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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
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June Story8

兄を知る人物との、予期せぬ再会。

 朝のニュース番組で「記録的な大雨が観測される」と、予測されていた時刻。


 蒼太は青い傘をさし、駅の方向へと向かっていた。


 じめじめとした空気と、傘に当たる激しい水の音は、感じていて心地良いものでは決してなく、早く建物の中に入りたい一心と、人を待たせてしまっている罪悪感で蒼太は早歩きに道を歩く。


 普段であれば、この時間帯は本拠地から家への帰路を歩いている頃なのだが、その予定が変わったのは、翼の元に届いた蒼太宛のメールによってだった。


 ˝後輩くん、忘れ物してるよー˝


 文章でも琉輝のゆったりとした口調は変わらないようだが、蒼太はそれを翼に見せられた時、大いに焦りを感じた。


 そして、何を忘れてしまったのか考える間もなく、本拠地を飛び出し、今度は一人で、今日二度目となる、琉輝宅を訪れる流れとなったのだ。


(けど……、今考えてみても、何忘れて来ちゃったのか、分からないっていう……)


 蒼太は毎回、帰宅する前に本拠地で荷物の確認を行うのだが、琉輝から連絡があったのは、それを行った後の事であった。


(財布も、携帯も、バスの定期券も、琉輝さんに貸したノートと、ペンもちゃんとあった)


 蒼太が˝いつも持ち歩いている˝と思っている物たち以外の物が、琉輝によって発見されたということなのだろう。蒼太は心底、琉輝に申し訳なくなった。


 マンションの入り口が見えてくると、蒼太は緊張を感じ、傘の柄をギュッと握りしめた。


(や……、でも大丈夫。……琉輝さんは、良い人だから……)


 自分に言い聞かせるようにし、不安を解消しながら、前に進むと、マンションの自動ドアが開き、中から人が出て来るのが見えた。


「……え?」


 蒼太は思わず、短い声を上げ、足を止めた。


(兄ちゃん……?)


 確かに、勇人がそこにいた。


(何で……?)


 今日は───いや、今日も、勇人は本拠地に姿を現していなかった。


(兄ちゃんの家って、ここなの……?)


 大いに戸惑っていると、勇人が体を蒼太が立っている方に向けるのが見えた。


 蒼太はドキリとし、思わず、傘で顔を隠す。


 勇人との距離は近く無かったが、お互いに進むことで、勇人とすれ違う瞬間はすぐにやって来た。


 下に向けた視線が、勇人の姿を僅かに捉えると、蒼太は胸が痛むような感覚に襲われた。


(……なに、してるんだろう……)


 勇人と再会してから、何度も思ったことは、未だに叶えられていなかった。


 それは勇人と会う機会が無いからだと、蒼太は考え、次に会うことができたら、勇人に話しかけようと思っていた───のだが。


(今だって良かったじゃん……。兄ちゃんと、2人で話せるきっかけにできたはずなのに……)


 下唇を噛むが、蒼太が自身に与えたい痛みには、到底及ばなかった。


(……何で、自分から避けるの……?)


 以前、勇人に突き放された時、蒼太はその理由を勇人に問いかけた。


 ˝どうして突き放すの?˝


 あの時、勇人からの答えは返って来なかった。


 同じように、蒼太は勇人を今、避けてしまった理由が、浮かんでこないことに気が付く。


(……だめだ。……ぼくが兄ちゃんのこと、気にしなくなったら、もうそれって……)


 蒼太は目をぎゅっと瞑り、首を横に振る。


(……大丈夫。……兄ちゃんがどうでも良くなったわけじゃないから……)


 そう心の中で自分に言い聞かせてみると、少しだけ気持ちが落ち着いたが、胸の辺りが重い感覚は、残ったままだった。


 ※

 

