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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第4章
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July Story12

葵に頼まれ事をされた斗真は、緊張の瞬間を迎えようとしていた───。

 心臓って、本当にドキドキするもんなんだな───と、頭では冷静なことを考えながら、斗真は大いに狼狽えていた。


 いつもより、小さく、そして高い声で、斗真は「あの……」と呼びかけた。


 正座の状態で床を滑るようにして移動する自分の姿を、滑稽だと自虐する余裕も、今の斗真は持ち合わせていなかった。それくらい、斗真にとって、今まで一度も口を聞いたことのない、自分にとって苦手なクラスメイトに話しかけるということは、相当な覚悟のいる行為なのだ。


「あの……、さっき、あの、青い髪の女の子……、あの子に、頼まれて、あの、来たんだけど、あの……」


 そう言っている間に、矢橋勇人の目が自分に向いて、斗真は言葉を止めてしまった。


 息も止まった斗真を向いた視線は、次の瞬間には逸れていた。


 水から上がったようになった肺は、一気に、吸ったばかりの空気を外に吐き出した。


「え、と……」


 最早、自分の話など聞く気はないのかもしれない矢橋勇人に、斗真は“一応”という意味を込めて、


「お、俺……、あの子が戻ってくるまで、ここに、いるね……」


 後半の方の声は、冷風機の音にかき消されるほど小さくなっていた。


 勇人は何の反応も見せなかった。視線さえも、今ある位置から動かなかった。


(ほんとに、俺の声……聴こえてない……?)


 斗真は、半ば呆然としつつも、これで少女からの頼まれごとは叶えたのだから……と開き直って、その場にとどまることにした。


(あの子……、どこ行ったんだろうな……)


 見回してみるが、青い髪の毛は、見当たらない。


(何で、こんな状況で、あんなに、ちょこまかできるんだろ……)


 疑問に思うが、あの子が、勇人と仲良くしているのだと思うと、疑問も薄れていくような気がした。


(矢橋があの子を友達だと思ってるのかは、謎だけど……)


 チラリと、気付かれないように、隣を見る。


(大体、何だよ……。“見張ってて”って……)


 ふと、少女からの頼まれごとの内容のおかしさに気が付いて、斗真は、小さく息を吐いた。


(確かに、矢橋は学校でも、ふらっと、どっか消えてることばっかりだけど……)


 小学生の感覚だと、それは“危ない”と思うのだろうか───斗真は自分の小学生時代を思い出してみようとしたが、確かなものは浮かんで来なかった。


(俺ら、もう、高校生だよ?自分の行動くらい、自分で───)


 その時、斗真は気が付いた。見つめた先にある、勇人の左腕に。


(え……?)


 じっくりと見てみても、やはり、そうだった。


 力が入っていないかのように垂れていて、そのまま指先が床についている。


(いや……、敢えて、かな……?)


 斗真は勇人が長い間、教室に姿を現すことがなかった理由を、知った気がした。


(こいつ……、腕、怪我したんだ……)


 漠然と思ったことで、斗真は少しだけ、矢橋勇人を見る自分の目が、変わったような気がした。


(だから……、“見張ってて”って、あの子、言ったのかな……)


 斗真は数分前まで自分がいたところを振り返った。


 視線を前に戻して、斗真はゆっくりと音を立てないように、足を崩した。


 その間に、再び、勇人のことを垣間見た。


 勇人は、男を見ていた。


 斗真はその視線を追い、


「……あいつ、何狙ってるんだろ」


 と、ぽつりと、声に出して言った。


 独り言を言ったつもりだった。勇人が言葉を返すことなど、全く予想していなかった。


「知ったところで、どうにもなんねぇだろ」


 不自然な間の後の、自然な言葉に、斗真は「たしかに……」と頷いてから、数秒後、目を見開いた。


 矢橋勇人が、言葉を話した。自分の言葉に、言葉を返した。


 斗真が勇人の声を聴いたことは、これまでに、はっきりと思い返せるほど───つまり、一度しかない。その時、斗真は「矢橋って、あんな声なんだ」と思った。


 その時、勇人はクラスメイトである、中野優樹菜と話していた。その様子を、斗真は昼休み、友人と弁当を囲みながら見つめていた。

 教室の後ろの方で、優樹菜はまるで説教をする教師のような顔をして、勇人と向き合っていた。


 斗真の席からは優樹菜が何を言っているのか、断片的にしか聞き取れなかったが、勇人が言い残し、教室を出て行った時に発した言葉は、はっきりと耳に届いた。


「どうだっていいだろ」


 冷たく手無機質な声だ───と、斗真は思った。その声の音程は確かに、自分と同じ高校1年生のものだったのだが、響き方はとても10代の少年が発したものだとは思えなかった。


 同意を求めるように、友人のまさるを見ると、肩をすくめられた。


「矢橋って、中野さんと、仲いいの?」


 小声で尋ねると、「たしか……」と、勝は目を上げた。


「中学、一緒だった気がする」


「へえ……そうなんだ」


「それに、何かと一緒に行動してない?あの二人」


 そう言われても、斗真はピンと来なかった。


「まあ、中野さん、しっかりしてるから、面倒見てやってるんじゃない?」


 勝はチラリと、中野優樹菜の姿を見て言った。


「ああ、そういうことか」


 斗真は頷き、それ以上は何も言わなかった。


 ただ、斗真にとって、矢橋勇人が唯一、クラスの中で言葉を交わすのは、中野優樹菜だというイメージが付いた。


 それなのに───今、自分は勇人と会話を交わしたことになった。


(しかも、めちゃくちゃ的確なこと、言われた……)


 動揺したまま、斗真は勇人を見つめたが、その目はやはり、自分を向いていない。


(考えてるんだな……、今の、この状況……)


 それが斗真にとっては、物凄く意外で、新鮮な発見だった。


 自覚ができるほどに不思議なことだが、斗真はこの瞬間、勇人に対し、「矢橋も、普通の人間なんだな」と実感した。

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