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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
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June Story20

五十四奏多についての捜査を始めるため、優樹菜は、北山警察署特別組織対策室へと向かう。

 放課後。優樹菜は北山警察署へと向かった。


 結局、一日中、勇人と会うことはできなかった。


 そうして、気を落として、バス停までの道を歩いている時、母から電話があった。


 その後すぐ、新一に電話をし、メンバーたちに、今日、自分は本拠地には行かないことを伝えてもらうように頼んだ。


 母から電話で告げられた通り、優樹菜は中に入るとドアの真横に立ち、迎えを待った。


 受付のカウンターにいる男性警察官が優樹菜を見つめている。優樹菜もその目を見つめ返し、軽く会釈をした。


 しばらく警官は優樹菜の様子を気にしていたようだが、やがてほとんど顔を上げることな

く、何やら作業に没頭し始めた。


 優樹菜は携帯で時間を確認する。───3時50分。


 着くのが早すぎたかもしれない。待ち合わせの相手がやって来る気配が全くしなかった。


 構わないけど、と心の中で呟き、優樹菜は何もせず待つことにした。


 それから5分後。


 奥から足音が聞こえてきた。


 優樹菜はそちらに目を向ける。


「すまない。待たせてしまって」


 目が合うと、矢橋亮助は優樹菜にそう詫びた。


 それに対し、優樹菜は「いえ」と首を振る。

目の端にカウンターの警官からの視線を感じた。


「行こうか」と、亮助が言い、優樹菜が頷くと、2人は亮助が歩いてきた廊下に向かって歩き出した。


 長い廊下の、一番奥の部屋。


 優樹菜はこの場所を何度か訪れたことがある。母の職場であり、“ASSASSIN”と警察を繋ぐ砦であるからだ。


 その部屋のドアを、亮助は開けた。


 教室くらいの広さの部屋は、右半分はデスクや本棚が置かれたオフィススペース、もう半分は応接セットが置かれており、応接室のようになっている。


 そして、オフィススペースの右半分は物が散乱しており、もう半分は綺麗に片付けられている。


 優樹菜は亮助に応接セットの2人掛けソファを勧められた。


 亮助は優樹菜から見て右側の一人掛けに座ると、


「お母さんが戻って来てから、話すな」


 そう、言った。


 優樹菜は頷き、亮助の様子を伺った。今の彼の目は、優樹菜ではなく、床の方に向いている。


 何処となく、疲れているように見える。


 それはそうだろうと、優樹菜は思う。


 家族が───子どもが危険な目に遭うかもしれないと告げられて平然としていられるはずがない。


 亮助が普段から口数が少ない方であるということを、優樹菜は十分に知っていた。


 この時も亮助は話し出そうとせず、優樹菜も黙っていることにした。


 視線を動かしながら、そっと亮助を見つめる。


 母の幼馴染であり、同僚。


 そして、勇人の父親。


 舞香とは同じく、今年で48歳になる。


 優樹菜が亮助について知っているのはこれくらいのことだ。


 改めて見てみると、この人は端正な顔立ちをしている、と、優樹菜は感じた。


 10代の自分でもそう思うくらいなのだから、若い頃は周りから一目置かれていたのではないだろうか。


 目鼻立ちが、勇人とよく似ている───そう考えて、優樹菜は急に気まずくなり、さっと目を逸らした。そして心の中で、今はそんなことを考えている場合じゃない、しっかりしろと自分に喝を入れた。


 一つ、息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


 ちらりと壁掛け時計を見上げると、時刻は4時を回ったところだった。


 母はいつ頃戻ってくるのだろうか。


 そう思って視線を戻しかけた時、ふと亮助が視線を上げた。


 優樹菜はドキリとし、肩を動かした。


「そうだ。この間は、ありがとう」


 不意打ちに、優樹菜は「え……?」と、気の抜けた声を上げてしまった。


「ノートとプリント、勇人に届けてくれただろう」


 亮助の声が、微かに、優しくなった。


「あっ、はい。えっと……、日曜日、に」


 ようやく思考が追い付いてきた優樹菜は記憶を辿った。


「あのノートは手書き、だよな?」


「はい。授業の時に自分のノートに書いて、家でルーズリーフに写してるんです。それを、いつも届けてるんですけど」


 優樹菜は何気なしに説明したつもりだったのだが、亮助はそう受け取らなかった。「ごめんな」と、今度は頭を下げられた。


「そこまでやって貰って、申し訳ない」


「や、そんな……、私がやりたくてやってることなので……」


 優樹菜は首を横に振った。自分は、あたりまえのことをしているだけだ。謝ってもらうようなことなど、何もない。


 亮助は優樹菜を真っすぐに見つめ、呟くような声で、こう言った。


「本当に、感謝してる」


 その直後だった。


 ドアが勢いよく開く音がした。


 優樹菜と亮助の視線が、同時に、ドアの方を向く。


「ねえ、分かったよ」


 母───舞香は手にノートパソコンを開いたまま手に持ってやって来た。その目は凛としている。そして優樹菜と亮助、2人の間にあるテーブルにパソコンを置き、優樹菜に目を向けた。


