June Story3
”ASSASSIN”と殺し屋組織が、接触し始める───。
『もうすぐ、来るよ。ガードは堅そうだから、いつも通り、頭を狙った方が良いと思う』
通信機から聴こえる翼の声に、葵は「りょーかい」と、返事をし、真下を見下ろす。
殺し屋は人目に付かない場所を使って移動する。今回は、公園裏の森の中だった。
葵は木の幹に立ち、下を通る男の姿を待つ。
葵はチラリと、足元を見た。
そこ───葵が立つ木の幹には、監視カメラがくくりつけられている。
殺し屋の姿を追うために、昨夜、葵の母であり、警察官の、中野舞香が設置したのだ。
このカメラに映った映像を、本拠地にいる翼が、パソコンの画面越しに見つめている。
深呼吸を一度したタイミングで黒い半袖姿が見えた。
「来た。行くね」
葵はそう宣言し、能力を使って、男の背後───空中へと移動した。
後頭部を狙い、いつも殺し屋を捕まえる時にしている飛び蹴りをする───が。
激しい衝撃により、葵は後ろへと吹き飛んだ。
とっさに能力で地面へと降り立つが、男に腕で防がれたことによる右足の痛みにその場にしゃがみ込んだ。
「痛っ……!」
葵にゆっくりと、男が近づいて来る。
今回、警察に捕まえることを依頼された、尾身研吾という殺し屋だ。
「ガキが。気付かれないとでも思ったか?」
尾身は葵を見下ろし、淡々と言った。
(瞬間移動の気配に気付くって……、手ごわすぎじゃない?)
葵は考えながら、立ち上がろうとした。
「動くな」
即座に、尾身に止められた。
葵は無言で腰を下ろす。
尾身は銃を取り出し、銃口を葵に向けた。
「何者だ?」
「˝ASSASSIN˝って言えば、伝わる?」
問いかけると、尾身は「˝ASSASSIN˝……」と、呟き、
「俺をサツに引き渡すつもりってことか」
と、答えた。˝ASSASSIN˝の存在をある程度、理解しているらしい。
「そうだよ。でも、そうなりたくないから、あたしに銃向けてるんでしょ?」
「ああ。───すぐに逝かせてやるから、暴れんなよ」
スライドを引き、焦点を葵のこめかみに合わせる尾身。殺しに際して、多くを語らない主義らしい。
葵は顔色を変えずに、尾身が引き金を引くタイミングを見計らった。
『良いよ、あおちゃん』
耳元で指示が聴こえる。
直後、尾身が銃を撃った。森の中に銃声が響く。
(今だ!)
葵はその瞬間に、尾身の頭上へと移動した。今度は左足を蹴り上げる。
「何度やっても同じだろ!」
尾身の反応は素早かった。
弾を放ったばかりで煙を発している銃口が、葵の身体に向けられる。
「───そっちじゃない!」
尾身が撃つより先に、葵のものではない声がした。
足を払われた尾身は「ぐっ!!」と、声を上げながら身体を仰け反らせる。
葵は狙いを定め、その顔面を強く蹴った。
尾身の手から銃が離れ、草の上へ落ちる。それを拾い上げる手が、地面に降り立った葵の目に見えた。
その手を背景に、尾身が倒れ込む。
「はい!専用署にいってらっしゃい!」
葵は尾身の身体に触れ、殺し屋の刑務所───専用署へと、その体を移動させた。
『2人とも、お疲れさま。通信切るね』
翼の声が、今回の仕事の終了を告げる。
葵は通信機のスイッチを切り、
「光~、ありがとう!助かった」
と、パートナーである光に礼を言った。
「ううん、あおちゃんが気を引いてくれたお陰」
光は首を横に振った後、「足、大丈夫?」と、葵を気遣った。
葵が上っていた木の背後で待機していた光は、葵が尾身とやりとりをしている内に尾身に近付き、能
力によって力を増大させた蹴りを尾身の足に食らわせたのだった。
「ちょっとじんじんするけど、大丈夫!」
葵はにっこりと笑い、光に答える。
「あっ、でも、後から腫れるかもしれないから、冷やした方が良いかも。ちょっと待ってね……」
光はそう言って腰に付けていたウエストポーチを開ける。
「あった。はい、これ」
差し出されたものを見て、葵は「え!?」と、目を見開いた。
「湿布!持ち歩いてくれてたの!?」
光は葵の反応に「うん」と、微笑み、
「いつか役に立つ日が来るかなって思って」
「さすが光……。ありがとう!大事に使わせていただきます」
葵は、光に深々と頭を下げた。
同じ班で活動し始めてから、3週間ほどだが、光には助けられてばかりだった。
葵は、貰った湿布を痛めた部分に貼り付けた。皮膚の表面に広がった熱が冷やされていく。
「よし!」
葵は頭を上げた。
「じゃ、戻ろっか」
今日で何度目かの能力を発動し、本拠地へと自分と光を送ろうとした時───、葵の背後で草が揺れる音がした。
「ん?」
葵は後ろを振り返り、首を傾げる。
「どうかした?」
「や……、なんか、気配みたいなのを感じた気がしたんだけど」
光の問いに答えながら、大きな木の幹を見つめる。
その裏に人の存在を感じ取ろうとしてみたものの、何も異変は起きず、
「気のせい、かな?」
ただ、葵が呟く声が響いた。
※
「大変だ!」
ドアが激しく開いた。
入って来たのは1階に住む、深瀬悟であった。
奏多と孝太郎は同時に、顔を深瀬の方に向ける。
「どうしたの?」
