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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
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June Story30

怒涛の一日の翌日。優樹菜は、五十四奏多のその後を知る───。

 優樹菜が五十四奏多のその後を知ったのは電話で会話をした、次の日だった。


「気を失ってる……?」


 優樹菜の言葉に、舞香は頷いた、


「ただ、瞼の裏を見てるような、暗い空間しか見えなかったの」


 舞香が昨夜見た、五十四奏多の今日の姿。


 それを想像し、優樹菜は黙った。


 奏多の身に、一体何があったのか───その一片を、優樹菜は間接的に知っている。


 “僕は矢橋くんを殺すのを、失敗しちゃったからさ、そのことで、来客を怒らせることになるんだよ。もう、とっくに怒ってるかもしれないけどね”


 “その来客とは付き合いが長いんだけど、知らないことも多いんだ。つまり、何を、どのくらいしてくるのか、掴めなくって”


(来客……)


 あの、五十四奏多が“掴めない”と語った人物。一体、何者なのだろうか。


 そして、五十四奏多は来客に、何をされたのだろう。


「五十四が嘘を言っているようには、お母さんも聞こえない」


 舞香は優樹菜と奏多の通話記録の音声を聴くと、ゆっくりと、そう言った。


「意識を取り戻した後、奴がどう行動するのか、掴めないところではあるけど」


 目を上げ、舞香は優樹菜の目を見つめた。


「引き続き、捜査し続けるから。───あいつが思うようにはさせない」


 強い意志を込めた瞳に、優樹菜は声に出さず、強く、頷いた。


 五十四奏多との戦いは、まだ終わっていない。ここからが始まりなのだ。


 その戦いに勝つためには、ここで弱気になっている場合ではない───優樹菜は何度も、自分の心に言

い聞かせた。


 北山警察署の特別組織対策室で、優樹菜は舞香のデスクを横にして座っていた。


 矢橋亮助の姿は、この日はない。


「勇人くんのこと、聞いた?」


 舞香は紺色のフラットファイルを手に、デスクに戻って来た。


「河井先生がすみれ先生からの伝言って言って、教えてくれた」


 優樹菜は河井英二と、勇人の叔母である河井すみれの顔を思い浮かべた。2人は夫婦で、共に優樹菜が

大いに世話になっている。

 

すみれはカウンセラーとして働く一方、自身の能力を活かして、“ASSASSIN”メンバーの緊急の怪我や、様々なサポートを担当してくれている。


 すみれの能力───それは、液体に対し、一定の力を託すことができるというものだ。


 優樹菜がそれを目の当たりにしたのは、すみれに初めて会った日のことだった。


 “ASSASSIN”創立当初の、優樹菜が中学3年生の秋のことだ。活動中に手首を切り、出血をした優樹菜は新一の勧めですみれの元を訪れた。

 