「実はね、五十四奏多の名前で調べても、何も結果が得られなかったの」


「えっ」


 優樹菜は目を見開いた。


「お母さんの……、能力でも?」


「そう。何度試しても、何も見えなかった」


 優樹菜と違い、亮助は平然としたままだ。このことは当然、知っているのだろう。


「データで検索してもヒットしなかったの。五十四奏多に関する情報はどこを探しても何1つ転がってなくて」


 舞香は早口にそう言った。


「だから、もしかしたら───五十四奏多っていう名前は、偽名なんじゃないかって思ったの」


「偽名……」と、優樹菜は言葉を繰り返す。


「それで、手当たり次第に調べてみようって今、やってたんだけど」


 舞香はそこで亮助、優樹菜の2人を見て口元で笑んだ。


「やってみるもんね。"いつしかなた"、試しに並べ替えてみたら、すぐに当たった」


「これ、見て」と、パソコンの画面を見るように促す。


 優樹菜は画面を覗きこんだ。


 データバンクの画面だ。


 そこには男の写真が映っていた。


 黒い短髪。虚ろな目。薄い唇。肉の落ちた頬。細い首。


 年齢は、40代くらいだろうか。


 写真の下に、「田中逸司」と、名前が表示されていた。


(いつしかなた……、たなかいつし……)


 優樹菜は頭の中で2つの名前を組み替える。どちらを並べ替えても、「五十四奏多」、「田中逸司」は出来上がる。


「ゆきが会った、五十四奏多は子供だったんだよね?」


 舞香に尋ねられ、優樹菜は「うん」と、頷いた。


「この人とは……、全然似てない」


 むしろ真逆なくらいだ。


「殺し屋の中には」


 亮助が口を開いた。その目は優樹菜を向いている。


「変装を得意とする奴もいるんだ。もし、この、田中逸司と、五十四奏多が同一人物だったとして、田中逸司が何らかの方法で子供の姿をしている可能性は、あるかもしれない」


「調べてみる価値は十分にあると思うの」


 舞香の目には確信に近いものが浮かんでいた。


 優樹菜は心臓がドクン、と脈打つのを感じた。


 母はまだ、能力で田中逸司の未来を読んでいない。


 結果、見えたのが田中逸司の姿ではなく、優樹菜が出会ったあの殺し屋、五十四奏多の姿だったとしたら───。


 確認をするまでもなく、舞香はパソコンの画面を自分の方に向け、「見るね」と言って、目を瞑った。


 優樹菜はゴクリ、と唾を呑みこんだ。何故、自分はこんなに期待ではなく、緊張を感じているのだろうと思いながら。


 舞香が目を開ける。


 茶褐色の瞳から同じ色の光が放たれる───。


「痛っ……!」


 その光は舞香の声と同時に消えた。


「大丈夫?」


「大丈夫か?」


 優樹菜と、亮助の声が重なる。


 舞香は瞼を抑えた手を下ろし、「うん、大丈夫」と答えた。


「一瞬、痛んだだけ」


「大丈夫」という言葉とは裏腹に、その声には痛みに耐えるような籠りがあった。


「使いすぎなんじゃないか」


 亮助が言った。優樹菜は五十四奏多の名前で何度も能力を使ったという言葉を思い出した。

 優樹菜も幼いころ、悪戯に意味もなく能力を使い続けて目を傷めた時がある。「そうだよ」と、亮助の言葉に同意した。


「今日はやめた方が良いんじゃないか。田中逸司について調べたら何か分かることがあるかもしれない」


 亮助が言う“調べる”は能力によって、ではなく、他の手段で、ということだ。


「そうだね。そうしよう」


 舞香は目を腕で拭い、頷いた。


 優樹菜は田中逸司の顔写真を再び見て、その上に五十四奏多の、あの冷徹な笑みを重ねた。

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