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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
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June Story16

奏多と出会った直後の優樹菜が向かったのは、本拠地内・社長室だった───。

 源新一は停止ボタンを押し、音声レコーダーを机に置いた。そこには既に、子どもの字が書かれたノートが開いて置いてある。


 時刻は午後5時。


 いつも新一はこの時間に、取り調べの音声を確認することを習慣にしている。


 音声にはいつも質問をする翼の声と、それに対する応答が記録されている。ノートには供述が記録されている。音声に不備が生じた場合に備えて、蒼太が取り調べ中に取ったメモから作られたものだ。


 音声と文字から、新一は彼ら2人が向き合った殺し屋の姿を想像し、その思考を辿る。


 今日もそうして昨日、取り調べを終えたばかりだという尾身研吾という殺し屋の音声を聴いてた。


『これで、取り調べは以上です。今の会話は、全て録音してあります。そのデータは、あなたの刑期を決めるのに使われます。では───』


 取り調べの終わりを告げる翼の声。


 いつもはこれで締めくくられるはずだが、


『待て。一つだけ、忠告してやる』


 と、終わりを遮るように男の声がした。


 新一はその声に、耳を傾ける。


『俺の仲間は、俺を捕まえたお前たちのことを、徹底的に調べると思うぜ。あいつらは、狂いまくってる。容赦なく人を殺す。……例え、相手が子供だろうと、な』


 残虐な言葉の後に、新一の耳に届いたのは、ドアが激しく開く音だった。


 それは手元から鳴る音ではなく、外から響いたもののようだ、


 新一は停止ボタンを押し、顔を上げた。


 焦ったような、それでいて疲れ切ったような、微かな息遣いが聞こえる。


 気配は新一のいる部屋へと近づいていき、迷うことなく室内の入り口を開いた。


「……社長」


 掠れた声で呼びかけられた新一は、すぐに立ち上がった。


「どうしたんだい」


 部屋に入ってきたのは優樹菜だった。


 明らかに、いつもと様子が違っている。僅かに制服が乱れ、身体が震えている。何より───、見開いた目が、何かがあったことを物語っていた。


「大丈夫かい?」


 新一は優樹菜に歩み寄り、肩に手を触れた。一見、怪我はないようだ。


「社長……」


 再び、優樹菜は新一を呼んだ。


 月の光を思わせる色をした瞳の中には、新一の姿が写っている。


「……読んでください」


 新一を見つめたまま、優樹菜はそう言った。


 瞬時に、それが何を意味するのか悟った新一は、


「座って」


 と、優樹菜をソファに座らせた、


 優樹菜の横に立ち、熱を測るように、その額に手を触れる。


 新一の能力は“記憶を読み取る”───額に手を触れ、能力を使用すると、その人物の1時間以前の記憶を読み取ることができるというものだ。


 それを利用し、新一はメンバーたちと、ある取り決めをしていた。


 緊急事態に遭遇した場合、言葉での説明が困難な場合は、自分に「読んで」という言葉を掛けること。そうすれば、自分が能力で何があったのか知るようにするから。


 優樹菜の記憶を読み取り終えた後、新一はゆっくりと、手を下ろした。それが合図となったように、優樹菜が「社長」と、身を乗り出す。


 その声は、まだ少し震えていた。


「大丈夫。まずは少し落ち着こう」


 新一は優樹菜が話し出すのを制し、声を重ねた。


 優樹菜は視線をすっと下に向け、唇を噛んだ。


 新一はその姿を見て、「本当に正義感の強い子だ」と、心の中で呟く。それからしばし、何もせず、優樹菜の様子を伺った。


 優樹菜の肩の揺れが収まったのを見計らい、新一は敢えて何気ない口調で口を開いた。


「私の所持品で、発信機、盗聴器等をブロックできる機械があるんだ」


「えっ」というように、優樹菜が顔を上げる。


 新一は机の引き出しから小型リモコンの形状をした機械を取り出した。


 その先端を優樹菜の方に向け、中央のボタンを押す。対象物を感知したことを伝える電子音が長く部屋に響き、数秒後に消えた。


「───よし」


 新一はリモコンを上着のポケットにしまい込むと、ソファに歩み寄った。


「これで君の行動や言動が、外に漏れる心配がなくなった」


「社長……、そんな便利なもの持ってたんですか」


 優樹菜の目に、驚きの色が浮かぶ。


「昔の仕事道具だよ。今後、何かの役に立つかもしれないと思って取っておいて良かった」


 言いながら、新一は優樹菜の隣に腰を下ろす。


「こんなことを言ったら、優樹菜ちゃん、君は怒るかもしれないけれど、屈せずに、よく頑張ったね」


