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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第1章
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April Story1

能力者の少年・清水蒼太。

血の繋がらない父と2人で暮らす蒼太は、幼少期を過ごした田舎町へと引っ越すことになる。

その町で待つ、出来事と出会いの数々を、蒼太はまだ、知らない───。

 暗く、狭い路地の中。


 その片隅に、ただ一つだけ、水色の蓋付きゴミ箱が置かれている。


 誰かがここに置いていったのか───薄汚れたその外観と、蓋の中から溢れかけている、積み重なったビニール袋。


 そんな、誰も近づきたがらないような物体の後ろに、一人の少女がいた。


「聞いて聞いて!今ね、ちょうどいい隠れ場所見つけたの!何だと思う!?」


 少女は、ゴミ箱の裏に身を隠すようにしゃがみ込みながら、耳に当てたスマートフォンの向こうに呼びかける。


「知らないわよ。大体、いちいちそんなことで電話してこないで」


 返ってきたのは、微かな苛立ちを含んだ声だった。


「だってー、あまりにも、隠れるために置かれたみたいなんだもん、これ。たぶんこれ、"隠れる専用"!あたし、このゴミ箱持って帰りたい!ねえ、優樹菜ゆきな、これ誰も使ってないみたいだから、あたしがもらってっていいよねっ?」


「いいわけないでしょ。あんた、ほんといい加減にしなさいよ。遊びに行ってるわけじゃないんだからね。しっかり集中しなさい。ほら、もう、切るからね」


「あー!まだちょっと待って!優樹菜、こういうゴミ箱って、どこで売ってると思う?いくらくらいするのかな?あたし、今年の誕生日、これが欲しい!」


「あおちゃん」


 スマートフォンを当てていない方の耳───左耳から、声がした。


標的ターゲット、来たよ」


 少女は、「はっ!」と息を呑んだ。


 前方の道を覗き込むと、一人の男が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 ボサボサの髪に、ぼんやりとした目をした、背の高い男───間違いない。


「優樹菜!今来たから、電話切るね!」


 少女は、早口でそう言うと、スマートフォンをポケットに仕舞い込んだ。


「見る限り、あおちゃんがいることにまだ気づいてなさそう。いつも通りの方法で、いけると思う」


 耳元でする少年の声に、少女は「うん!」と頷いた。


「じゃあ、行ってくるね!」


 少女は、そう呼びかけ、一気に駆け出した。


 突然ゴミ箱の裏から現れた少女の姿に、男が目を見開く姿が、一瞬、見えた。


 少女は、その青い瞳から、青い光を放つのと同時に、身体を、空中───男の頭上へと、移動させた。


「おりゃっ!」


 少女は、掛け声とともに、男の頭を、思い切り蹴飛ばした。


 瞬間移動の勢いにより、衝撃が増した少女の蹴りは、男を気絶させるのに十分だった。


 男が地面に倒れ込むのと、少女が地面に着地するのは、ほぼ同時だった。


 少女は、男の身体に手を触れた。


 地面に倒れた男が、一瞬のうちに、その姿を消す。


「お疲れ様、あおちゃん」


 耳元で、声がする。


「お疲れー!」


 少女は、声を返して、「ふぅーっ!」と、息を吐き出した。


「今日の仕事、完了!」


 少女は、満面の笑顔を、青い空に向けた。


 ※


 清水蒼太は車窓から見える景色をぼんやりと眺めていた。


 見慣れた町の景色、この景色を見るのは今日が、今この時が最後なのかもしれない。そう思い、蒼太はほっと息を吐き、座席に寄りかかる。


 4年間暮らしたこの町に、良い思い出は殆どない。嫌な事も、悲しい事も、辛い事も、この町を出れば無くなる、忘れることができる───そう、蒼太は思っていた。


 だから、引っ越しの話を父からされた時、蒼太は一切、反対しなかった。


 小学4年生の春休み最終日。それは蒼太にとって、6歳まで住んでいた田舎の家に引っ越す日だった。


 薄らと頭に残っているその家での生活は、楽しいものだった。


(お父さんがいて、お母さんもいて、後……)


 そう考えた時、楽しかった思い出が、実は現実に存在していないものなのでは無いかと感じてしまい、「そんなことない」と、首を横に振る。


(……会いたいな……)


 そう思うのは何度目だろう。


 そして、蒼太は窓に写った、自分の顔を見て、毎回、同じことを思う。


(普通になりたい……)


 蒼太は白髪に水色の瞳をした少年の顔から目を逸らして、俯いた。


「蒼太?」


 そう呼ぶ声に蒼太は再び顔を上げることになった。


 見ると、父とルームミラー越しに目が合った。


「眠くなった?まだ着かないから寝ててもいいよ」


 どうやら蒼太が顔を伏せたのを眠いのだと勘違いしたようだ。


「あっ、ううん……、まだ大丈夫」


 蒼太は首を振った。


 車を運転する父と、その後ろの座席に座る蒼太───4人乗りの車内にいるのはこの2人だけだ。


 空いている助手席に座らないのは、蒼太が父との距離感がうまく掴めないことに由った。


 それは、蒼太と父の間に血縁関係は一切なく、5年前、事故で無くなった母が、蒼太が1歳の時、˝本当の父˝と離婚し、今、車を運転している父と再婚したことで家族になった関係だから、ということに原因がある。


