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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第3章
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June Story1

黒い影が、”ASSASSIN”に近付き始める───。

「欲望とは、何だと思う?」


 突然、投げかけられた問いに、五十四(いつし)奏多(かなた)は「欲望?何?いきなり」と、顔を上げた。


「いや、特に深い意味は無い。ただ、最近、考えるんだ。───俺は何のために生きているんだろう、って」


 奏多の相棒である、真壁(まかべ)孝太郎(こうたろう)は、床の木目を見つめながら、そう言った。


 二人が共同生活をしている地下一階の部屋は、窓が無いため、今が昼なのか、夜なのか、分からない。


 黒で統一された内装も相まって、暗い雰囲気が漂う室内で、奏多はソファの上で仰向けになり、孝太郎はその前の椅子に座っていた。


「君らしくないね。似合わないこと言うなよ」


 奏多は軽く笑ったが、孝太郎の真剣な目は変わらない。


「俺には欲というものがない。ただ、頼まれたことをして生きて来た。自分がやりたいこと、好きなもの、そんなの、考えたことが無い」


「いいじゃないか。この仕事をしてる身としては、申し分ないくらいの人格者だよ、君は」


 奏多は、横になったまま、孝太郎の姿を見つめた。


 自分よりもずっと背が高く、それでいて細身な身体の全身を、黒いレザースーツに包んでいる。肌が見えるのは、目の周りだけで、口も、鼻も、耳も、髪も見えない。


「この間、標的の……、ん?何だ……」


「ブログ?」


「それだ。そいつを見てたら、˝私は欲望があるから生きていける。私から欲望が無くなったら、私は死ぬ˝って書いてあったんだ。それってつまり、あの女は˝欲望˝こそが存在する意味ってことだろ?じゃあ、それが無い俺の、存在する意味って何なんだって思ったんだ」


「───なるほどね。欲望っていうのは、さっき君が言ったような、˝何かをしたい˝って思う気持ちのことさ。君の標的は、欲望に塗れてたんだろうね」


 孝太郎は、真っ黒い色の中に浮かび上がった三白眼で、奏多のことを見つめてきた。


「奏多はどうなんだ?欲望って、あるか?」


 訊かれて、奏多は体を起こす。


「うん、あるよ」


「これがあるから生きていけるっていうくらいの?」


「うん。───いや、逆かな。これを終えるまで死ねないってくらいの」


「具体的には?何だ?」


 奏多は孝太郎に向かって微笑んだ。


「“ある人間”を、殺すこと」


 孝太郎はそれを聞いて、頭から手を離し、奏多をじっと見つめた。


「自分の意思で、殺したい相手がいるってことか?」


「そういうこと。誰かからの依頼じゃなくてね」


「昔、何かされた相手とか?」


「ううん、何もされてないよ。話したこともないし」


 奏多は屈託なく、首を横に振った。


 その後、「けどね」と、笑顔で言葉を継ぐ。


「殺したくなるくらい、魅力的な雰囲気がある人。僕は必ず、彼を殺す。僕が殺す前に死ぬのは絶対に許さないし、僕以外のやつが殺したら、僕が絶対そいつを殺す。例え、その相手が、君───孝太郎であったとしてもね」


 奏多の冷酷な言葉に、孝太郎は特に態度を変えることは無く、少しの間の後、こう言った。


「すごい執着心だな。お前がそこまで標的に依存するなんて珍しい」


「それくらいの人ってことだよ」


 奏多は答え、ソファから立ち上がった。


「出かけるのか?」


 背後から掛かる孝太郎の声に、奏多は「うん」と、返事し、


「僕の生きがいを探しに、ね」


 ドアを開け、一人、笑った。


 ※                                              


 中野優樹菜はインターホンを鳴らし、同時に電話を掛けていた。


 どちらにも応答は無いが、ここまで来て、諦めて帰るわけには行かない。


 6月最初の土曜日。プリントが入った封筒を腕で抱え、黒いドアの前に立って待つこと数分。ドアが静かに開いた。


「……うるせぇな。そこ置いとけよ」

 

