表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
72/317

June Story29

警察署の一室。勇人と2人きりの中。

蒼太は、勇人に向かって、自分の思いを、語り始める───。


 蒼太は絆創膏に包まれた指を握っていた。


 背中の痛みは、少しずつ引いてきている。


 幸い、蒼太が負った怪我は、軽いものだった。


 あの後───蒼太が気を失った後、葵がすぐに舞香と亮助を瞬間移動によって、あの場に連れて来てく

 れた。


 舞香と葵が話している声で、蒼太は目を醒ました。


 あの時は、頭が割れそうなほど痛く、歩くこともできなかったのだが、意識は、はっきりとしていた。


 それが良かったのか、悪かったのか、蒼太にはよく分からない。


 ただ、見たくないものを、見てしまった。


 蒼太は意識が朦朧としたまま、能力を使用したために、ナイフを完全に逸らすことができていなかっ

 た。


 心臓はかわしたものの、ナイフの先端は勇人の左腕をかすった。


 蒼太はそれを説明される前に、目で見て理解した。


 その光景が、目に焼き付いて離れない。


 忘れようとしても、消えてはくれず、忘れたい一方で、忘れてはいけないような気がした。


(兄ちゃんは……)


 蒼太はあの時に思った、自分の考えを思い返す。


(生きることを……、諦めてる)


 しんとした部屋の中で、蒼太は俯いたまま、長椅子に座っていた。


 警察署の、一室だ。


 作業が終わるまで、ここにいるように言われた。


 蒼太は自分の呼吸の音だけを、聞いていた。


 廊下からは何の物音もせず、この建物の中にいるのが、()()()()だけなのではないかという錯覚に陥るほどだった。


 蒼太は壁の時計を見上げる。


 時刻は午後5時30分。


 蒼太はぼんやりと思った。


(家に帰ったら……お父さんに、何て説明しよう……)


 その辺りで転んでしまったと言えば、父は納得するだろうか。


 そもそも、それを説明できるだけの気力が、自分に残っているのだろうか。


 しかし、一方で、今日は一睡もできないような気がした。


(だって……)


 蒼太はそっと、勇人の様子を伺う。


 勇人は蒼太から離れた、同じ椅子にいた。その目がどこを向いているのか、蒼太には分からない。


 蒼太は息を吸って、ゆっくりと吐き出しながら、目を逸らす。


 ここで2人きりになって、どのくらい時間が経ったのだろう。


 このまま、黙っていて───良いのだろうか。


(さっき……、優樹菜さんは、兄ちゃんに、何か話してた……)


 何を、どのように話していたのかは、蒼太には分からなかった。


(葵も……元気なくなってた……)


 思えば、葵はこの数日間———勇人が狙われていると聞いてから、口数が少なくなっていた。


(いや……、あたりまえ、だよね……)


 何も、変わらずいられるはずがない。


(……いつもと、”何も変わらないのは”……)


 蒼太は唇を、強く、噛みしめる。


(兄ちゃんだけ……)