 殺し屋に対し、相手の言葉を決して鵜呑みにせず、真っすぐに立ち向かおうとした姿を、新一は優樹菜の記憶から見た。


 優樹菜はすっと視線を逸らし、小さく、首を横に振った。


「勇人くんは、今日、一緒じゃなかったのかい?」


 新一はその反応から、やはり優樹菜を少しでも安心させるのが先だと判断し、日常的な質問をした。


「はい。……私が学校出た時には、まだ残ってたみたいで。たぶん、今は家に着いてる頃だと思います」


 新一と目を合わせ、優樹菜は頷いた。


「……これは、私個人の考えではあるんだけど」


 新一は腕を組み、頭の中で事情を整理しながら言った。


 優樹菜はじっと新一の次の言葉を待っている。


「殺し屋は君に、勇人くんのことを教えてくれと言ったんだよね?」


「はい。そう言いました」


「以前、君は勇人くんの家の前で、その殺し屋と遭遇した。つまり、殺し屋は勇人くんの家を知っている。……タイミングが合えば、勇人くんとも接触できる。それを狙って、一度は実行しようとしたけど、勇人くんの知り合い───君と出会って計画を変えた」


「ということは」と、新一は結論を導いた。


「勇人くんのことを深く知りたい、そんな欲望を持っているように思えるんだ。けれど、彼はまだそれを叶えられていない。君を利用して、叶えようとしたけれど、叶わなかった」


「それって……」


 優樹菜は新一の次なる言葉を察し、はっとしたように言った。


「叶えられるまで、矢橋くんに何もしない可能性が高いってことですか?」


 その目に、僅かに光が差したのを見て、新一は頷いた。


「君を襲った───五十四奏多については、舞香さんと、亮助さんが捜査を担当して下さることになったんだよね?」


「はい」


「それなら、きっと、今現在も、五十四は追われている状況にある。……次に五十四が何を思ってどう行動するのか、分からないけれど、勇人くんと接触させる前に捕まえることはそれほど困難なことではないと思うんだ」


「それをするのは……、私たちじゃなくて、お母さんたち───警察、ですか?」


「こちらの行動を読んで、実際に接触してきたことを考えると、お任せした方が良いと思う」


 優樹菜は答を迷うように視線を動かしたが、やがて、


「……わかりました」


 と、静かに答えた。


 新一は「君たちを守るための選択だよ」という、頭に浮かんだ言葉はしまっておくことにした。今の優樹菜にとっては綺麗ごとのように聞こえてしまうのではないかと考えたからだ。


 代わりに「だから」と、新一は言葉を継ぎ、


「焦ることはないんだ。落ち着いて、一つ一つ、今はどう行動すべきかを考えて行こう。勇人くんのためにできることは何か」


「そうですね……」


 優樹菜は少しだけ安堵したのかほんの僅かに笑みを見せた。


 が、すぐに真剣な眼差しを向け、


「みんなには、まだ言わない方がいいですよね?」


 と、問いかけてきた。


「いや……、任せるよ。一人で抱えるのは辛いだろう」


「今、社長と話して、ちょっと落ち着きました。……私は、大丈夫です」


 優樹菜は「私は」というところを、無意識か、強調して言った。


「ただ……、みんなにとって、“知ってて何もできない”っていうのは辛いことだと思うんです」


 そう言った、優樹菜の表情を見て、新一は「みんな」の中に、優樹菜自身も含まれてるのだと察す。「大丈夫」というのはやはり、本心ではなかったのだ。


「───わかった」


 新一は頷いた。そして、表情を和らげ、


「みんなのところに行こう」


 優樹菜の肩に、手を触れた。


 ※


 階段を上がっている途中、話し声がしきりに聞こえてきた。


 新一はオフィスのドアを開け、優樹菜を先に通した。


「あ!優樹菜」


 葵が真っ先に声を上げた。


「ごめんね、遅くなって」


 優樹菜は4人にそう呼びかけた。


「何か、あったんですか?」


 翼の問いに、優樹菜の肩が強張るのを、新一は見た。


「いや、私と話をしていたんだ」


 新一は優樹菜の隣に立ち、微笑んで見せた。


「なるほど!社長のとこにいたんだね」


 葵が大きく頷く。その後、何を話していたのかを詮索する者はいなかった。


 新一気付かれないよう、服の袖に手を入れ、その中からリモコンを4人に向けて操作した。


 その動きに目を向けたのは1人もなく、新一はそっと息を吐きだした。


「じゃあ、みんな……と言っても、もうすぐ、帰る時間か」


 時刻は5時半を回りそうだ。


「気を付けて帰るんだよ」


 廊下に足を出しながら言うと、葵が「はーい」と間の抜けた返事をし、蒼太、翼、光は頷き、優樹菜は新一に向かって、頭を下げた。

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