June Story27
五十四奏多を捕まえる───その作戦が実行される直前。
思いもよらぬ事態が発生する───。
メンバー5人は放課後、揃って警察署へと向かった。
「池逹準夜の名前で見てみたら、たしかに、五十四奏多の姿が見えた」
中野舞香は、5人に向かってそう言った。
「本当は今すぐにでも捕まえてやりたいけど、明日、奴は一日中、基地を出ないみたいなの。だから、狙いは明日」
舞香が指したカレンダーに、蒼太は、目を向けた。
明日───それまでの時間のことは、長いと表現した方が、いいのだろうか。
今回、五十四奏多の確保にあたり、蒼太たち、"ASSASSIN"のメンバーたちは、関与しないということが決まった。
特別組織対策室の2人───舞香と亮助がその役割を担うのだという。
(でも……、絶対に……)
蒼太は、ぎゅっと、指先を握りしめた。
(絶対に、なんとかなる……。舞香さんと、亮助さんは、必ず、兄ちゃんのこと、守ってくれる……)
※
帰り道。
5人は本拠地には戻らず、それぞれ帰宅することにした。
分かれ道で、翼、光と別れ、蒼太は葵、優樹菜と3人で肩を並べて歩いた。
3人とも、この数日間の疲労感から、口数は少なく、それでもどこか解放されたような気持ちをお互いに感じ取っていた。
商店街を店のショーウィンドウを素通りして歩いていた蒼太だが、ふと、店と店の間の、細い路地に目を向けた。
そして、「えっ……?」と声を上げた。
「兄ちゃん……?」
勇人がそこを通り過ぎたのが、見えたのだ。
「えっ!勇人?」
葵が足を止める。
「う、うん……、あそこ───」
「通ったように見えたんだけど」───と、言おうとして、蒼太が指を向けた時、
路地の向こう側から、歩いてくる人影を、蒼太は見つけてしまった。
ゆっくりと、確実に、その人物は前へと進んでくる。
蒼太は、息を呑んだ。
(五十四……奏多……)
「えっ!ちょっ!……優樹菜!?」
葵の声に、蒼太は、はっとした。
路地の向こうへと駆け出す、優樹菜の姿が、目の端に映った。
「優樹菜さん……!」
蒼太が呼びかけても、優樹菜は、振り返らなかった。まるで、その声が、聴こえていないかのように—――。
「待って!優樹菜!」
葵が叫びながら、その後を追う。
その緊迫した声に、蒼太は、ようやく、気が付いた。
勇人の命が、危ない—――。
※
蒼太は息が上がり、胸が苦しくなり、足がもう動きたくないと悲鳴を上げていても、その動きを止めることはできなかった。
焦燥感に任せるまま、蒼太は路地を走り続けた。
前にいる優樹菜と葵の姿は、離れたところにある。2人からは、五十四奏多の姿が見えているのだろうか。
蒼太の頭は混乱しきって、どうにかなりそうだった。
あの日、優樹菜から、勇人が殺し屋に狙われていると聞いた時、蒼太は驚愕した半面、5人で力を合わせれば乗り越えられると、すぐに確信することができた。
4人と一緒なら、勇人を救うことができると、信じていた。
そう、信じるのと同時に。
勇人が、殺し屋に命を狙われている—――頭では理解しながらも、蒼太はそれを、”現実”として、考えられていなかった。
勇人が、いなくなるかもしれない—――その実感が、その事実が、今、この瞬間になって、蒼太の胸に、押し寄せてきた。
……遅い。遅いよね───兄ちゃんに、ぼくが思ってることちゃんと伝えようって、決めたのに、ぼくはまだ、それを叶えられてない。
ぼくはまだ───何もできてない。
兄ちゃんのためにしたいこと。兄ちゃんと一緒にしたいこと。たくさんあるのに。
もし───もし、兄ちゃんがいなくなったら。
いなくなったら───。
不意に、蒼太の靴の爪先が、何かに引っかかった。
蒼太が「あっ……」と、思った時には、もう、遅かった。
転がり落ちるように、蒼太は地面に叩きつけられた。
痛みより、強い衝撃が、蒼太の全身に駆け巡った。
息ができず、ただ、空気を求める口を、前方に向けた。
音に気付いたのか、葵が振り返り、目を見開く。そして、蒼太に向かって、何かを言っている。
その前にいる優樹菜は、前を見ながら、立ち止まっていた。
葵が駆け寄ってくるのが、ぼんやりと見える。
蒼太は自分に、「起きろ」と命令した。
(こんなことしてる場合じゃない……)
蒼太の身体は、もう休みたいと、蒼太に訴えてくる。
それに抗うことは───もう、できないのかもしれないと、蒼太は視界が霞んでいるのに気付いて考えた。
しかし、不思議なことが起こった。
蒼太は優樹菜が立つ向こうの、開けた道を、勇人が横切って行くのを、はっきりと、見た。
葵が「蒼太、蒼太」と呼んでいる。
蒼太は葵の呼びかけに応えようとした。
同時に、勇人に向かって、「兄ちゃん」と、呼びかけようとした。
その時、勇人の後ろから、何かが勢いよく、回転しながら、真っすぐ飛んでいくのを、蒼太の目は捉え
た。
それは———そのまま進み続ければ、勇人の胸の辺りにあたる。
蒼太は思った。
(避けさせないと───)
ほとんど無意識に、蒼太は能力を使っていた。
勇人に向かって飛んだ何かは、その軌道を変えた。
その光景を蒼太は見たはずだった。
が、次に蒼太が見たのは、勇人の足元に、真っ赤な色をした、何かが零れた場面だった。
それを、血だと認識した瞬間、蒼太の目の前は真っ暗になった。
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