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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第4章
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July Story15

"ASSASSIN"の助けを待つすみれの前に、予想外の出来事が起きる───。

 張り詰めた空気の中、すみれは何とか、冷静さを保っていた。


 子どもたちへの思いは、時間が経つにつれて強くなっているが、今ここで、取り乱すようなことはしてはいけない。そして、思い付きの行動も、厳禁だ。


(私の代わりに……今も、みんなが動いてくれる)


 思いを馳せると、自分が頼った、“ASSASSIN”のことが浮かぶ。すみれは、一方的な連絡しかできないにしろ、送ったメッセージが、夫・英二によって、彼らに伝えられていると、確信を持っていた。


(私の役目は、信じて待つこと)


 同僚の顔を、すみれはそっと見回した。皆、疲れた顔をしている。すみれは唇を噛んだ。


 男は背を向け、トランシーバーに向かって、何やらブツブツと文句を言っている。


(無事に、何事もなく、解決できたにしても)


 すみれは、男の大きな背中を睨みつけた。


(私は、こいつを絶対許さない)


 未だ、この部屋にいる15人に、何の危害も加えようとしない男に対し、すみれは激しい憎悪を覚えていた。


 職業柄、すみれはこれまで、様々な人間と関わって来た。


 そこから学んだことの一つに、人は誰しも間違いを犯す───ということだ。人生は選択の連続で、どの道が正解なのか、それは誰にも分からない。むしろ、選択を誤ることの方が、一生においては、多いのかもしれない。


 しかし、すみれは、それは“不正解”では決してないと思っていた。


 選んだ道に後悔することがあったとしても、その先に、きっと幸せな未来は訪れる───すみれはそれを、担当してきた子どもたちから学び、次に会う子どもたちへと伝えてきた。


「自分の行動次第で、未来は変わる。そんなの残酷だって思うかもしれないけれど、でもね、それは良い方向にだって絶対変えられるの。大切なのは、明るい未来を、信じ続けること。そこに向かって、一生懸命努力して、その度に壁にぶつかるかもしれない。けどね、大丈夫。頑張る人には、必ず、良いことが待ってるから」


 この言葉を、男に向かって言う気には、すみれはなれなかった。


(自分勝手な欲求のために、大勢を巻き込んで傷付ける───そんなの、許されない)


 何故、男がこの選択をしたのかは、すみれには分からない。だが、これだけは確かだ。その選択は、間違っている。この男は、自分の選択を恥じ、償うための行動を取るべきだ。


「あの……」


 男が振り返った時、声を上げた者がいた。


 すみれは声の方に、目を向けた。


「一つ、いいですか……?」


 施設長───西村だった。


 彼は、自身の考えから“みはらし”を創設し、その功績から、職員、子どもたち、その家族の大半から絶大な信頼を得ている人物だった。すみれも、その一人だ。


 その西村が、男に向かって片手を上げていた。


 男は西村を見下ろし、無言で先を促した。


 西村はおずおずと頷き、


「ええと……、あなたの目的は、施設にあるんでしたよね……?」


 男の目を見つめながら、そう言った。


「それがどうした?」


 男は表情を変えない。


 西村の喉仏が上下するのを、すみれは見た。


「……子どもたちを、帰してあげて欲しいんです」


 緊張しきっているが、確かな口調で、西村は言った。


「……私の、代わりに」


 部屋がざわついた。


 すみれは身を乗り出し、西村を止めようとした───が。


「人質なら、大勢はいらないはずです」


 西村は、すみれに声を上げる隙を与えなかった。


「私は施設のことを、全て知っています。……あなたたちが欲しい物も、理解しているつもりです」


 すみれは、呆然とした。


 "あなたたちが欲しい物"?───そんな何かが、この施設に、隠されている? そして、西村が、その存在を知っている?


「だから……、お願いします」


 西村は身体を折り曲げ、額を床に付けた。


「私にとって、この施設に通う子どもたちは、全てなんです。あの子たちを救うためなら、私は、命だって惜しくありません」


 すみれは、その光景から、目を逸らしたくなった。この状況で、この状況を作った人物に、こんなことをするなんて───頭を垂れる西村の姿は、痛々しいまであった。


 男は、じっと西村を見つめている。


「───分かった」


 やがて、男は、頷いた。


「立て。歩けるだろ」


 命令され、西村はおぼつかない動きで、その場で立ち上がった。


「施設長───」


 すみれは、溜まらなくなって、声を上げた。


 西村が、振り返った。


 そして、すみれを含めた、職員14人を見下ろし、


「皆さん……、ごめんなさい」


 寂し気に、微笑んだ。


 それに応えられる者は、いなかった。


 ドアが開く。

 

 その奥に、男が消えていく。


 すみれは立ち上がろうとした。勢いで、ヒールにつまずき、その場に倒れこんだ。


「河井先生!」


「大丈夫ですか!?」


 同僚の声が、BGMのように、頭に響く。すみれは痛みを忘れて、身体をよじって立ち上がった。

 

 その時、目の前に、ドアの向こうへと進む西村の姿を見た。


 ドアが、閉まる。


 ガチャリ、という音がした。

 

 ドアに駆け寄り、ドアノブに半身を擦り合わせる。───が、動かない。


「閉められた……」


 すみれはやるせなさに、ドアに頭を打ち付けた。


 大きな振動が、脳に響いた。


 ※


 “犯人 3人”


 優樹菜はノートに走り書きをすると、顔を上げた。


「すみれ先生の方の男も、トランシーバーを持ってた」


 管理人室を確認した後、葵の能力によって施設内をひとしきり回り、他の場所に怪しい人物がいないかを確認したのだ。その際に、外の“事務所”の様子も確認しに行った。


「だとすると、服山は、外の男と連絡を取ってると考えるのが妥当ですね」


 翼が言った。


 優樹菜は「後は……」と冷静さを保ちながら付け足した。


「銃を持ってた。だけど、怪我をしてる人は一人もいなかった」


 すみれからの連絡通りだったが、優樹菜はそれが分かった瞬間、大きく安堵した。


「潜入の計画、立てましょうか?」


翼の言葉に、優樹菜は同意した。


「葵、呼ぶ?」


「いえ───それはまだ、大丈夫です」


 翼はかぶりを振ると、優樹菜のノートに手を触れた。


「部屋の図、僕が描きますね」


 優樹菜は苦笑し、「ごめんね」と詫びた。


「私、絵心ないから」


 翼はそれを以前に身を持って知っているから手を上げてくれたのだと理解しつつ、優樹菜は自己申告を行った。


「あっ、僕、得意ですよ」


 直後、実際に手を上げた者が現れた。河井英二だ。


「あ……、理科の先生、ですもんね」


 光が声を上げる。


「じゃあ───先生にお願いしようかな」


 翼が優樹菜から受け取ったばかりの、ノートとボールペンを渡すと、英二は「どうもありがとうございます」と、丁寧に頭を下げた。


「中野さん」


 そして、優樹菜を見た。


「はい?」


「いつもの授業のように、どんどん発言して頂いて構いません。スピードは合わせます」


 優樹菜は小さく赤面した。


(確かに、河井先生の授業は、先生の質問に誰も反応しないから、私だけが答えるのがほとんどだけど……)


 面と向かって指摘されると、恥ずかしくなってしまう。


「じゃあ、僕は」


 翼はキーボードに手を触れた。


「銀行の方を調べようかな」


「私、メモ取るね」


 光が言って、鞄の中からペンとノートを取り出す。


「さあ、中野さん、始めましょう」


 河井の声に、優樹菜は「はい」と声を上げ、姿勢を正した。

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