 もうすぐ、家族になってから10年以上が経つものの、蒼太は父に対して、˝本当の父˝という感情は未だ持てずにいた。


 それが何故なのか、蒼太にはわからない。


 父のことが苦手なわけではないし、優しくていつも自分のことを最優先して考えてくれる父のことが、蒼太は大好きで大切なはずなのに。


(これから行く町の名前……北山だっけ)


 蒼太はシートに深く寄りかかった。


(……生まれたところだし、住んでた町なのに、名前聞いてもピンとこないな……)


 高速道路の横には海があり、蒼太は窓越しに海を見た。


(北山には海あるかな?)


 ふとそんなことを思った。


 蒼太の記憶の中に小さい頃、母に、海に連れて行ってもらった事があるのだが、どこの海だったかは思い出せていなかった。


(もしかしたら……、北山の海だったのかも……)


 急に目がぼんやりとしてきて、蒼太は目をこすった。


 父も言っていた通り、まだ着くまでに時間がかかりそうだ。


 目を閉じた蒼太の頭に浮かんだのは「北山に着いたら海を探してみよう」という自分らしくない、そんな考えだった。


 ※                                  


「───蒼太?」


 その声に蒼太は目を覚ました。


 見ると父が運転席からこちらを振り返っていた。


(どこ……?)


 蒼太が窓に目を向けることに気づいた父が「インターチェンジだよ。少し休憩」と答えた。そこで蒼太は車が広い駐車場に止まっていることに気が付く。


 蒼太は深く息を吸い込み、肩を下した。寝起きで頭がぼんやりとする。


 父は「外の空気吸ってくる」と外に出たが、蒼太は前方に見える店屋の前に人が集っているのを見て車内に残ることにした。


 隣のシートに置いたスケッチブックを手に取り、ページを開こうとした時、無意識にページの間に挟んだままにしてあった鉛筆が蒼太の足の上に転がった。


「あっ」と声を上げた時には、鉛筆はフロアへと落ちていく。


 ───が、フロアと触れる直前で鉛筆は動きをピタリと止めた。


「ああ……」


 蒼太は溜息を吐き、鉛筆を拾う。


(またやっちゃった……)


 顔を上げた時、殆ど無意識に見たルームミラーに映った自分の顔と目が合う。


 水色の瞳から、薄らとした青い横一直線の光が放たれているのを見た蒼太は、びくりと肩を揺らし、その光を消すように固く目を閉じた。


 何度見ても、この光は蒼太を嫌な気持ちにさせる。


 そっと目を開けると光は消えていた。


(……こんな風に消せたらいいのに……、この力も……)


 蒼太は鉛筆を握った右手を見つめる。


 絵を描く気には、なれなくなった。



『この世には˝異能力˝と呼ばれる特殊な力を持って生まれる人間がいる。異能力を持った人間は˝能力者˝と呼ばれ、現在日本にいる能力者は人口の2割ほどである。能力者はそれぞれ違った異能力を持ち、能力を使用する際には瞳が異様な光を放つ。能力者と非能力者を見分ける方法は簡単である。能力者は毛髪と瞳の色のどちらか、もしくはどちらも特殊な色をしているからだ。・・・』



 いつだったか、学校の図書室で読んだ本に書いてあった文章を、蒼太は思い返した。 


(たしか……、あの本を書いた人って、非能力者の人だっけ……)


 確か、こう記されていた。『これを書いている私は能力者ではないので』、と。


(能力者の気持ちは、能力者にしかわからない……)


 蒼太はその作者にそう言いたくなった。“物を操る”能力者として、能力者であることで、いじめに遭ってきた人間として、世間にそう訴えたくなった。


(でも……、そんな勇気ないし、ぼくが言ったところで変わらないんだろうな……)


「だったら……」と、蒼太は思う。


(やっぱり、ぼくが変わるしかないのかな……?)


 運転席のドアが開く音で蒼太の思考は一旦止められた。


「よし、後少しだな」


 父は車に乗り込むとそういってシートベルトを締める。


「あっ……、ねえ、お父さん」


 蒼太は父がエンジンをかける前に、気になっていたことを尋ねることにした。


「……北山って、海ある?」


 振り返った父に、蒼太はそう尋ねた。


「うん、あるよ。そっか、今まで無かったもんな」


 父が微笑む。


 父の言う通り、2時間前まで住んでいたあの町には、海が無かった。


「うん」と小さく頷く蒼太にも、嬉しい気持ちが込み上げた。                              

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