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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
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June Story19

勇人の行方を捜しに、優樹菜は校内のとある場所へと向かう。

 津崎実里は朝のホームルームで不在者の確認は取るが、生徒たちに何故いないのかという説明は加えない。


 欠席なのか、遅刻なのか、もしくは何らかの事情で席を外しているのか。


 そのため、優樹菜は勇人が教室にいない理由を推測しなければならなかった。


 昨日の放課後のことを思い出し、優樹菜は1時間目が始まる前の休み時間に1年1組の下駄箱を見に行った。


 “1-1 36 ”


 そう書かれたシールが示すスペースにはやはり、上履きは無く、見覚えのあるスニーカーが入っていた。


(学校には、いる)


 優樹菜は急いで教室に戻った。


 この日は移動教室が多く、授業の合間の10分休みはほとんど移動で消費されてしまった。その時も、授業の間も、勇人は姿を現さなかった。


 そのまま、午前の授業は終わった。


 昼休み。茜はクラス委員の委員会に出て行ったため、優樹菜は一人、急いで弁当を食べ終えると、教室を出た。


 昨日、勇人を探した時、勇人がいる場所として何故か頭から抜けてしまっていた所を、優樹菜は思い出していた。


 きっと、今も勇人はそこにいるのではないか。そんな気がした。


 2階の理科準備室。


 実験室の隣にある小さな部屋だ。


 普通の教室とは違い、ガラス窓が付いていない、ドアノブが付いたドア。優樹菜はその前に立ち、三度、ノックをした。


 中から「はぁーい」というくぐもった声が返ってきた。


「失礼します」


 優樹菜はドアを開けて中に入った。


 “準備室”というのは名前だけだ、と優樹菜はここに入る度に思う。


 実際には理科教師たちの“第二の職員室”だ。


 この学校で理科を教えているのは3名。それぞれ1年、2年、3年生を担当している。


 その3人用の机3つと、大きめの棚が一つでほとんどが埋まるくらいの小さな部屋には今日も、校内で“変わり者”の認識をされている男性教師が一人、座っていた。


「河井先生」


 優樹菜は扉を閉めると奥の席にいる河井 英二えいじを呼んだ。


「はい?」


 河井英二は、いつもこうして生徒が入って来ても、すぐに顔を上げない。彼の目線は、手元の図鑑にある。


「中野です」


 優樹菜は名乗り、河井に近づいた。


 英二はようやく顔を上げ、「ああ」と眼鏡の奥の目をぱちくりさせた。


「中野さんでしたか」


 絶対に気付いてたくせに、という言葉を呑みこみ、優樹菜は頷いて見せた。


「どうしましたか?」


 僅かにしわがれた声をしているが、この先生はそれほど歳ではない。優樹菜はきっと50代前半だろうと思っている。


「先生、矢橋くん、知りませんか?」


 “変わり者”───確かに、河井英二は優樹菜の目から見ても、十分に変わっている。


 ぼさぼさの白髪まじりの髪と、レンズの厚い銀縁眼鏡、そして、何時でも身にまとっている白衣が特徴的で、優樹菜は初めて姿を認識した時、「博士?」と思ったのを今でも鮮明に覚えている。


