表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
68/341

June Story25

五十四奏多の本名を知りに、優樹菜と翼は、奈須琉輝のもとへと向かう。

 奈須琉輝はこの時間───午後5時にして、深い眠りについていた。


 そして、身体を起こして、頭が起きるまでに、30分という、長い時間が掛かった。


 それから、優樹菜が、苛立ちを何とか隠しながら事情を説明し、琉輝が「なるほどー」と、眠い目を擦った。


「たしかに、この前、ばっさーには、“今の名前”を伝えた気がするなー」


(今の名前、か……)


 優樹菜はその言葉を噛みしめた。


「あー、おねーさーん、久しぶりでーす」


 琉輝はまるで今気付いたかのように、優樹菜に向かって、ぺこりと頭を下げた。


「おにぎり、食べますー?」


「いや、いらない」


 優樹菜は断った。申し訳ないが、今はおにぎりを食べている場合ではない。


「琉輝くん」


 改めて、翼が琉輝を呼んだ。


「五十四の、本名を教えてもらえない?それと───奴が、どんな能力を持っているのかも」


 琉輝が座ったまま、翼を見上げる。


 翼は一息つき、続けた。


「もちろん、お代はいくらでも支払う。───矢橋さんの、命がかかったことなんだ」


「私からも、お願い」


 優樹菜は深く、頭を下げた。


「───ちょいちょいちょいちょい」


 その、2人の真剣さにそぐわない声を、琉輝は出した。


「そんな金人間に見えるー?自分、これでも一応、恩を仇で返すようなことは、しない主義なんですよー」


 優樹菜が顔を上げると、琉輝は椅子を左右に回していた。


「リーさんには、多大なる恩があるもんでー。返す機会があるなら、ちょっとずつ、返しておかないとー」


 琉輝は勇人のことを、「リーさん」という、独自の呼び名で呼んでいた。


 その理由について、優樹菜は尋ねたことがある。


 琉輝は、こう答えた。


「“通りすがり”の“おにーさん”だから、合わせて“リーさん”なんですよー」


 優樹菜は当時、何となく分かるような、いまいち分からないような、そんな気持ちを持った。それは、今も変わらない。


「いいよー、教えてあげるー。見せてごらーん」


 琉輝が翼に向かって、身を乗り出した。

 

 翼が、琉輝にスマートフォンの画面を差し出し、優樹菜に向けて、頷いた。

 

 優樹菜は足の力が抜けるような感覚に襲われながら、疲れ切った笑みを返した。


 これでようやく、五十四奏多の、本名が明らかになる。


 それに安心を感じるのと同時に、優樹菜はかなりの緊張を感じた。


 あの、五十四奏多の情報を手にすること───それは何よりの、大罪のような気が、優樹菜にはした。


 琉輝は翼からスマートフォンを受け取ると、顔の前に持った。


 そのまま、じっと見つめている。


 そうしていると、能力を使っているのか、まだ使っていないのか、もう使い終わったのか、判断が付かない。


 その理由は、琉輝の目が光らないからだ。


 優樹菜はその仕組みを、知っていた。


 そして、自らも、その方法を利用している。


 奏多とのやり取りで、察せられることなく、武器の所有を確認できたのは、そのお陰だった。


「分かったよー」


 琉輝の声に、優樹菜ははっとした。


 翼が琉輝に、ノートとペンを差し出す。その動きがやけにゆっくりして見えたのは、優樹菜の気のせいだろうか。


 琉輝が、五十四奏多の本名を、書きだしていく。


 優樹菜は、息を止めて、その様子を見つめていた。

 

 ※


 五十四奏多は、夜の町を歩いていた。


 ここは北山町ではない。美里(みさと)(はら)という、北山からしばらく行ったところにある町だ。


 時刻は午後10時。


 人気のない路地や、監視カメラを避けながら、奏多は前へ、前へと進む。


 これから行く場所では、人が待っている。


 その人物と奏多は、一ヶ月前に会ったのが最後だ。


 あの日───奏多は、矢橋勇人の名前を聞いた。


「運転手として、雇われたんですよ。情報屋から」


 桜木さくらぎエリカは、奏多に、そう話した。


「情報屋?専門は?」


「“犯罪者”って言ってました。若い女で、男が一人、一緒でした」


 エリカは煙草をふかしながら、その時のことを思い出すかのように、目を細めた。


「殺しは?頼まれなかったの?」


「もう、別のやつを雇ってるって言ってました。けど、報酬を寄越してきたんです」


 エリカは咥え煙草をしたまま、「これ、見てください」と、スマートフォンの画面を差し出した。


「───“死神”?」


 奏多は目を細めた。


 そこにはダイレクトメッセージのやり取りが表示されていた。


『˝死神˝の正体を教えてください。』


『˝死神˝とは、何のことですか?』


『2年前、全ての殺し屋の長として恐れられていた、˝魔王˝を殺した人物です。』


『わかりました。必ず、見つけ出します』


「あれ、奏多さん、ご存じないですか?」


 エリカが目を丸くした。


「いや、知ってるよ。ただ、興味ないってだけ」


 奏多は言った。


 本当に、“死神”の正体が誰であろうと、自分には関係がない───そう、思っていた。


「これ、結構前に送ったから、アタシももう頭から抜けてたんですけど、相手が、この間、送ってきたんですよ、“死神”の正体を教えるてあげるから、運転手をやって欲しい、って」