 傘を畳み、マンションのエントランスに入ると、「おー、来たねー」という声が蒼太を出迎えた。


 顔を上げると、奈須琉輝がエレベーターの横に立っており、蒼太は「あっ……」と、声を上げながら、駆け寄った。


「ごっ……ごめんなさい……」


 忘れ物をしてしまったことと、待たせてしまったことを含めて謝罪すると、琉輝は表情を変えずに首を振り、


「全然いいよー。はーい、これー」


 蒼太がしてしまった˝忘れ物˝を差し出してきた。


 蒼太はそれを見て、目を見開く。絶対に失くしてはならない、大切なものがそこにあった。


「君のだよねー?」


 問われて、蒼太は「は……はい」と、頷いた。


 そして、˝忘れ物˝をそっと手に取る。


 水色の布でできた御守り───蒼太が常に持ち歩いているものだ。───が、結ばれていたはずの、白い紐は解けてしまっている。蒼太はこれを琉輝の部屋に落としてまった経緯を理解した。


(いつもは小さいポケットの中に入れてたのに、今日、何となく鞄に結んで外に出してたんだった……、そうしたら、この結果って……)


 蒼太は心底、自分の運の悪さを痛感する。


「さっき、床に落ちてたの見つけてさー、たしか、君がカバンに付けてるの、見た気がしたから、連絡したんだー」


(そ、そうなんだ……)


 蒼太は自分が思っていた以上に琉輝に観察されていたことに動揺しつつ、見つけてくれたことに対し、礼を言い、深々と頭を下げた。


 頭を上げると、琉輝が「後輩くんさー」と、蒼太をじっと見つめてきた。


「この後、時間あるー?」


「えっ……?時間……ですか……?」


 思いがけない質問に、蒼太は戸惑う。


「なんかさー」


 琉輝は一瞬、エレベーターの方を向き、蒼太に視線戻しながら、こう言った。


「ここに住んでる知り合いに、君の話をしたんだけど、そしたらその人に、君に会わせて欲しいって言われたんだよねー」


「えっ?……えっ、え……?ぼ、ぼくに……ですか……?」


 一体、誰なのだろう───と、蒼太は全く見当が付かず、焦りを感じた。


 とにもかくにも、どんな人物なのか分からずに対面するのは不安が大きすぎる。


 琉輝に詳しく話を訊こうと思った時───、エレベーターのドアが開き、女性が降りてきた。


 薄い桃色の髪を後ろで束ね、白衣を着た女性の姿を見た蒼太は「あれ……?」と、声を上げ、その姿に見覚えを感じる。


(……たしか……)


 蒼太の中で答が出る前に、女性が物凄い勢いで蒼太の方へと向かってきた。


 思わず、びくっと身構えた蒼太の身体を、女性の腕が抱きしめる。


 柔らかい感触が蒼太を包み込み、


「久しぶりだね~!元気だった!?」


 昔、聴いたことがある声がした。


 目が合い、蒼太ははっとする。


「……すみれ、おばさん……?」


 蒼太の声に、女性は目を輝かせ、


「久しぶりだね、蒼太」


 大きく頷いて、笑顔を見せた。


 その笑顔は亡くなった母によく似ていて、蒼太は正真正銘、この人が、母・さくらの双子の妹───すみれであることを確信する。


(琉輝さんの知り合いって……、おばさんのことだったの?)


 蒼太は驚きを隠せないまま、琉輝を見る。


 琉輝は相変わらず、表情を変えずに、


「良かったねー、先生」


 と、すみれに向かって手を叩いていた。


 ※                     


「そっか。じゃあ、北山には、戻って来たばっかりなんだ」


 すみれは蒼太の話を聞き終えると、頬杖をつきながら柔らかく目を細めた。


 その表情はやはり、母に似ていて、蒼太は頷くと、すみれが出してくれた麦茶を一口、飲んだ。


「……おばさんは、ずっとここにいたんですか?」


 距離感が掴めず、敬語で質問をすると、すみれは「ううん」と、肘をテーブルから下ろした。


「旦那さんがね、高校の先生をやってるの。だから転勤であちこち引っ越して、一昨年、戻ってきたの」


 蒼太は「そうなんだ……」と呟くように言った。


 記憶にあるすみれは独身で、この町で一人暮らしをしていたはずだった。


「私はって言うと、カウンセラーをやってて」


「カウンセラー……?」


 首を傾げる蒼太に、すみれは、


「その人が持ってる悩みだったり、問題を聞いて、一緒にそれを解決しましょうってアドバイスをする仕事」


 と、説明を加えた。


 蒼太は思わず、「へえ……」と、声を上げる

(そんな仕事があるんだ……)


