June Story6
"ASSASSIN"の裏をかく五十四奏多。
一方、”ASSASSIN”は奏多の存在を、特別組織対策室に知らせるが───。
「孝太郎?今、話せる?」
奏多は海岸を歩いていた。
『ああ、問題ないぞ』
耳元から返って来た孝太郎の声に、奏多は笑顔になり、こう告げた。
「成功したよ、問題なく」
孝太郎は驚いた様子を感じさせることなく、『どんな手を使ったんだ?』と、尋ねてきた。
「簡単さ。尾身さんが捕まったのは昨日。そして、専用署での取り調べは今日からの数日間のどこかで行われる───そう思って張ってたんだ。そうしたら、案の定、来たんだよ、能力者の子供が2人」
『お前の勘は、相変わらず良く当たるな。で?接触したのか?』
「専用署の目の前で暴動を起こすような、馬鹿な真似を避けるために、気付かれない程度に話しかけるのに留めたよ。その間に、一人に発信機と盗聴器を付けといた」
『相手は?疑ってたか?お前のこと』
孝太郎に問われ、奏多は「うん」と、笑顔のまま答えた。
「流石と言うべきだろうけど、やっぱり子供だね。何をするつもりか分からないけど、僕のことを後ろから撮影してた」
奏多は爪先で砂を搔きながら、バスの車内で感じ取った気配を説明する。
『だったら、圧倒的に有利なのは俺達ってことか?』
「そうだね。後は、盗聴器の音声を確認すれば分かると思うよ───彼らが、僕たちの邪魔をする気が、あるのかどうか」
奏多は、視線を上に向けた。
上部の道を、見覚えのある2つの影が通って行く。その影は、道の突き当りにある、赤いコーンに掛けられた˝立ち入り禁止˝の文字の向こうへと消えていった。
(あの奥に、基地があるのか?)
目を細めた時、「なあ、奏多」と、孝太郎の声がした。
「俺たちが、"ASSASSIN"を追っているを外部に知られたら、どうなると思う?」
唐突な問いに、奏多は僅かに、返答が遅れた。
「どうなるって?何か、気がかりなのかい?」
「ほら、いつも、あの人が言ってるだろう───"ASSASSIN"には、手を出すな、と」
その言葉に、奏多は「ああ……」と、声を漏らした。
そうだった。自分としたことが、今回の件に際して、あの人物が関与してくる可能性を、深く考えていなかった。
「まあ、まだ、どうこうすると決まったわけじゃないからね。現時点で、その対策は張らなくていいんじゃないかな」
『……そうだな』
孝太郎は、そう言いながらも、まだ何か、気がかりが残っているようだった。
『奏多、気を付けろよ』
僅かな間の後で、孝太郎は、そう言った。
『彼女は、"ASSASSIN"に危害を加えようとした奴のことは、決して許さないらしい。それが、どんなに些細なことであろうとも、場合によって、殺される。お前の最後が、そんなものになるのを、俺は見たくない』
「分かってる。くれぐれも、慎重に動くとしよう」
奏多は、口元に笑みを浮かべ、通信を切った。
※
「───ああ、分かった。また、詳しいことが決まり次第、連絡するな」
矢橋亮助は電話を切り、廊下から室内へと戻った。
「翼からだった。目撃情報だ」
言いながら、デスクへと歩くと、同僚である中野舞香が水の入ったペットボトルを口から離し、
「特徴は?」
と、尋ねて来た。
「黒髪。身長は160センチ前後」
「160?女?」
キーボードを打ちながら、舞香が顔を上げる。
「いや、子供らしい」
亮助は答え、手帳を舞香に差し出す。
「名前は、五十四奏多」
「いつし?……ああ、これね」
舞香は亮助の手帳に漢字で名前が書かれていることに気付き、声を上げた。
「目撃情報にしては、随分詳しいね」
「すみれさんのところの、奈須琉輝くんのこと、知ってるか?」
「奈須……?ああ、情報屋やってるっていう?」
「その子に、能力で調べて貰ったらしい」
亮助は翼に電話越しに聞いた話を思い出す。
「なるほどね。子供の殺し屋かー。結構厄介そうだね」
舞香は椅子に寄りかかり、頭に手を回した。
「過去に“ASSASSIN”に依頼したこと、あったか?」
「いや、無いんじゃない?けど、私が捜査官時代に受け持った時は、かなり手こずった思い出。子供の姿をしてる分、社会に馴染むじゃない?だから、こっちから踏み込みに行きにくいんだよね」
「それは確かに……、心配になるな」
舞香から手帳を受け取り、亮助は舞香が娘のことを暗示しているのを汲み取る。舞香の娘である葵は、相手が殺し屋であろうと、突発的に動く傾向があることを、亮助は理解していた。舞香の立場からすればそれに対する理解は相当深いものだろう。
