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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
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June Story28

五十四奏多からの電話が告げる事実とは───。

 葵を舞香に任せた優樹菜は一人で廊下に出た。


 スマートフォンに着信があったのは、数分前のことだ。


 相手の番号は───非通知設定。


 それでも───優樹菜は、誰からの電話なのか、その答えに、すぐに辿り着いた。


 携帯電話を耳にあて、何も言わず、呼吸を繰り返す。


 向こうから、物音がし、その音の一つ一つを、優樹菜は聞いた。


「───移動した?」


 その声に、優樹菜は答えなかった。


「さっきぶり、だね。でも、こうして話すのは4日ぶりくらいかな」


 穏やかな声。


 優樹菜は指に、力を込めた。


「君の番号をどうやって知ったかとか、その辺りの説明は省略することにするね。君だって、大して興味ないでしょ」


 相手は構わず、話し続ける。


「それにしても、びっくりしたよ、君が現れて。僕の居場所、チェックしてたの?それとも、矢橋くんの方?はたまた、偶然?」


 ドアを背にして立ち、優樹菜は正面の壁を、そこに電話の相手がいるかのように、きつく、きつく睨みつけた。


「後は、ナイフの軌道がズレたことも。僕、ナイフを外したこと、今までで一回もないんだ。さっきだって、いつもよりも慎重に、正確に投げた。だけど、逸れたね。あれは、君の能力じゃない。だって、君の力は透視だろう?君の仲間があれをやったんだね。完全に防ぐことはできなかったけれど、流石、“ASSASSIN”と言ったところかな。それで───」


「……あんた」


 優樹菜は口を開いた。


「私のこと、騙したの」


「騙した?」


 奏多の声が跳ねた。


「言ったじゃない。一週間、何もしないって」


「ああ」


 奏多が息で笑う音が、優樹菜の耳に届いた。


「そんなの、嘘に決まってるじゃん」


 奏多は、あたりまえのように、そう言った。


「一週間後、さてとって動き出したら、君は一週間で考えた方法を使って、僕の邪魔をしにくる、そんなの少し考えれば分かることでしょ」


「だったら……」


 搾りだした声は、怒りでわなないていた。


「……ゲーム何て、無駄なこと、最初からしなきゃよかったじゃない」


「いや───あれは、無駄なことなんかじゃないよ。少なくとも、僕にとってはね」


 奏多は、言った。


「君と公園で会った日の前日、僕のもとに、来客が来たんだ。その人が来たことによって、僕にとっては、数日間の、"何もしない期間"が必要になった。言い換えると、"何もしていないように見せる期間"が。君たち"ASSASSIN"に干渉せず、いつも通りの生活をしていることを見せつける数日間が、僕は欲しかったんだよ。その間に、一部、計画の修正を計ったりもしていたけれど、君と、あの約束してから今日まで、僕は一切、君や矢橋くんに関わらなかった」


「……どうして……?……どうして、そんな期間を設けたわけ?見せつけるって、一体誰に?私や矢橋くんに干渉していることを誰かに知られたら、都合の悪いことでもあるの?」


 優樹菜の問いに、奏多は、「質問が多いね」と、笑った。


「答えてあげたいのは山々なんだけど、今はそんなに時間がないんだ。まあ、とにかく、僕のことを見張っているであろう人の気も、そろそろ逸れて来て、君が僕が矢橋くんを狙う可能性が、今は低いだろうと油断してきたであろうタイミングが、今日の、この日だと思ったんだよ。結果的に、君たちに見つかって、思うようには行かなかったけどね」


 優樹菜は、奏多の言葉に、安堵の息を吐きだしそうになるのを堪えた。


 あの時、偶然とはいえ、路地の向こうに、勇人の姿を発見できてよかった。もし、あの場所を通る時間が少しでもずれていたりしていたら、事態は、取り返しのつかないことになっていたかもしれなかった。


