June Story22
優樹菜との交渉の前日。奏多のもとを訪れた人物かいた───。
奏多は中野優樹菜と別れた後、基地へと戻った。
いつも通り、1階から階段で地下へと向かう。
その間、頭の中に浮かんでいたのは、昨日、中野優樹菜の後を付け、彼女と言葉を交わした帰りに、こうして、この階段を下っていた時のことだ。
その時、奏多は、室内に、孝太郎以外の人物の気配を感じて、大きく、息を吐きだした。
ドアを開け、中に入り、来訪者と目を合わせ、笑みを浮かべた。
「お久しぶりです。クラリス」
「───あーあ、待ちくたびれた。どこ行ってたの?」
来訪者は、奏多がいつも座るソファに座っていた。その後ろに孝太郎が立っている。
「少し、町の方へ。いかがなさいましたか」
奏多は前に進み、問いかけた。
「深ちゃん、死んだんだってねー」
孝太郎が目で、奏多に頷きかけてきた。
奏多は「はい」と答えた。
「尾身さんが捕まったので、不要だろうと思い、処分しました」
「奏多くんさー」
来訪者は奏多を呼んだ。
「何か、やろうとしてる?」
奏多は表情を変えなかった。
「何か、とは、具体的に何でしょうか」
「それをこっちが聞きたいんだよ~。思い当たる節、ないの?」
来訪者は先ほどからずっと、左手で右手の爪を繰り返し触っている。
「さあ。浮かびませんね」
奏多は答えた。
「嘘つき」
来訪者は笑った。
「最近、“ASSASSIN”のこと嗅ぎまわってるらしいじゃーん」
孝太郎は真っすぐ、奏多を見つめている。
奏多は、来訪者から目を逸らさなかった。
「駄目ですか?」
「言ったよね。“ASSASSIN”には手を出すなって」
奏多は「ああ」とわざと大げさなリアクションをした。
「そういうことですか。ご安心を。僕は“ASSASSIN”に危害を加えるつもりはありません」
「だったら、何が目的なの?」
来訪者の目が鋭くなった。
「クラリスは、何故、“ASSASSIN”のことを擁護しようとするんですか?」
奏多は穏やかに問いかけた。
「話、逸らしたね。奏多くんのそういうとこ、嫌い」
「すみません。───ですが、これは、ボスから教えられたことなんです。お前の武器は言葉だ、と」
来訪者は奏多を“気に入らない”という目で見つめた後、息を吐きだした。
「……理由は教えない。けど、別に“ASSASSIN”に思い入れがあるわけじゃないとは言っておく。───いっそ、解散してなくなればいいのにって、思ってるくらい」
奏多は黙ったまま、一つ、頷いた。
「奏多くん、あなたは優秀だよ。優秀すぎて周りが霞むくらい」
「ありがとうございます」
奏多は頭を下げた。
視線を上げると、来訪者が、じっと、自分のことを見つめていた。
「だからって信頼してるわけじゃないよ」
「分かっていますよ。僕は信頼とは程遠い人間です。十分、自覚しています」
「じゃあ───もう一度聞こうか。目的は何?」
奏多は微笑み、即座に答えた。
「深瀬の話で、尾身さんが“ASSASSIN”に捕まるところを見たというのがあったんです。その場所が、ここに近いところだったっていうことも。それで、“ASSASSIN”が次にどう動くのか調べておこうと思い、数日前に、少しばかり、調査を行っていました」
そして「もし怪しいなら」と先手を切る。
「この先、一週間、僕の行動を監視して頂いて構いません」
孝太郎の目の色が変わった。
奏多は来訪者に感づかれないよう素早く視線を向け、目で“大丈夫”と伝えた。
来訪人は奏多の額に穴が開くほど、強い視線を寄越した。
やがて、その目を保ったまま、
「わかった。───そうする」
と、言った。
「場合によっては───分かるよね?」
「はい。重々承知しているつもりです」
しばし、奏多と来訪者の視線がぶつかり合った。
互いに、瞳に写す色は違えど、迷いない、強い意志があるのに変わりなかった。
先に、来訪者が逸らした。
「帰る」
ぼそりと言って、来訪者は立ち上がった。
「お送りしましょうか」
「いらない」
奏多の申し出をきっぱりと断り、来訪者は部屋を横切っていく。
「じゃあね」
背を向けたまま、ひらりと片手を上げ、部屋を出て行った。
孝太郎が深く、息を吐く音に、奏多は振り返った。
「いつからいたの?」
足音が遠のいていくのを確認してから、ドアの方を指すと、
「2時間前くらいからだ」
孝太郎が答えた。
「僕のこと、ずっと待っててくれたって?」
「入ってくるなり、奏多はどこに行ったんだって、恐ろしい目をしていた」
「へえ」
奏多は声を上げた。
「あの人にしちゃ、珍しいね」
言いながら、冷蔵庫へと向かう。部屋の隙間にすっぽりと収まる小型の冷蔵庫を開け、ペットボトルを手に取った。
「ところで、あれはどういうつもりだ?」
孝太郎は奏多から目を離さない。
「あれって?」
奏多はペットボトルの蓋を開け、飲料水を一口、口に運んだ。
「一週間、監視しても良いって。お前のことだから何か策があるんだろ」
水を呑みこみ、奏多は「流石」と笑った。
「察しが良いね」
孝太郎に対し、中野優樹菜との交渉の話を伝えると、彼はこう言った。
「監視されながら、殺しの計画を立てるのか」
こういう時の孝太郎は鈍い───そう感じながら、奏多は「違うよ」と首を振った。
「計画なんて、とっくにできあがってる。この期間でやることは───そうだね、計画の修正、かな。これは、僕にとって、人生で最後の殺しになるだろうからね。念には、念を入れたいんだよ」
孝太郎の身体が緊張するのを、奏多は感じとった。
「お前……奏多、本当にそれでいいのか」
「だって」
奏多は孝太郎の危惧を笑い飛ばした。
「僕らだって、いつかは死ぬんだ。僕は自分の人生を後悔しないために、この選択をした。誰かのためじゃなく、自分のために殺しをしたいんだよ。そのために死ぬことになったとしても、それで良い。むしろ本望だよ」
奏多は孝太郎の目が動かないのを見て、話を続けた。
「僕が死んでも、君は責任を問われない。だって、今回のことで僕に協力してないし、何より、今までの功績があるからね」
奏多は口元だけで微笑してみせた。
「君にはたくさん世話になった。間違いなく、そう言える。だけどね、孝太郎、この世界には、優秀な殺し屋がたくさんいるんだ。そのうちの誰かが、今後、君と組むことになる。君には、僕じゃなくても、いいはずだよ」
そう言って、ペットボトルを元の場所にしまおうと、視線を逸らす。
「……俺は、お前と、最後まで一緒にやりたかった」
孝太郎が、呟く声が、聴こえた。
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