もし、葵が「子供だから」と、いつもより油断してしまえば、大惨事に繋がりかねないかもしれない───そう考えると、亮助は五十四奏多を˝ASSASSIN˝に依頼するのは留めた方が良いのではないかという考えに行き着いた。
それを舞香に話すと、
「そうだね。私たちで担当しよう」
と、頷いた。
この部屋は、特別組織対策室と看板を掲げた、ここ───北山警察署にしかない部署であった。
所属は亮助と舞香の2人なのだが、それにしては広い室内は、綺麗に右半分が片付いており、もう半分は物で溢れ返っている。
亮助は部屋の中央を、デスクを向かい合わせにして区切った、右側に座り、舞香のデスクに目をやる。
「舞香、お前、家でもそうなのか?」
舞香はチラリと視線を上げ、「そうって?」と、声を上げる。
「家の中でも物をあちこちに散らかしてるのかって」
「私だって、散らかしたくてしてるわけじゃないよ。気付いたらこうなってるの」
舞香の前にはパソコンが一台と、その横に、大量のフラットファイルが山のように積み重なり、デスクの空いているスペースには丸めた紙やペンが散乱している状態だった。
「それはもっと問題だ。その内、重要な資料でも失くすぞ」
「あー、はい、分かりました。今度、掃除します。亮ちゃんってほんとに口うるさいよね、昔から」
舞香はまるで子供のようなことを言い、亮助から目を離す。
亮助は「それはこっちの台詞だ」という言葉を呑み込み、こう見えても舞香は、相当な実力と経歴を持っていることを思い出す。
5年前まで、殺し屋を取り締まるために、全国から選ばれた優秀な警察官をメンバーに設立された組織、˝hcf˝で働き、「敏腕捜査官」という称号を手にしていた彼女は、その名を決して裏切らない功績を残し、その姿を亮助はかつて、間近に見ていたことがあった。
現在は、˝HCO˝解散を機に、この部署に配属となり、亮助と共に働いている。
この部署の仕事内容は、殺し屋を把握し、˝ASSASSIN˝へ依頼することで、2人は日々、殺し屋の影を追っていた。
亮助は指令のまま配属となった身だが、舞香は自ら志願したらしく、
「亮ちゃん一人で長く続くわけないでしょ?」
そう言いながら、大量の荷物を部屋に落ち込んで来た姿は、未だにはっきりと、亮助の脳裏に焼き付いている。
小中高校をともにし、その後、警察学校の同期となった亮助と舞香だが、今、こうしてお互い親になり、同じ職場にいることを考えると、感慨深い気持ちが、亮助の中にはあった。
それがまるで伝わったかのように、舞香が口を開く。
「最近、どう?勇人くんとは」
亮助は「いや……」と、言葉を返し、舞香から目を逸らす。
「変わらず、だな」
舞香は亮助を見つめたまま「そっか」と、何気ない調子で答えた。
「あんまり焦らずにね」
椅子の背に寄りかかり、いつもの楽観的な口調で舞香は言う。
亮助は逸らした視線を再び向けた。
そこには明るく穏やかな表情の舞香がいる。
「どんなことでも受け止める」───そんな言葉が秘められているような微笑み。
亮助はキーボードから手を離し、「時々……」と、心の打ちを打ち明けることとした。
「考えるんだ。……さくらだったらどうするんだろうって」
亮助が口にしたのは、今は亡き、勇人の母の名前だった。亮助の妻であり、舞香にとっては親友であった女性。
「……“どうするんだろう”、って?」
答える舞香の声が、僅かに小さくなった。答が分かっていながら問いかけているのだ。
「もし、今……、勇人といるのが俺じゃなくて、さくらだったら」
亮助は瞼の裏に、あの、眩しすぎるくらい無邪気な笑顔を浮かべる。
「さくらはどう、勇人と接して、何を話そうとするのか」
言いながら、亮助は相手を戸惑わせ、悩ませるような話を自分はしていると、苦しいほどに自覚した。
「……考えても、答は出ない。分かっていても、考えずにいられないんだ。……どんなに“なりたい”と思っても、俺はさくらになれないのに」
数秒、沈黙が流れた。
外から誰かの話し声がぼんやりと聞こえてくる。
「……正解なんて、無いんじゃない?」
静かに、舞香が答えた。
亮助は視線を上げ、彼女の目を見た。
「私には……、亮ちゃんの気持ちの全部は、分からない。分かってあげたくても、代わってあげたいって思っても、それはできない。でもね、だからこそ、分かりたいって思うの。助けたいって思うの。……私がそう思ってるってこと、忘れないでね」
舞香はそう語り、
「ほら、暗い顔しないで。五十四奏多について、調べるよ」
明るく立ち上がった。
その笑みは、今の亮助にとっては、小さな希望へと変わった。
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