ようやく───というほど、待ってはいないが、家から出て来た矢橋勇人に対し、優樹菜は「あのね……」と、溜息を吐く。


「教室の机の中に、溜まりに溜まってたの、あなたが授業に出ないから。それに、ポストに入れるか、ドアの前に置いたとこで、受け取らないでしょ?だから、わざわざ直接私に来たの」


「わざわざ」という部分を強調して言い、勇人が「そこ」と、表現した場所を指す。


 押し付けるように、封筒を渡すと、無理やり渡されたというのが否めない手付きで、勇人がそれを受け取った。


「あっ、ちょっと待って」


 ドアを閉めようとした勇人を優樹菜は呼び止める。


「最近、どう?」


 それは短くも、複数の意味を込めた問いだった。


 同じ高校の、同じクラスに属しているとしても、勇人がほとんど、教室にさえ顔を出さないため、2人の接点も、優樹菜の方から近づかない限り、無かった。実際、こうして言葉を交わすのも、1週間ぶりぐらいのことである。


 勇人は優樹菜を、その赤く冷たい目で見つめ、


「どうもねえよ」


 と、言い放つ。


 優樹菜は、「そうじゃなくて」と、言った。


「危険な目に遭ったりしてない?最近、翼くんとも話してるんだけど、矢橋くんのことを狙う連中が動き出してるんじゃないかって」


 優樹菜は本人を前にして、˝死神˝という言葉を使わないようにと、気を遣いながら説明する。


 殺し屋の頂点であった男を殺害した勇人は、いつ、命を狙われてもおかしくない状況にあり、優樹菜は日々、そのことを危惧していた。


 そして、それを伝えるメールをしたところで、勇人はどうせ見ないだろうという思いと、直接会い、勇人の反応を確認する意味を込め、優樹菜はプリントを渡すついでという口実で、勇人をこうして呼び出している。


 勇人は優樹菜の言葉を聞いても、表情を一切変えず、「だったら何だよ」と、答えた。


 優樹菜は自分の意図が全く勇人に伝わっていないことに、胸の痛みを感じながらも、それを表には出さずに、言葉を付け加えた。


「だから、気を付けてねって話。私たちも、そういう動き見つけたら、対処するようにするけど───」

 

言葉の途中で、ドアが閉められた。


「ちょっと!」


 優樹菜は思わず、ドアに向かって声を上げる。

 その声が勇人に届いたのか、届いていたとしても反応さえされていないのかと考え、優樹菜は大きく息を吐き出した。


(とりあえず、変わった様子は無かった。……見た目に関しては)


 話しながら、勇人が怪我をしたりしていないか、見える範囲でチェックをしてみたが、目に付くものは無かった。


(……内面に関しても、かな。……相変わらず、誰に対しても、自分に関してさえも、無関心って感じ……)


 ドアに背を向け、歩道へと出る。そうして、勇人が住む家を振り返った。


 2階の左端の部屋には、カーテンが掛かったままになっている。あの部屋は、勇人の部屋だと、優樹菜は知っていた。


(封筒、渡したけど、中身見るのかな?)