 蒼太にとってすみれは唯一と言っていいほど、顔を知っている親戚であった。


 非異能力者であった母とは違い、能力者であるすみれは、昔、蒼太がこの町から引っ越す前はよく蒼太の家を訪れ、蒼太、そして勇人と遊んでくれていた。当時から極度の人見知りで、家族以外の人には全く懐かずにいた蒼太も、すみれだけは平気で、今思えば、それは母に見た目と話し方がそっくりであることに理由があったのかもしれない。


「さっきの、琉輝くんも、私の患者さんなの。同じマンションに住んでるっていうこともあって、あの子とは頻繁に会うんだけど、ついさっき、晩ご飯のおかずを届けに行ったら、つい、話し込んじゃってね。そこで、蒼太の名前が出てきて、会わせてもらうように、頼んだの。それにしても、本当にびっくりした。───まさか、˝ASSASSIN˝のメンバーになってたなんて」


 あまりに自然にすみれがその名を口にしたため、蒼太は頷きかけて、「えっ?」と、声を上げ、動きを止めた。


 見開いた目をすみれに向け、「……な、なん、で……?」と、問いかける。


「……˝ASSASSIN˝のこと、知ってるんですか……?」


 半ば震え気味の蒼太の声に、すみれは「ああ」と、苦笑し、


「ごめんね。そういえば、説明してなかった。て言っても、何から話せばいいんだろう?んーとね」


 すみれは顎に手を当て、一瞬、逸らした目を再び蒼太に向け、こう言った。


「蒼太さ、勇人と会った?」


 蒼太はその問いに2つの意味でドキリとした。


 一つは、すみれの口から勇人の名が発せられたこと。もう一つは、勇人とすれ違った時を思い出したからだ。


 蒼太は動揺しながら「えっと……」と、答に悩む。


 すると、すみれが「あのね」と、口を開いた。


「私、お父さん───亮助さんから、勇人のこと、頼んで貰ってて、その関係で、知ってるの」


「え……」


 蒼太は目を見開いた。


「兄ちゃんと……、会ってるんですか……?」


 すみれは穏やかさをたもったまま、かつ、蒼太を焦らせないためか、ゆっくりと、深く、頷いた。


「───亮助さんから、聞いた。蒼太も、勇人のこと、知ってるんだよね?」


 そして、蒼太の目を見据えた。


 勇人のこと───勇人が蒼太の家を出てから、遭った出来事。


(おばさんも……、知ってるんだ……)


 その後、すみれは語り始めた。


 亮助と数日前、会った時、蒼太の話をされたそうだ。


 蒼太がこの町に戻ってきたこと、“ASSASSIN”のメンバーになったこと、自分の口から勇人について聞かせたこと───それらを知ったすみれは、それ以来、ずっと蒼太に会いたいと思っていたらしい。


「勇人とはちょくちょく会ってて、色々知ってるんだけど」


 すみれの言葉に、蒼太はある考えに至った。


(今日も……、兄ちゃんは、おばさんに会いに来てた……?)


 メンバーとは関わろうとせず、学校に行っても授業にほとんど出ないという勇人が、頻繁に会う相手───蒼太は、母の面影がはっきりと感じられる、叔母の顔を見つめた。


(それって……)


 一気に、蒼太の胸に、熱くて重いものが込み上げた。


(……おばさんが、お母さんに、似てるから……?)


「───どうしたの、蒼太?」


 すみれの声に、蒼太ははっとした。


 気が付くと、手の甲が、濡れていた。


 すみれが立ち上がる。


 蒼太はそこで、自分がいつの間にか、涙を流していたのに気が付いた。


 ぼろぼろと、粒になって、目から溢れて止まらなくなっていた。


 理由を聞かず、すみれは蒼太の肩を抱きしめてくれた。


 蒼太は、何が悲しいのか、悔しいのか、不甲斐ないのか、理由が分からずに、泣いた。

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