「もちろん」と、エリカは眉根を寄せた。


「半身半疑でしたし、つまんない仕事だなって思ってましたけど───」


 エリカは溜息を吐くように、こう言った。


「まさか、本当に見つけてくるなんてねえ……」


 奏多は何も言わず、エリカの言葉の続きを待った。


「そいつ、“見つけた”っていうメッセージ送ったくせに、捕まったんですよ。けど、ここまで来て引き下がれないじゃないですか。だから、拘置所行って、口割らせて来ました」


 エリカは煤を灰皿に落として、淡々と言った。


「そうしたら、嘘みたいなこと答えやがって。でも、何回聞いても、同じことしか言わなかったんですよ。だから、本当なんだろうなって今は思ってますけど」


 エリカは、ふてくされているような目をして言った。


「一般人でした。それに───子供らしいですよ」


「子供?」


 奏多は平然と、声を上げ、その直後、苦笑した。


「ボスのことを“魔王”だなんて、よく言ったもんだね」


「アタシもそう思います。何だよ、その程度かよって。何だか、“死神”殺そうって言う気持ちも、どっか行っちゃったなあ」


 奏多はエリカの隣に立ち、興味がないからこそ、こんなどうでもいい質問をしたのだった。


「で?名前は、何て言うの?」


 その時───あの名を聞いた時の高揚感は、今でも思い出せる。


 矢橋勇人───聞き覚えのある名前だった。


 忘れるわけのない存在だった。


 あの時に感じた殺意を、奏多は思い出した。


 そして、あの時は抑えた欲望を、溢れ出させてしまった。


 そのことに───後悔はない。


 ※


 路地の突き当りの、赤い扉の前に、奏多は立った。


 ノックすると、鈍い音が鳴るドアに向かって、奏多は呼びかけた。


「エリカ。僕だ」


 数秒して、内側からドアが開いた。


 奏多はその中に、身体を滑り込ませた。


「どうしたんですか?奏多さん」


 桜木エリカは、いつもと同様───美しい。


 その美貌を生かし、詐欺を用いた殺しを得意とし、この世界では“女郎蜘蛛”と呼ばれている。


「ちょっと、用があってね」


 奏多は薄暗い部屋を進んだ。


 後輩であるエリカは、その後ろをついてくる。


「この間、話したこと、覚えてる?」


 奏多はエリカが暮らす部屋を、隅々まで見回した。


 女の部屋にしては───極端に、物が少ない。


「この間……」


「ほら、“死神”の正体について、聞かせてくれた時」


「ああ、あの時ですね」


「君、あの時、“死神”のことは追わないって───そう言ったよね?」


「はい。アタシ、目的もなく、殺したくないんで。前までは、殺したら大きい顔できるなあって思ってたけど、子供じゃあねえ」


 奏多は足を止めた。


 エリカが背後で止まる気配がした。


「───嘘だね」


 奏多は振り返った。


 エリカはすぐ近くに、立っていた。


「嘘、じゃないですよ」


 エリカは明らかに怪訝な色を顔に浮かべた。


「だったら、何で、物を全部片づけたの?ここから、出ていこうとしてるんじゃない?」


 奏多は表情を変えなかった。


「違いますよ。いや、出ていこうっていうのは合ってますけど、このオンボロ部屋に飽きてきて、もうちょっと居心地いいとこに引っ越そうってだけですよ。家具も全部新しく買おうと思って、それで古いの全部ぶん投げたんですよ」


 相変わらず、顔に似合わず言葉遣いが汚い───奏多はふっと笑った。


「───そうだと思った」


 奏多は、身を翻した。


 エリカがハッとした表情を浮かべた瞬間───その脚を払った。


 仰向けに倒れ込むエリカの体に覆いかぶさる。


 エリカが床に背を打った衝撃で息が詰まっている間に、奏多は半身を起こし、その顔を見下ろした。


「変わらないね、エリカ」


 奏多は言った。


「追い詰められると、途端に動揺しだすところ。直せって、何度も言ったじゃないか」


 エリカは奏多を見上げ、苦しそうに呻いた。


「わざわざ、こんな回りくどいやり方をしたのは、君と真正面からやり合うことになるのを避けるためだよ。そうなった場合、僕は確実に、君の体をボロボロにしてしまう。それは困るんだよ。───僕は、汚れた体から血を吸うのが嫌いなんだ」


エリカの目に、一瞬にして、焦りと、恐怖の色が浮かんだ。


 奏多は、両脚でエリカの身体を押さえつけ、空いた手は、肩に触れた。


「君があの日、“死神”を追わないって言ってくれて、助かったよ」


 エリカが着ていたTシャツの襟を捲ると、白く、骨ばったエリカの首元が露わになる。


「奏多さん───」


「お陰で、あの時、君を殺さなくて済んだ」


 奏多はエリカに向かって、微笑んだ。


「君は僕のために、有意義な死を迎えられるよ。君は───僕の目的のために死ぬんだ」


 奏多は頭を下げ、エリカの首元に、顔を寄せた。


 死に際の人間が、その瞬間に思い浮かべる光景をみることができる───という、エリカが持つ能力を、我が物にするために。

よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