 ふと、そんなことを思い、歩き出そうとした瞬間、優樹菜は「わ!」と、驚いた。


 身体のすぐ近くに、自分より背の低い、少年の姿が見えたのだ。少年の腕と、優樹菜の腕がぶつかり、鈍い衝撃が優樹菜の腕に残った。


「だっ、大丈夫?ごめんね……」


 優樹菜は自分でこれだけの衝撃ならば……と、慌てて少年に謝った。


「大丈夫です。こちらこそ、ごめんなさい」


 少年は、緩やかに首を横に振り、頭を下げた。


 その落ち着いた受け答えに、優樹菜はほっとした。どうやら、そこまで少年に害を与えずに済んでいたらしい。


 男の子が顔を上げる。


 そして、優樹菜と目が合った。


 優樹菜は、その目を見て、はっと体が強張るのを感じた。


 少年はその優樹菜の様子を、可笑しそうに笑った───ように見えた。


 踵を返し、歩いて行く少年の背中を見ながら、優樹菜は暫し、動くことができなかった。


 目の裏に、少年の、完全に光が宿っているのを感じられない真っ黒な瞳が、焼き付いて離れなかったからだ。


 我に返ったのは、インターホンの音が聞こえたことによって、だった。


 見ると、勇人の家のドアの前に、少年が立っている。


 優樹菜は「え……?」と、その様子を凝視する。


(あの子……、矢橋くんの家に用事……?)


 あの家に住んでいるのは、勇人と、父親である矢橋亮助の二人だけだ。


 亮助は優樹菜の母の同僚で、今日は、仕事をしていると、母から聞かされていた。


 つまり、今、家にいるのは勇人だけで、男の子は勇人が家から出て来るのを待っている、という構図に

なる。勇人に対しての用事で訪れたに無かったにせよ、だ。


 少年が再度インターホンを鳴らす。


 優樹菜はその様子を見て、少年に「あっ、ねえ」と、声を掛けながら近付いた。勇人がインターホンと着信音をしつこく鳴らさない限りは動かないと知っていることと、幼馴染という立場にあることから、用件を代わりに聞いておこうと思ったのだ。


「このお家に用事?」


 振り返った少年は、優樹菜を観察するように、じっと見つめてきた。


 優樹菜も、改めて少年のことをじっくりと見る。


 黒い髪の毛。白いパーカーに黒いジーンズ、白いスニーカーという、何処にでもいそうな恰好。身長は、優樹菜の妹である、小学5年生の葵より、10㎝ほど高いくらいだ。


 優樹菜は威圧的にならないように、口調と声に気を付けながら「あのね」と、少年に告げた。


「私、この家に住んでる人と知り合いなんだけど、その人、凄く無愛想っていうか、誰かが訪ねてきても、反応しないような人なの。だから、もし良かったら───」


「そうなんですか?でも、さっき、あなたと玄関で話してませんでしたっけ?」


 少年が優樹菜の言葉を遮り、尋ねてきた。


 優樹菜は見られていたことに、さほど驚きはしなかったが、少年の早口な問いに、「あ、それは……」と、僅かな動揺を感じた。


「何回もしつこく呼んだから。でも、2回目ともなると、同じ方法じゃ出て来ないと思う。良かったら、私が、伝言、預かろうか?」


 初対面であることから、怪しさが疑われかねない提案だが、優樹菜は「嘘を言っているわけでは無いのだから良いだろう」と、割り切ることにしたのだが、


「いえ、結構です」


 人からの厚意を断る言葉として模範解答のような答が、少年から返ってきた。


 そして、少年は、優樹菜の返答を待たずに、来た道を戻って行った。


 優樹菜は、その後ろ姿を目で追う。


(……私も、同じ方向何だけど……)


 優樹菜は、少年の後ろを自然と追う形で歩き出した。


(あの子、この辺りに住んでる子?親に、矢橋くんの家に行ってくるように頼まれたとか?)


 確たる証拠は無いが、そう考えるのが無難であろうと、優樹菜は思った。


 つまりは「普通の子供」という認識だったのだが、少年が手前の角を曲がって行くのを見て、優樹菜はほっと息を吐いた。


(……こんなこと思うの、良くないけど)


「普通の子供」───だと、実は思い切れていなかったことに、そこで気付く。


 再び、少年の瞳を思い出す。


(……あの子、深く関わらない方が、良い気がする)


 それが、優樹菜が偶然出会った少年に対する印象だった。


(いや……、もうたぶん、会うことはないと思うから、深く関わることも無いか)


 優樹菜は速度を上げ、住宅街を進んだ。


 少年に関しての記憶は、徐々に薄れて行き、住宅街を抜けた頃には、勇人は果たして封筒の中身を見ようとするのか、という疑問が、再び優樹菜の中に浮かんでいた。

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