 1年生全クラスの理科を担当しており、独特の言葉選びや、風貌は他のどの教師とも似つかず、大抵の生徒たちからは「絡まれると面倒。だから嫌い」と、言われている。


 違って、優樹菜はこの教師のことを“信頼できる人”だと認識していた。この人はこの学校で数少ない、“事情を知っている人”だからだ。


 優樹菜の問いに、河井教諭は眼鏡を指で押し上げ、


「ついさっきまでいましたけどねえ……、10分くらい前かな、出て行ったのは」


 と、腕時計を見つめた。


 優樹菜は肩を下ろした。


「私がちょうどご飯食べてた頃か……」


「教室には、戻ってないんですか?」


「はい。私、今日まだ会ってないんです」


「おっと」


 英ニは、大袈裟なのか、緊張感がないのか分からないようなリアクションをした。


「僕のところには朝からいましたよ」


 英二は、図鑑を閉じて言った。


「お父さんから連絡があったんですよ。僕のところへ行くように伝えたって。その通り、来てくれましたね」


「えっ?」


 優樹菜は目を見開いた。


「じゃ……じゃあ、先生も知ってるんですか?」


「こらこら。大きな声を出すと、外に聞こえますよ。もしかしたら誰かが扉に耳を押し当てているかもしれない。だとしたら丸聞こえです」


 英ニは優樹菜を宥めると、「詳しいことは聞いていません」と、答えた。


「ただ、何かが起こっているようですね。それは察しているつもりです」


 察しが良い。英二に対し、こう思うのはこれで何度目だろう。飄々としているように見えて、この人は冷静なものの見方ができるのだ。


 優樹菜は「はい」と、頷いた。


「それこそ、学校で話せないようなことが起こってます。……や、起こりそうって言う方が正しいかもしれないです」


 またも小さな目をパチクリさせる英二を見つめていると、優樹菜の中の緊張感はふっと緩みかけた。


「矢橋くんの様子、先生から見て、どうでしたか?」


 尋ねると、英二は目を細めた。一見、分かりにくいが、微笑んでいるのだ。


「変わりないように見えましたよ」


「朝からさっきまで、ずっといたんですか?」


「だと思いますよ。僕は授業で席を外すことがあったので、その時のことは分かりませんが」


 河井は何かを想像したのか「ふふ」と軽く笑うと、


「僕がいない時には出て行って、僕が戻ってくる頃にまたここに来る。勇人くんはそんな効率の悪そうなことはしないでしょう」


 と、言った。優樹菜に確認を取るような言い方だった。


「たしかに、そうですね」


「外は、まだ雨何でしょうか?」


「私が教室にいた時には降ってたような気がします。だから、屋上にはいないのかなって」


「だとしたら、勇人くんは今頃、どこにいるんでしょうねえ」


 そう言われて優樹菜は「あっ」と声を上げた。


「そうだ、先生」


「はい?」


「昨日の放課後も私、矢橋くんのこと探してたんですけど、もしかして、ここにいませんでした?」


「昨日の放課後、ですか?」


「はい」


「いえ。来ていなかったと思いますよ。僕は6時くらいまでずっとここにいましたけど」


「そうですか……。だとしたら、どこにいたんだろ」


「もしかしたら、津崎先生と話していたのかもしれないですね」


 英二は、眼鏡を指で押し上げながら、そう言った。


「一昨日、津崎先生が僕を尋ねにいらして、その時に勇人くんについて訊かれたんですよ」 


「えっ、そうなんですか」


「はい。どうやら、勇人くんがよく、ここに来ているのに、気付かれたようで、僕といる時の様子などを訊かれたので、お答えしました」


 河井は自分より年下でも、同僚に対して、丁寧な言葉遣いを絶やさない。


「何て、答えたんですか?」


 優樹菜は尋ねた。 


 河井は「変なことは何も言っていませんよ」と、答えた。


「“僕から課題をやるようにお願いしたら、やってくれますし、毎日来てくれても良いと思うくらいです”とお伝えしました」


 河井はそこで、一気に声を小さくし、


「津崎先生は違う考えをお持ちのようでしたがね」


 そう、優樹菜に囁いた。


 優樹菜は大きく頷き、息を吐き出した。


「ほんとに、あの人、矢橋くんのことどう思ってんだって感じなんですよ。担任のくせに、自分からは何もやらずに放任して……いい加減にしてほしいです」


 優樹菜も教師に向かっては言葉遣いを丁寧にするよう気をつけているが、河井に向けっては許されるだろうと、強い言葉で津崎を毒づいた。


「まあまあ、落ち着いて。もちろん、気にされていますし、心配もされていると思いますよ。ただ、津崎先生はまだ、お若いですからね。ご苦労も多いんだと思います」


 優樹菜は河井の言葉に、「まあ、そうだけど……」と、口ごもる。津崎実里は、勇人だけを担当しているわけではない。40人の担任なのだ。


 そして、教師である以前に、一人の人間である。何もかもを完璧にこなせと上から言える立場に、優樹菜はない。


「……でも、私、先生にうちのクラスの担任になって欲しかったです」


 優樹菜は津崎を悪くいう代わりに、河井を褒めることにした。どんなに他の生徒たちから嫌われていようと、優樹菜にとって河井は“良い先生”なのだ。何より、生徒を大切にし、どんな問題行動を起こそうとも、絶対に見放さない───何より、勇人が自ら選んで関わりを持つ教師は、この学校で彼一人だけだ。


 河井は素直に照れたように、「あっはは」と笑い声をあげた。


「嬉しいことを言ってくれますね。ありがとうございます」


 そして、優しい目付きで優樹菜を見つめ、


「僕にとっても、あなたは誇りに思う生徒の一人です」


 そう言った。


 優樹菜は照れくさくなって、目を逸らしながら、「まだ、出会ってそんなに経ってないじゃないですか」と、ごまかすように呟いた。


「時間は関係ありませんよ。関係があるのは、中野さん───あなたが今まで積み上げてきたものです」


 河井は「ふっ」と息を吐きだした。


「今の、名言ですね」


「自分で言わないでください」


 優樹菜が即答して、軽く睨むと、河井は「ははは」と、楽し気に笑った。

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