奏多が立ち上がると、深瀬は息を切らし、こう言った。
「尾身さんが……、捕まった」
奏多と孝太郎はそれを聞き、感情を露にはしなかった。
尾身研吾は深瀬の相棒であり、この建物に住む殺し屋の中で1番経歴が長く、皆から慕われている人物だ。
深瀬は身体を震わせ、必死な形相で首を激しく横に振る。
その、かなり動揺している様子に、孝太郎が落ち着いた声で語りかける。
「深瀬、落ち着け。何が起こったんだ?」
「……お、尾身さんに呼ばれて、外に出たんだ。……て、敵がいるから、来いって。そ、それで……、尾身さんのところに行ったら……」
深瀬はしどろもどろで状況を説明する。
年齢は奏多たちよりも上だが、キャリアは浅い深瀬は、普段から感情的になりやすい性格であった。
しかし、ここまで取り乱しているのを見るのは、奏多も孝太郎も初めてのことで、それだけ、尾身が何者かに捕まったことが、衝撃的な出来事であったことを感じさせる。
「……こ、子供2人が……尾身さんを倒して……、専用署へ送ったんだ……!」
深瀬は声を大にして言うと、「嘘だろ……?あの、尾身さんが……」と、頭を抱えて蹲ってしまった。
奏多は孝太郎に、「どういうことか分かる?」と、視線を送る。
孝太郎は僅かに、首を振った。
かなり混乱している深瀬が上手く喋ることができず、意味不明な言葉を話したのかと、奏多は印象を受けたが、深瀬にもう少し深く事情を訊こうとして───不意に、ある考えに辿り着いた。
「ねえ、深瀬」
奏多は床に膝を付き、深瀬と目を合わせる。
「その子供って、能力者?」
「あ、ああ……。2人とも、そうだった……」
「じゃあ、尾身さんを、能力を使って、専用署に送ったんだね?」
「そう……だと思う」
「君はそれを、黙って見ていたの?」
「お、俺にできることは無いって……、そう思ったんだ。尾身さんを倒すくらいの実力がある奴らを、俺がどうにかできるわけ無いって。だから……」
「逃げて来た?」
問うと、深瀬は今にも泣きだしそうな顔で頷いた。
「ふーん」
奏多は答えると同時に、立ち上がり、深瀬の脇腹を蹴り飛ばした。
声にならない声を上げながら、深瀬が床に倒れ込む。
「自分も捕まりたくなかったから?そんな気持ちが湧いてくるなんてね」
奏多は話しかけながら、深瀬の顔を立て続けに痛み付ける。
「尾身さんは死ぬまで君を恨むだろうね。知ってる?専用署に送られた殺し屋に待つ未来。尾身さんは、教えてくれなかった?」
深瀬は答えない。正確には答えることができない、のだったが。
「˝死˝だよ。尾身さんは処刑されるんだ。君も捕まっていれば、同じだった。なのに、君は逃げた」
その責任を分からせようと、奏多は痛みを与え続ける。
「ぐばぁ」と、音を立て、深瀬の口から血が噴き出した。
「恩人を見捨てて、ね。尾身さんは、君を頼ってくれたのに」
「おい、奏多。その辺にしとけ」
孝太郎が奏多の肩に手を触れた。
「死ぬぞ、それ以上やったら」
奏多はその言葉に足を避け、深瀬の顔を見下ろす。
真っ赤な色の中に、白い歯と、目が浮かんでいる。そこに深瀬の顔は、もう無かった。
奏多は息を吐き、視線を孝太郎に向けた。
「この状態で目覚めたところで、じゃない?」
振り返ると、孝太郎は数秒間、深瀬を見つめた後、「───そうだな」と、頷いた。
「尾身さんがいないんじゃ、こいつも用済み、か」
孝太郎はポケットから注射器を取り出し、深瀬の首に、針を刺す。
中に入った液体が無くなった時には、深瀬悟は息絶えていた。
「運ぶか?」
「いや、後にしよう」
奏多は答え、ソファに座った。
深瀬の死体の存在は、すぐに視界に入らなくなった。
「上の階、空いちまったな」
孝太郎は、呟いた。
「場合によっては、僕たちも、ここを出て行かなきゃいけなくなるかもね」
奏多は、淡々と答えた。
「どういうことだ?警察は、取り調べに対して、拷問は行わないんだろ?尾身さんが、ぺらぺらと、組織のことを話すとは思えない。
「取り調べを行うのは、警察じゃない」
奏多は、視線を上げた。
「尾身さんを捕まえた───˝ASSASSIN˝の連中だよ」
「˝ASSASSIN˝?本気で言ってるのか?深瀬は、子供2人だったって……」
「それが証拠なんだよ」
奏多が、孝太郎の言葉を遮る。
「˝ASSASSIN˝は異能組織だ。能力を使えば、それが武器になる。それに、メンバーが全員子供だという噂を聞いたことがある。それが真実だとすれば、尾身さんを子供が倒したっていう話に、納得が行く」
˝ASSASSIN˝は殺し屋の中で、「奴らに目を付けられれば最後」と、言われている組織だ。そんな存在に、仲間が捕まってしまった───それに気が付いたように、孝太郎の目が変化していくのを見つめて、奏多は、ふっと、微笑を浮かべた。
「そんなに動揺することはないよ」
奏多は、言った。
「もし仮に、˝ASSASSIN˝が僕たちのことを嗅ぎまわるような行動を取ろうとしているのなら、それを阻止するまでさ。僕の邪魔をする奴は、誰であろうと許さないよ」
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