 優樹菜は、スマートフォンを強く握りしめて、「あんた」と、呼びかけた。


「今、どこにいるの?」


「そうそう。それを、君に教えてあげようと思って、電話したんだよ」


 問いかけは、軽い声に受け止められてしまった。


 でも───いい、と優樹菜は奏多の言葉を待った。


 奏多が素直に居場所を答えるなど、思っていない。


 目的は、会話を長くすることだ。通話記録から、得られる情報は多い───舞香にそう言われて、優樹菜はこの電話を受けることを決めたのだ。


「僕は今、自分の基地で、引っ越しの準備をしてるんだ」


「引っ越し……?」


「そう。さっき言った、来客がさ、厄介なんだ」


 耳を澄ましてみると、奏多が動き回っていることが分かった。


「僕は矢橋くんを殺すのを、失敗しちゃったからさ、そのことで、来客を怒らせることになったんだよ。もう、とっくに怒ってるかもしれないけどね」


「だから……逃げるの……?」


 優樹菜は問いかけた。


 五十四奏多には、敵わない相手がいる───そのことが、意外だった。


「逃げるんじゃないよ。行方を眩ますんだ」


 奏多が鼻で笑う音を、優樹菜は聞いた。それは、今までで一番、人間らしさが感じられるものだった。


「こんなこと、言いたくないけどさ───」


 続けて、奏多は、五十四奏多らしくなく、溜息を吐きだした。


「その来客とは付き合いが長いんだけど、知らないことも多いんだ。つまり、何を、どのくらいしてくるのか、掴めなくって。だから、あちこち移動しながら、この先のことは考えるよ。だから……」


 奏多はそこで、長く、息を吐きだし、小さく舌打ちをした。


「……矢橋くんのことは、一旦、区切ることにする」


 低い声の、男らしい口調で、優樹菜はそう告げられた。


 喜ぶべきことではない、安心するにはまだ早い───はずなのに、優樹菜は一気に、身体から力が抜けた。


 そのまま、膝から崩れ落ち、壁に背中を付けたまま、床に座り込んだ。


「だからって、終わったわけじゃないよ」


 奏多の鋭い声がした。


 優樹菜は答えなかった。最早、この男に、何を言っても意味がないのは分かっている。


 ───が、これだけは言っておきたかった。


「あんた、五十四奏多……」


 優樹菜はゆっくりと、相手に言葉が間違いなく届くように、言った。


「本名は、池逹準夜───でしょ?」


 半ば想像通り、奏多は動揺というものを、一切見せなかった。


「そうだよ。この短期間で、よく、調べたね」


 微かな笑い声が返って来た。


「あんたが何で、子供の姿をしてるかとか、分からないことは、まだまだたくさんある。だけど……」


 視線を鋭くし、一際はっきりと、言い放った。


「一つだけ、わかったことがある。……あんたは、私に、本当の事を言わなかったということ」


「───本当の事?」


 奏多が、聞き返してくる。


 優樹菜は察した。奏多は今、記憶を辿っている。優樹菜にとって、信じられないほど、物凄いスピードで。


「あんた、私にこう言った」


 優樹菜は思い返したくもない、あの言葉を思い返した。


「あの時……、私の後をつけて来た時、あんた、“自分はまだ、矢橋くんのことをよく知らない”って言った」


 だから、教えてくれない?───そう、奏多は言った。


「けど、それを言う必要、なかったんじゃない?」


 奏多は黙っている。何かを言い出す気配すら、感じられない。


 優樹菜は息を吸い、


「だって、あんたは矢橋くんと昔、会ったことがあるから。池逹準夜の姿として」


 一気に、そう言い切った。


 池逹準夜に、勇人は会ったことがある。


 そして───、勇人は過去に、池逹準夜に血を吸われ、能力を奪われた。


 それを確かにさせているのは、勇人が右肩に持っている、2つの傷だ。


 優樹菜はそれを、見たことがある。まるで───吸血鬼に牙をたてられたようだと、その時に思ったのを、今でも鮮明に覚えている。


 奏多が誤魔化すようなことを言ってきたら、それを言ってやろうと考えた優樹菜は、


「……ん……?」


 という、奏多の反応に、意表を突かれた。


「え……?」


 五十四奏多が、戸惑っている。


「何?誰から聞いたの、そんな話」


 奏多の声が、尖った。


 優樹菜は答に詰まった。


(どういうこと……?)


 奏多は今、自覚のないことを言われた時のようになっている。


(私、間違ってた……?)


 だが───あの時、確かに、勇人は池逹準夜の写真を見て、反応を見せた。ほんの僅かだったが、優樹菜にはそれが分かった。疑うことなく、“やっぱり”と、思えた。


 それを、説明しようと、口を開いた時、奏多が咳払いをした。


 そして、優樹菜の耳には、激しく、繰り返し、奏多が咳き込む音が響いた。


 優樹菜は怪訝に思い、「ちょっと」と、声を上げ、


「大丈夫?」


 不覚にも、心配するようなことを言ってしまった。


 やがて、奏多は嘔吐するように、えづき始めた。


 優樹菜は身体が熱くなっていくのを感じた。


 奏多が発したとは思えない、優樹菜が聞いたことのないような、唸り声のような音が聞こえ、優樹菜は思わず、耳から手を遠ざけた。


 そして、再び、耳にあてた時は、ビジートーンが、規則正しく流れているだけだった。

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