 長く深い息遣いに、蒼太は視線を上げた。


 自分のものでなはい。


 蒼太は、勇人の姿を、しっかりと見た。


 勇人は制服姿だった。


 ナイフによって負った傷は、深いものだったらしい。


 蒼太は服の上からまかれた包帯の下にある傷を、この目で見た。黒いブレザーの中で、そこだけが窪ん

 でいて、濁ったように色が変わっているのを見た。今だって、そのままなのだろう。


 だが、勇人がそれだけの痛みを、今、この瞬間に感じているのかどうかは、蒼太には分からなかった。


 勇人が痛い思いをしていないのならそれで良い───とは、蒼太には思えなかった。


 何だか、このままだと泣き出してしまいそうで、蒼太は深い呼吸を、ゆっくりと繰り返した。


 そうして、目を、ぎゅっと瞑った後、その目を、開いた。


「……兄ちゃんは」


 声を出した。


 勇人を、呼んだ。


 勇人は反応を見せない。


 蒼太はそれでも、聞こえていると───勇人は自分の声を聴いていると信じて、息を吸った。


「……みんなと、いたくないの……?」


 みんな———自分を含めた、“ASSASSIN”のメンバー。


 それを、蒼太は声に出さず、勇人が反応を見せるのを、待った。


 勇人は動かなかった。一切、何も変化を見せなかった。


 蒼太はここで諦めるわけにはいかないと思った。


 ここで引いてどうする。動かなければ、何も変わらない。



 何か、きっかけがあれば───人は、変わることができる。



 それは、蒼太が、"ASSASSIN"のメンバーになって、知ったことだ。


 そして───いつか、勇人に伝えたいと、思い続けていたことだ。


「兄ちゃんは……」


 蒼太は、勇人にとってのその"きっかけ"が、"ASSASSIN"にあるはずだと、そう思っていた。


「みんなが……"ASSASSIN"のみんなが、兄ちゃんのこと、どういうふうに思ってるか、知ってる……?」


 メンバーになってからの、この2ヶ月間。蒼太は、勇人が自分たちと一緒にいるところを───"ASSA

 SSIN"のメンバーが6人揃ったところを、見たことがない。


 だが、自分を含めた、勇人以外の全員が、その日を待っているということを、蒼太は知っている。


 優樹菜が毎日、学校帰りに勇人を本拠地に誘い、その成果をメンバーに報告すること。


 葵がいつも、オフィスに来た優樹菜に、勇人が今日、来ているのか尋ねること。


 会話の中で、翼が時折、勇人のことを気に掛けるようなことを言うことがあること。


 "ASSASSIN"に入ったばかりの光が、まだ、会ったことがない勇人のことを、メンバーに対して、質問をしていること。


 そして、蒼太も───。


「……兄ちゃん……」


 その時、勇人の目が動いた。


 視線は、蒼太を向いた。


「———知ってどうすんだよ」


 不意を突かれ、蒼太は「え……?」と声を上げた。


「俺のこと知ってどうすんだよ」


 勇人の口が、確かに動いた。


 蒼太は、その言葉に、はっとしたまま、しばらく、動けなかった。


 しかし、一方で、蒼太の心は、動き続けていた。


 熱い感情が込み上げ、気付けば、蒼太は立ち上がっていた。


 そして、勇人のすぐ近くまで行き、その隣に座った。


「……助けたいんだよ」


 蒼太は、勇人の問いに、答えた。


「今の、兄ちゃんのことを知って、それで、今のぼくに、兄ちゃんのためにできることが何か……それを、知りたい……」


 勇人とこんなに近くにいるのは───いつぶりなのだろうか。


 ───蒼太は同じ家で暮らしていた時、何をするにも、勇人の後を付いて行った。


 友達がいなくて、自分に自信がなくて、一人では何もできなくて。

 

 そんな自分と、勇人はいつも、一緒にいてくれた。


 どんな時でも、優しくしてくれた、

 

 何があっても、味方でいてくれた。



 それが───今は、違っていたとしても。


 勇人が、どんなに変わってしまったとしても。


 

 ───蒼太にとって、勇人の存在は、変わらない。

 


(“生きるのがどうでも良い”なんて、思わないで欲しい……)



 どうでもいい───それは、蒼太が、勇人の言葉として聞いたものではない。


 蒼太が4月にこの町に来て、勇人と再会し、今に至るまで、勇人はそう感じているのではないかと、何度も思ったことだ。



「兄ちゃん……」


 蒼太は勇人を呼んだ。それで思いが届くのなら、何度でも呼ぼうと思った。


「ぼくは……兄ちゃんがいなくなったらやだよ」


 蒼太はかぶりを振った。


「ぼくだけじゃない。……みんな、兄ちゃんに、生きてほしいって……そう、思ってるよ」


 みんな───“ASSASSIN”の、メンバーたち。


 蒼太はこれまで、彼らに、何度も救われた。

 そして、たくさんの大切なことを、気付かせてもらった。


(こんなぼくの、そばにいてくれて、認めてくれて、支えてくれる人がいるんだって思えた……)

 それがどれだけ幸せなことか、“ASSASSIN”に入るまで、蒼太は知らなかった。


 今度はそれを───自分が、勇人に教える番だ。


 蒼太は勇人の左手に、手を伸ばした。


 昔とはお互いに、大きさが変わってしまった、それでもたしかに、あの時、握り合っていた手を、蒼太はそっと包み込んだ。


「兄ちゃん。……ぼくたちのこと、信じて欲しい」


(ぼくだけじゃ頼りないかもしれないけど……)


 蒼太の頭の中に、葵、優樹菜、翼、光の4人の顔が浮かぶ。


(ぼくに足りないところは、みんなが持ってる)


 メンバーはそれぞれ違う。違う者同士の集まりだからこそ、助け合えるのだ。そして1人1人の小さな力を、大きな力に変えていくことができるのだ。


「ぼくたち、みんな同じ気持ちだから。……兄ちゃんが、“生きててもいい”って思えるように、ぼくたちがするから……」


 蒼太は強く、勇人の手を握った。


 蒼太は強く願った。どうかこの言葉が、勇人に届くように───と。そして、その心を動かすことができたら、自分はもう何も望まないと、心の底からそう思った。


 見つめた先で、勇人の顔が、僅かに向こう側に逸れた。


 今までとは違う反応だ───蒼太が思った時、声が聞こえた。


「……何で」と、短く、言葉が蒼太の耳に届いた。


「そんな、俺にこだわんだよ───お前ら」


 蒼太は、はっとした。


 勇人が、自分の言葉に答えた。そして、勇人自身の言葉を、語った。


 蒼太は逸れたままの視線に向かい、小さく息を吸った。


「……兄ちゃんのことが、大切だから」


 勇人の問いに、蒼太は思い浮かんだ言葉を、そのまま答えた。


 その時———、勇人が、蒼太を見た。


 蒼太は目を広げた。


 記憶の中の、奥深くに眠ってしまっていた思い出が、蒼太の中で一瞬にして、蘇った。


 あの時と同じ視線の動かし方を、勇人がしたのだ。


 蒼太の中に、じんわりと浮かんだ像は遠ざかって行くように、その姿を消した。


 それと同時に───それと合わせるように、勇人が目を逸らした。


 蒼太は、そこから、何も言わなかった。


 しばらくして、何も言わなくてもいいのだと思った。今は、まだ。


 蒼太は視線を下げた。そこには、自分の手がある。その下には、勇人の指がある。


 部屋に迎えが来るまで、蒼太は、この手を動かさないでおこうと決めた。

よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