです。行き場がなく、彷徨う、幽霊のような存在です。……わたしは、そんなみなさんを、救いたい。ですが、今の私には、それができない。……できないのなら、死ぬしかないんです。……みなさんと、一緒に」
斗真の恐怖は、絶頂に達した。
(もう……、だめだ……)
こいつには、何を言っても響かない───そう思った。
西村を含めた男4人を見る斗真の視界は、歪みはじめた。
(……いや……だよ……)
涙のせいなのか、意識が遠のいているのか、斗真には分からなかった。
(死にたくない……。……こんなやつに、殺されたくない……)
斗真は叫び出したくなった。
大声で喚いて、この場から逃げ出したくなった。
頬を、何かが伝った。
涙なのか、汗なのか、今の斗真にとっては、どうでも良かった。
(……俺は……、まだ、この世界に、生きたい……)
隣で、息を吐く音がした。
「甘えたこと言ってんじゃねえよ」
声がした。
斗真のすぐ隣で、少年の声が、聞こえた。
「お前の人生、他人に押し付けんなよ」
斗真は、隣を見た。
部屋中の、全ての人間の視線が、彼に集まった。
人々の呼吸が、重なった。
だから───実犯人である男3人が、床に倒れこむことになった原因を、斗真を含めた、彼以外の子どもたちは、直接、見ていなかった。
綺麗なまでに、バタリと、男3人は倒れた。
斗真は息を呑むより先に、目を見張った。
何が起こっているんだ───そう、はっきりと思った。
「警察だ」
直後、男性の声がした。
斗真は、声のする方を見た。
西村の方に向かって歩いて行く、一つのシルエットがあった。
警察を名乗った男性は、手に持った何かを上着にしまい込みながら、西村を真っすぐに見据えていた。
西村は、呆然と立ち尽くしている。足元には、男3人がいる。
斗真は男性の横顔を見た。斗真の父と、同じくらいの年齢の人だった。
男性は西村の前で立ち止まると───ふと、視線を僅かに動かした。
(え……?)
その目は、斗真を向いた。
斗真はその目を見つめ返した。そして、気が付いた。
その瞳が、安心を写したことに。
男性の目が逸れてから、斗真は勇人の方を向いた。
見えたのは、少しだけ汚れた白いスニーカーだけだった。
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