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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
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June Story12

幼馴染との思い出と、一つの後悔。

 入口の真正面にある一人掛けの席に腰を下ろし、濡れた傘を窓枠に立てて置く。


 気配と声から女子グループは一番後方の座席に5人で並んで座り、男子2人は優樹菜の段差を挟んで一つ後ろの2人掛けにいることが分かった。


 車内にいる乗客は優樹菜を含めた逢瀬高校の学生8人と、窓側一列目に1人、男の子が座っていた。前方を向くと、優樹菜の視線は自然とその姿を捉える。


(学校帰り?……じゃないか。習い事行くとか?)


 この時間に中学生くらいの少年がバスに乗車しているのを見るのは珍しいことだった。それだけに優樹菜は彼の行く先を想像してしまう。


 少年の黒い短髪と小さな肩を見つめていると、優樹菜の中でじんわりと懐かしい気持ちが込み上げてきた。


(あの子……、昔の矢橋くんに似てる……)


 見えているのが後ろ姿だけだというのが、そう感じさせたのだろう。


 黒く艶のある髪の毛の、少し癖のある跳ね方まで勇人とそっくりに見えた。


 優樹菜の中に残り続けている、“かつて”の勇人の姿。優樹菜は見ず知らずの少年を通して、その姿を見つめていた。


 ※


 優樹菜と勇人が出会ったのは16年前。


 勇人の母と舞香は学生時代からの友人であり、そのため、優樹菜が生まれた時、舞香は勇人の母に赤子を連れて会いに行き、勇人が生まれた時は逆に舞香の方から優樹菜を連れて会いに行ったそうだ。


 優樹菜と勇人はそれ以来からの仲だった。


 優樹菜の記憶には、自然に、勇人との思い出がある。


 赤ん坊の時に出会い、物心つく前から共に遊び、いつしか2人でいることが“あたりまえ”になっていた。


 幼い頃、お互いの家は、少しばかり離れた場所にあったのだが、10年前、勇人の家族が、優樹菜の家の近くに引っ越してきた時に感じた嬉しさを、優樹菜は、今でも忘れられない。


 小学校に入学する前から“あたりまえ”のように、学校には2人で登校し、それが6年間続くのだと思っていた。


 ただ、未来は、そうはならなかった。


 小学5年生になった年。優樹菜には新しい友達ができた。


 その女の子は、2人と同い年で、勇人が先に仲良くなって優樹菜に紹介してくれたのだった。

 彼女は能力者で、とても引っ込み思案な子だった。


 度々勇人とその子が会うことが増え、いつしか3人で遊ぶようになった。


 優樹菜は「新しい友達ができた」と、素直に嬉しかった。積極的に彼女に話しかけたが、彼女はどこかおどおどした様子で応じた。


 それは彼女が“人見知り”だからだと、優樹菜は思っていた。


 しかし、それは違うようだと、感じる瞬間があった。


 勇人と話している姿を見ていると、彼女はとても明るい女の子のようなのだ。よく話し、よく笑う。自分といる時とは正反対だ、と優樹菜は思った。


 3人で話している時は、ほとんど優樹菜と勇人、もしくは勇人と彼女の会話へと、形が変わり、優樹菜が振った話題には彼女は反応せず、勇人はそれを気遣ってか、彼女に会話を振る。そうすると、優樹菜は入る隙がなくなってしまう。それでも、いつかは彼女も3人でいることに慣れて“あたりまえ”のように会話ができる日が来るのだろうと優樹菜は思い、我慢し続けた。


