July Story17
監禁された子供たちの前に現れた人物とは───。
斗真は真横で感じた、風を切るような気配に、顔を上げた。
見ると、葵がその場で立ち上がっていた。
葵は素早く、勇人の肩を叩くと、斗真には聞き取れない早口で、何かを伝えた。そうして、身を翻し、向こうに駆け出して行ってしまった。
その目立った動きに、ついに、男が反応した。
斗真は背中に悪寒を感じ、葵の背中を追う男の視線から、目を離せなくなった。
男は目を細め、やがて、何かを疑ってみるように、首を伸ばした。
斗真は反射的にその方向を振り返った。そこには、葵の姿はなかった。
男が一歩、踏み出した靴の音に、部屋中に、波のように緊張感が広がった。斗真は思わず、身震いをした。
視線をドアの方に向けながら、男は手を動かした。
持ち上げた指の中には、トランシーバーがある。
男が通話口に向かって、口を動かすのを、斗真は、呼吸をするのも忘れて見入っていた。
静まり返った部屋の中に、荒れた機械音が響き、男が口を動かす。斗真はその口の動きを、読み取った。「わかった」と、男は言った。
男が手を下ろし、視線を別の場所に移す。
斗真は止まっていた息を、一気に吐き出し、肺いっぱいに、空気を吸い込んだ。
(頭が、くらくらする……)
眩暈を感じ、斗真は額を抑えた。
そのまま、再び、ドアに目を向ける。
中野葵───あの少女が一体、何者なのか、斗真には未だ、想像もつかない。
(だけど……、あの子はきっと……)
一人で外に出て外部と連絡を取りに行っているのだろうと、斗真は思った。
(能力で、それをやってるんだ……)
そう考えるも、あの小さな少女がこの場の救世主になるとは、斗真は思えなかった。
(だって、小学生の言うことなんて、誰も信じない……。話したところで、警察は動いてくれないよ……)
それを、もっと早く気付いて、教えてあげたら良かったと、斗真は、強い後悔を感じた。
(俺は、いつだってこうなんだな……)
胸が苦しくなった。
(大切なことに……、後から気付くんだ……)
きつく目を閉じ、斗真は顔を背けた。
直後───ドアが開く音がした。
斗真は、はっと目を開けた。
部屋に入って来たのは、葵でも、助けに駆け付けた警察でもなかった。
(え……?)
知らない男と、よく知る人物が、そこに立っていた。
(……施設長……?)
施設長───西村には、世話になったことが、これまでに何度かあった。
両親からの勧めで、この施設を利用すると決めたきっかけも、西村にある。斗真は彼と初めて会った時から、「この人が経営しているのなら、信頼が持てそう」と大きな安心を覚えたのを、よく覚えている。
(何で……?)
斗真は男に肩を押されて歩き出す西村を、呆然と見つめた。
(どうして、ここに……?)
西村は視線を下に向けたまま、部屋の中央まで歩いてきた。
男2人が西村を挟み込むように立ち、斗真たちを見下ろす。
西村の表情は、暗い。目が光を失ってしまっている。───その表情は、とても、怖かった。
斗真はごくりと、空唾を飲み込んだ。
男───たった今、入ってきた方───に背中を小突かれ、西村は前によろけた。
そして、顔を上げた。
「……皆さん」
か細く、今にも消えてしまいそうな声だった。
「こんなことに巻き込んでしまい……、本当にごめんなさい」
声には、既に、涙が混じっていた。
(そんな……)
斗真は居たたまれない気持ちを感じた。
(施設長は……、何も悪くない……よね……?俺たちと一緒に、この男たちの計画に、巻き込まれただけで……)
謝る必要など、ない。だから───お願いだから、そんな悲しい目を、しないで欲しい。
「これは……、全て、私の責任です」
西村は顔を上げ、子どもたちを見回した。
「皆さんは……、悪くありません……」
顎から床に、涙が零れ落ちるがままに、西村は言った。
「ごめんなさい……」
そして、深々と、頭を下げた。
「……ゆる、して……」
悲痛な声に、斗真は、拒絶反応を覚えた。
(嫌だ……)
耳を抑えようとしても、手が動かなかった。
(聞きたくない……。泣かないでよ、先生……)
金縛りにあった時のように、斗真は身体を硬直させ、「やめて」と、誰にも───自分にさえも聞こえない声で懇願する。
しかし、その願いは打ち砕かれた。
「許して……、ください……」
男性が出したとは思えないほど、弱々しく、高い声を出し、西村は、遅い動きで、頭を上げた。
汗に濡れたような顔で、西村は、斗真を見た───気がした。
「……私と一緒に、死んでください」
※
「やっぱり、これ、警察に連絡した方が、良いんじゃ……?」
職員の永沢千穂の言葉に、すみれは、頭を振った。
「まだ、中に子どもたちがいる。目立った動きをしたら、何をされるか分からない」
「じゃあ、どうしたいいんですか!?」
そう、すみれの前に立ったのは、この施設の管理人、伝田正臣だ。
「だから!」
すみれは、苛立ちから、声を荒げた。
「それを今、考えてるんだって!」
「落ち着いてください!二人とも」
兵戸が、すみれと伝田、二人に間に割って入った。
「今は、ここで争っている場合ではありません。伝田さん、河井先生の言葉を、信じましょう」
落ち着いた声に、二人は反論しなかった。
すみれは「すみません」と伝田に詫び、同僚13人に、こう言った。
「今、詳しいことを話している時間は、ないんです」
すみれは、管理人室から外に出てから、13人にこう言った。
「ただ、私は、この状況を解決してくれる人たちのことを知っています。今、その人たちは、私たちと、子どもたちのために動いてくれています」
半ば強引に全員を納得させてしまったが、その時は、すみれを含めた14人は理性を完全に失ってしまっていた。何とか、手首を結ばれた紐を協力し合って外した直後に、すみれはそう言ったのだ。
その後、外に出るために、すみれは事務所にある冷蔵庫から、飲料水の入ったペットボトルを取り出し、能力によって中身に「鍵を開ける」効果を生み出した。それをドアノブにかけ、ドアを開けることに成功した。
「施設長は……、犯人が何を狙っているのか、最初から知っていたんですね……」
永沢が言った。
「だけど、あいつが、素直に子どもたちを解放するとは思えない……」
伝田が激しく、髪の毛をかきむしった。
「僕たちにできることは……、ないんでしょうか?」
兵戸が、すみれを見た。
すみれは携帯電話を握りしめていた。
「私たちにできることは」
すみれは目を閉じ、そうして───ゆっくりと、開けた。
「信じて待つ───それだけです」
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