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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
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June Story17

優樹菜の決意を聞いた母の反応は───?

 中野家では家族が風呂に入る順番がいつも決まっている。


 最初に葵、続いて優樹菜、最後に舞香。


 優樹菜が入る頃には時刻は9時を過ぎていることが多く、優樹菜が上がると同時に葵は部屋に寝に行く。


 この日。葵がリビングを出た数秒後、優樹菜はタオルを首に掛けながら、舞香にこう声を掛けた。


「お母さん。お風呂から上がったら、話聞いてもらってもいい?」


「飲み物何にするー?」


 冷蔵庫の前で、舞香は椅子に座った優樹菜に呼びかけてきた。風呂から出たばかりの母は濡れた髪をヘアバンドで束ねている。


「麦茶」と、優樹菜が答えると、お茶を注いだグラスと、自分用にはビールの缶を持ってこちらにやって来た。


「こうやって2人で話すの、久しぶりだね」


 舞香はテーブルを挟んで向かい合った優樹菜に笑顔を見せた。


「そうだね」と、優樹菜はグラスを両手で囲んで自分の方に引き寄せた。


 中野家は、単身赴任中の父を含めた4人家族だが、自覚できるほどに、仲がよかった。


 時々、姉妹喧嘩が起きることもあるが、そんな時、解決してくれるのはいつも母・舞香であり、このダイニングテーブルに優樹菜と葵、2人を並んで座らせてそれぞれの言い分を聞いてくれる。


 また、優樹菜が悩みを相談するのは、いつも舞香だった。中学時代、学校生活が辛いと感じる日は、必ずこうして向かい合い、話を聞いてもらった。


「本当に強くて勇気のある子だって、亮ちゃん、ゆきのこと言ってたよ」


 切り出したのは舞香だった。ビールの缶はまだ開けずに置いている。


 亮ちゃん───勇人の父、矢橋亮助のことを舞香は娘たちの前でもそう呼ぶ。


「私が……、五十四に対してしたことが?」


「うん。お母さんもそう思う」


 母にそう笑いかけられると、自然とその言葉を受け入れてしまう。


「ううん。……私、本当はすごく怖かった」と優樹菜は本音を明かした。


「今も、かも。……私、あいつが怖い」


 俯いた脳裏に浮かぶのは五十四奏多が最後に見せた、あの笑顔だ。


「───でも」


 優樹菜は顔を上げて母の目を見つめた。


「このまま黙ってるのは、違う。……五十四には忠告されたし、社長にも止められたけど、少しでも自分にできることがあるなら、私はそれをしたい。それが危ないことだっていうのは分かってるつもり。───けど、私は、矢橋くんが無事に何もなく、この先を過ごせたとしても、その力に自分がなれなかったこと、後悔し続けるんだと思う。たぶんそれは、一番辛い」


「だから」と、言葉を繋ぐ。


「お母さんたちの捜査に、協力させて。……”ASSASSIN“のメンバーとしてじゃなくて、”私“として」


 優樹菜は、何を言われてもこの考えは曲げたくないという思いを伝えるために、強い視線を舞香に向けた。


 やめておきなさい、お母さんはあなたに危険な目に遭って欲しくないの───そんな台詞より、深く、重い言葉を舞香は知っているということを、優樹菜は知っていた。だからこそ、それに相応しい覚悟を決めてこの場所に座っているつもりだ。


 舞香が数秒、自分を見つめ、ふっと口元だけで笑ったのは全くの予想外であった。


「……そっか」


 何に対しての納得なのだろう。舞香は何とも言葉に形容しがたい表情をしていた。


 優樹菜が初めて見る表情だった。目を見開いて母を見つめる。


 舞香は目を細め、「一つ」と右手の人差し指を立てた。笑みはなくなっていたが、その目は穏やかなままだ。


「約束できる?」


「何を……?」


 優樹菜は問う。ここに来て、戸惑うことになろうとは。


「何か行動する時には、必ず、お母さんに相談すること」


 その口調は厳しく───それ以上に優しかった。


「それと……、これは約束じゃなくて───」


「危ないと思ったら、すぐ逃げること。逃げることが難しかったら、すぐ助けを呼ぶこと」


 続く、母の言葉を優樹菜は口にした。以前にも、聞いた言葉だ。


「そう」と舞香はしっかりと頷いた。


 そして、僅かに苦笑し、


「お母さんね、亮ちゃんに、釘刺されたの。“くれぐれも優樹菜ちゃんを巻き込まないように”って」


「えっ」


 優樹菜は声を上げた。


「そうなの……?」


「お母さん、“分かった”って答えた。嘘じゃなくて、ね。けど、心のどこかで、ゆきは“協力したい”って思ってるんじゃないかっていう考えがあって。もし、ゆきがお母さんにそう伝えにきたら、お母さん、どうしようかって、ずっと考えてたの」


 舞香の視線の先には、壁の時計や、目の前にあるテレビや、風で揺れている窓を塞いだカーテンでもなく、間違いなく、優樹菜がいる。


「やっぱり、お母さんはゆきに危ない目に遭って欲しくなんかないし、この件は……、お母さんたちが解決するべきだって思った。ゆきに、苦しい思いをさせないのにはそれがベストだって。でも、ゆき、今言ったよね。“後悔するのは辛い”って」


 今、この瞬間、母の目にはさっきまでの威勢はどこに行ったんだという顔の自分が映っている───実際、見えたわけではないが、優樹菜はそうだと思った。


「ゆきが辛いことは、お母さんも辛い。お母さんが辛いのは、ゆきたちが辛い思いをすることなの」


 このゆきたちには優樹菜だけではなく、優樹菜と葵が含まれていた。


「だから、ゆきが、後悔しないことをして。───お母さんからのお願い」


 暖かすぎる、笑顔と声だった。


 優樹菜は「うん」と、「ん」の中間を言った。


「……ありがとう」


 涙が溢れ出ないように何とか堪えたのに、溢れたのは涙声だった。


 目で、母は頷いている。


 優樹菜は、自分は一人ではないのだと思った。


 母がいてくれる───その存在が、自分を強くさせてくれるような、そんな気がした。

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