 それが「もういい」となったのは彼女と出会って、1ヶ月弱くらいのことだった。


 優樹菜の中で、3人で過ごすことが一種の苦痛になり、ある日、我慢の限界が訪れた。


「何でこんな気持ちにならなきゃいけないの?いつまでこの気持ちが続くの?」


 そう思ったのを今でもはっきりと覚えている。


 彼女との仲は深まるどころか、いつしか溝ができて日々、広がっていった。


 それは、優樹菜の思いとは裏腹に彼女は自分と「仲良くしたい」とは思っていないことが感じられるようになってからだった。


「あの子が話に入ってこないんだったら私が」


 そう思い、勇人と彼女が話している中に参加しようと声を上げると、彼女は途端に黙りだし、優樹菜の存在を無視するように下を向く。


 優樹菜はそれを見て、今後2人の会話に口を出すことはやめようと悟った。


 自分と勇人が会話していると女の子がそばで俯いているのを見る時間。


 勇人と自分の友達ではない女の子が会話しているのを見る時間。


 それは全く楽しいものではなかった。


 優樹菜が“楽しい”と感じる時間。以前に“あたりまえ”のようにあった時間は一人の女の子が壊してしまった。


 いつしか「あの子がいなければ……」そう思いながら、勇人の友人を見つめていた自分に嫌気が刺し、「自分は最低な人間だ」と、その日はベッドで涙を流した。


「悪いのは、全部私なの?」


 そう自分が心に語り掛ける。


「たしかに私があの子に対して思ってることは最低だけど、私はあの子に嫌なことをしたわけじゃない」


「うまくいかないのはあの子が私を嫌ってるからじゃない?」


「だったらそんな人のために悩みたくない」


 これまでの我慢や悩みが馬鹿らしく思えた。


「もういい。こんなこと続けたくない」


 次の日。優樹菜はいつもより早く家を出て1人で学校に向かった。


 いつも勇人と歩いていた通学路。見慣れたはずの景色はまるで違って見えた。


 教室に着くと具合が悪いわけでもないのに顔を机に突っ伏し、登校してきた勇人に声を掛けられたが、聴こえていない振りをして顔を上げなかった。


 休み時間はいつも勇人と過ごしていたわけではなく、それぞれ女子、男子のグループに属していたのだが、その日はクラスメイトと輪を作って話している間に、優樹菜は微かに勇人の視線を感じた。だが、優樹菜は決して勇人と目を合わせようとしなかった。


 放課後、教室を出た瞬間に、勇人に呼び止められた。


 これには優樹菜も振り返ったが、その時、初めて勇人に苛立ちを感じた。


「なに?」と、問う自分の声の冷たさは今でも覚えている。


 返ってきたのは「大丈夫?」という勇人の言葉だった。


「大丈夫なわけないでしょ」


 頭で考えるより先に、声が出ていた。


 それくらい嫉妬を感じていたのだと優樹菜は自覚した。


(わたしって、醜い)


 痛いくらいにそう感じながら優樹菜は勇人に背を向け、一歩を踏みしめるようにしてその場を去った。


(心配して欲しかったんじゃない)


 帰り道、優樹菜の目には涙が浮かんでいた。


(謝って欲しいんだよ、わたしは)


 “辛い思いさせてごめん”───そう言って欲しかった。


 勇人は悪くない。そう分かっていても、優樹菜はそう思わずにはいられなかった。


(わたしが悩んでるのに気付かないで、あの子と楽しそうにしてたこと……、許せない)


 それはただの思い込みにしか過ぎないのかもしれなかった。


 本当は以前から、勇人は優樹菜が不満を抱えていることを察し、事情を訊くタイミングを伺っていたのかもしれない。それが勇人を意図的に避けた、この日だったのかもしれない。


 勇人は優しい子だった。その優しさが優樹菜にとって不安になるほどに、誰にでも分け隔てなく。


 家に帰ってから部屋に閉じこもり、優樹菜は自分がしてしまったことを後悔した。


 勇人を傷つけるようなことをしてしまった。


 今、この瞬間、勇人も自分と同じようにしているのではないかと思うと胸が締め付けられた。


(……でも)


 次の瞬間。優樹菜はとても悲しいことを考えた。


(勇人にはあの子がいるから……)


 悲しくて寂しくて、優樹菜は1人、声を上げて泣きじゃくった。


 声を聴いた母に「どうしたの?」とドアを開けられ、優樹菜は母に泣きつき、その後、全ての事情を打ち明けた。


 母は優樹菜の肩を優しく抱き、「月曜日、勇人くんに会ったら、このことをちゃんと話して謝りなさい」と、言った。


 優樹菜は言われたとおりにしようと、土曜日、日曜日を家で過ごした後、いつも勇人と待ち合わせていた時間に家を出た。


 しかし、学校に間に合わない時間になっても勇人は来なかった。


 学校に着いてから担任教師に勇人が何故来ていないかを尋ねると、「連絡がなくて……」という言葉が返ってきた。


 次の朝も、優樹菜は勇人を待った。


 昨日は急に用事ができたのかもしれない。今日はきっと会える。


 その期待は叶わず、今度は担任に「何か聞いてない?」と、尋ねられることになった。


 次の日も、その次の日も、優樹菜は勇人を待った。


 そして次の週になる頃、優樹菜の話を聞いた母が、勇人の母に連絡を取った。しかし、電話は通じず、ついには2人で家を訪ねてみたが、反応は無かった。


 そうして、それを繰り返している内に、優樹菜は母から、勇人が引っ越したらしいという話を聞いた。


 それから優樹菜と勇人───2人は、一年前の、あの日まで、会うことはなかった。


 再会するまでの約4年間。優樹菜の心には勇人を傷つけてしまった、あの日のことがいつまでも残り続けていた。


(いや……、今も、かな)


 優樹菜はいつの間にか目を閉じていた。


(私、今でも……)


『……次は、與那海岸……、與那海岸で御座います』


 アナウンスに優樹菜ははっと目を開けた。


(降りなきゃ)


 降車ボタンを押してから数秒でバスは海岸沿いの道に停まった。ドアの開く音と共に、優樹菜は立ち上がった。

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