June Story2
狂気に溢れた、子供の姿をした殺し屋。
彼の狙いが、明かされる。
「ただいま」
奏多は部屋に入ると、テレビで映画を見ていた孝太郎に声を掛けた。
「早かったな」
孝太郎が振り返る。
「まあね」
素っ気なく答え、奏多はパーカーを脱ぎ、ソファに投げる。
「どうした?トラブルでもあったか?」
「いや、大したことないよ」
孝太郎は画面を停止し、奏多を見た。
「生きがい、だったか。───会ったのか?」
尋ねられ、奏多は「ううん」と、答える。
「けど、姿は見た。間違いなく、あの人だった」
投げたパーカーを手に取り、畳みながら、奏多は見て来たものを話す。
「家まで行ったんだ。そしたら、女の子と話してるのを見た」
孝太郎はその言葉の意味を汲み取るように、間を取った後、「それで?」と、先を促した。
「家にいることが分かったから、呼び鈴を鳴らした。けど、その女の子に止められた」
「ああ、お前、行動を邪魔されるの、嫌うもんな」
奏多は、その時の光景を思い返してから、「……まあ」と口を開いた。
「今日、彼に会えなかったことは、正解だったかもね。あの女の子に会って思った。僕は、まだ、彼のこ
とを、ほとんど知らない」
孝太郎が、じっと自分を見つめているのが、気配で分かる、
数秒の沈黙の後、孝太郎が、「なあ、奏多」と、口を開いた。
「その、お前の生きがいって、一体、何者なんだ?どういう人物で、お前は、どこでその存在を知った?」
奏多は孝太郎と目を合わせ、「聞きたいの?」と、静かな声で問いかけた。
「ああ」
孝太郎は、頷いた。
頷く孝太郎から、視線を逸らし、奏多はソファに座った。
「孝太郎さ───、˝死神˝って、知ってる?」
孝太郎は、目を見開いた。
「知ってるも何も……俺たちのボス……有馬さんを殺した奴だろう?」
「そう。有馬さんを刺殺した後、姿を消した謎の人物───僕はね、˝死神˝の正体を狙ってるんだ」
「は?……って、お前」
孝太郎が身を乗り出し、奏多を「正気か?」と、見つめる。
「そんな重要人物を勝手に殺すなんて、お前が消されるぞ」
焦る孝太郎に「だから」と、奏多は指を立てた。
「僕は˝死神˝を殺したいんじゃない。そのことは関係がない。何なら、それを知る前から、僕はあの人を殺したいと思っていたんだ。僕が殺したいのはこの町に住む、能力者の高校生さ」
孝太郎は、戸惑いながら、奏多の言葉を整理した。
「……つまり、お前が以前から狙っていた人間が、˝死神˝だったってことか?」
「そういうこと。話が速くて助かるよ」
奏多は微笑み、より深い説明へと移る。
「名前は───矢橋勇人。さっきも言ったけど、僕は直接言葉を交わしたことは無い。君も覚えてるだろ?桐野が捕まった、あの依頼。その時───中学校に潜入捜査をしていた時に、校内で彼を見かけた。そしてね、その瞬間に、僕は彼を殺したいと思った」
奏多は、そう言って、口元を微笑ませた。
「突発的な殺意を感じたのは初めてだった。目さえ合っていないのに、僕はその後、彼のことが頭から離れなくなった。ただ、その時は、任務中だったこともあって、手出しができなかった。仕事に集中したら、忘れるだろうと思ったけど、無理だった。あの日から───僕は、彼のことを殺したいと、ずっとそう思い続けてる。彼は他の、どの人間とも違う。彼は彼でしかなく、彼こそが、僕が殺す相手として、求めていた存在なんだよ」
奏多は、「僕はね」と、更に言葉を続けた。
「金にも、権力にも、一切興味が無い。じゃあ、何故殺し屋を続けるのか───人を殺すのが好きだからだ。その思いがあるから、ここまで続けて来た。でも、最近!標的が命乞いするような、生温いのじゃ気分は上がらなくなってきたんだよ。僕は、殺しに際して、新しい刺激が欲しい。最初から、自分の命なんていらないと、生きる意味を見いだせていない人間を殺したい。そうしたら、僕その、僕が理想とする殺しを実現する存在、それが彼───矢橋勇人なんだよ」
孝太郎は奏多の言葉を聞き、この怪奇さこそが、彼を構成する大部分なのだと感じた。
潜入捜査を得意とし、どんな場所でも、どんな相手でも、どんな手段を使ってでも、依頼されれば確実に殺す───小さな殺し屋。
彼が今まで殺害してきた人数は、もう10年の付き合いになる孝太郎にも、計り知れない。
「彼はね、孤独の淵に立っているんだ」
奏多は自身の生きがいとまでする少年を、そう表現した。
「彼の目は闇を見ている。その目を見て、殺したいと感じた。本当の闇に、永遠に続く暗闇に落としたいって」
そこで、言葉を止め、奏多は笑顔を消した。
「彼のことを調べていくうちに、彼が有馬さんを殺害していたことが分かった。だけど、僕の思いは変わらなかった。もし、仮に、彼を殺すことに成功したら、君がさっき言ったように、僕は、"死神"の命を狙う誰かに、消されるかもしれない。だとしたら、彼を殺すことは、僕にとって、人生で最後の殺しになるかもれない。僕は、彼をいち早く殺したくて仕方ないけど、同時に、それをすることが、とてつもなく惜しいようにも感じるんだ。……ただ、いつかはやらなきゃならない。遅かれ早かれ、ね」
奏多は、孝太郎の目を見て、こう言った。
「だから、僕は、こう思う。───彼のことを、もっと知りたい。知ったうえで、彼を殺したい」
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