そこですみれが“治療”として持ち出したのは“NTI”という、注射器の形状をした器具だった。


 中には透明な液体が入っており、すみれはそれについて、優樹菜にこう説明した。


「私の能力で、この水には、治癒の効果が含まれているの」


 そして、それを体内に取り込むことで、傷を早急に治すことができると、すみれは言った。


「今回みたいな、軽い怪我は、2、3回打ち込めば治ると思う」


「大きくなればなるほど、たくさん打たなきゃならないってことですか?」


「そう。それと、痛みを和らげる効果があるのはこっち」


 そう言って、すみれは青色をした液体が入った注射器を取り出した。


「ただ……」と、すみれは眉を下げた。


「この注射針は、皮膚が薄くなっているところにしか刺さらないの。だから───」


 結果的に、優樹菜は傷口に直接、針を刺されることになった。


 叫びそうになるほど痛みがあったが、液体がなくなった直後には、その痛みも、傷を負ったことによる

疼くような痛みも治まっていた。


 今回、勇人が負った怪我も、その方法で治療するらしい。


「完治までには2週間以上掛かるみたい」


 優樹菜が言うと、舞香は目を上げた。


「それじゃあ、それまで待っててあげないとね」


 その目には優しい色が浮かんでいた。



「そういえば、何だけど」


 舞香がフッラトファイルを開き、ページを捲り始めた。


「覚えてる?田中逸司」


「ああ……お母さんが、“見えなかった”殺し屋……?」


 優樹菜は五十四奏多の本来の姿なのではないかと疑っていた男の顔を思い出した。


「お母さんも、ああいう経験は始めてで、ゆきたちが言ってた通り、ただ、調子が悪かっただけだと思ったんだけど」


 舞香が優樹菜の前に、田中逸司の情報が書き込まれた資料を差し出した。


「けどね、どうやら違ったみたいで」


 見上げた母の目は険しさを帯びていた。


「調べてみたら、この田中という殺し屋は───既に、死亡していた」


「えっ……」


 優樹菜は短く声を上げ、田中逸司の顔写真を見つめた。


「だ、だから……?お母さんが、何も見えなかった理由って……」


 舞香は無言で頷いた。


「あの時は、五十四の本名を暴くために、殺し屋のファイリングリストを開いて、見た目や名前が五十四に共通する人物を探し出すつもりだった。その中で浮上したのが、田中逸司で、その時は、田中の経歴について書かれた項目に、よく注目していなかったの。……それで、今、改めて見返して見たら、田中は、3年前に、同じ同業者である殺し屋に殺害されていたということが分かった」


(それって……)


 優樹菜は、呆然とした。


 “仮に、僕が偽名を使うとしたら、本名から考えたりしないなあ。だって、目的は隠すことじゃない。偽ることなんだから”


 蘇ったのは五十四奏多の言葉だ。


 あの時、奏多は、自分は田中逸司ではないと、優樹菜に断言していた。


(……五十四には、池逹準夜という本名を偽るための、偽名が必用だった……。そんな時、田中逸司という名の殺し屋に出会って、何らかの理由で、田中を殺害……。そして、死んだ田中の名前を利用して、”たなかいつし”を入れ替えてできる、“五十四奏多”っていう名前名乗ることにしたんじゃ……?)


 優樹菜は「いや……」と、心の中で、首を振った。


(”田中逸司”の存在と名前を利用するために、最初から、その目的で、五十四は、田中を……?)


 五十四奏多の思考は常軌を逸している───優樹菜がこの数日間、彼とのやり取りで苦しいほどに実感したことだ。


 ※


「お母さん、後1時間したら出るけど、ゆきはどうする?」


 舞香が時計を振り返った。


 時刻は午後4時半を回ったところだ。


「……私、本拠地に行ってくる。みんなに、五十四のこと、伝えてくる」


「わかった」


 母が頷くのに対し、優樹菜は「……ありがとう」と答えた。


「えっ?何が?」


「今回のこと。私、お母さんが協力してくれなかったら、乗り切れなかったと思う」


 舞香は優樹菜の目を見つめ、「お母さんは、何もしてないよ」と笑った。


「むしろ、ゆきがそれを伝えなきゃならないのは、”ASSASSIN”にみんななんじゃない?」


 柔らかく微笑んだ。


 優樹菜は「うん」と、笑みを返した。


 言われなくても、そうするつもりだった。


 ※


 本拠地に向かう道を、優樹菜は一人で歩いた。


 まだ、全てが終わったわけではない───確かなことなのだが、優樹菜は一時、背負っていた重荷が外れたような気がしていた。


 それを取ってくれたのは、周りにいる、自分を支えてくれた人たちだ。


(これから何が起こるのか、私には分からないけど)


 優樹菜は足を止めた。そして、真横にある一軒の家を見上げた。


 見上げた先には窓がある。勇人の部屋だ。


 カーテンは開いていた。


「大丈夫……だよね」


 呟きに、返ってくる声はなかった。


「私が───私たちが、絶対……そうするから」


 この日は、梅雨の晴れ間だった。


 今日、雨じゃなくて良かった───優樹菜はそう思い、一歩を踏み出した。


(第3章 完)

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