May Story18
依頼解決の、それぞれの、その後。
「……そっか。矢橋くんが絡んでたんだね」
優樹菜は才加凛子の話の録音を聞き終えると、そう言った。
翼は優樹菜からイヤフォンが付いたボイスレコーダーを受け取り、「はい」と、頷く。
「ゆきさんには、伝えておこうと思って」
今回の依頼が解決したことは、先程、オフィス内にて、蒼太と葵に伝えたのだが、˝死神˝の正体=勇人を狙っての犯行だったということは伏せていた。
しかし、勇人と近い存在にある優樹菜に、黙ったままでいるのは違うだろうと考え、翼は優樹菜を別室へと誘った。
様々な備品に囲まれた、1階の倉庫室で、2人は向かい会って立ち、蒼太と葵の前ではできない話をする。
「僕が˝死神˝の正体を知っているって、裏社会で、情報が回るのも、時間の問題かもしれません。……この後、それによって、僕に繋がらなくても、僕の周りを調べていく内に、矢橋さんに辿り着くっていうことも、起こると思います」
優樹菜は、暫し沈黙した後、
「……簡単に解決するようなことじゃないよね。狙ってくる相手を説得する、なんて平和な方法じゃ、無理に決まってるし」
「ですね。僕たちが、気付ける範囲で対策するにしても、手が届かない部分も出るでしょうし」
対策───˝死神˝を狙う犯罪者を止める方法。殺し屋だけを専門とする˝ASSASSIN˝が手を出せる範囲は非常に限られるだろう。
「やっぱり……本人が自覚してくれれば、ね。少しだけでも違うと思うんだけど」
優樹菜はそう、苦笑する。その笑みは、内に秘めた感情を隠しているのが伝わってくるものだった。
翼は、あの日───自分の言葉に一切の反応を見せなかった勇人の姿を思い出す。
今回の件は、情報が回る前に解決することができたが、一度、出回った情報は、取り消すことができなくなる。
犯罪者たちが˝死神˝の存在を追う理由は、˝魔王˝とまで呼ばれた男を殺害した人物を、自分が消したいと思っているからだ。それにより、自らの立場を確立し、確かな権力を得ることを、彼らは望んでいる。
それは、勇人が非常に───異常なほどまでに命を狙われる確率が高いことを意味している。
その事実に、勇人自身が、全くの無関心だということが危機的状況なのだ。
「誰か、記憶を操作する能力者が現れたら良いんですけどね」
翼は場を少し和ませる意味も込めて、少しだけ冗談を言った。
「˝死神˝の存在は無かったっていう風に、犯罪者たちの思考を変えてくれれば、丸きり、平和に解決するのに」
それを聞いた優樹菜は、「それは私も思ってた」と、微笑み、一度、僅かに視線を下げた後、
「……私の、昔の知り合いでね、まさしくそれに近い能力を持ってる子がいるの」
と、答えた。
理想が現実になったことを告げるような言動に、翼は「えっ」と声を上げる。
「あっ、˝いる˝っていうか、˝いた˝って感じかな。小学生の時に……、何回か一緒に遊んだことがある女の子なんだけど、˝現実を操作する能力˝を持ってて、例えば、今、散らかっている部屋を、綺麗にしたいと思うだけで、本当に綺麗な状態になる、みたいな。それ以外に、人の記憶も操作できるらしくって」
「へえ……、凄く便利な能力ですね」
翼は関心すると同時に使い方を誤れば、大惨事を招きかねない、危険な力であることを悟る。
(でも───今、どこで何をしてるのかは、分からないってことか)
翼は声には出さずに、優樹菜の言葉を汲み取る。
「ところで、光ちゃんには、もう会った?」
優樹菜がドアの方に身体を向け、半身で翼を振り返った。
翼は「あっ」と声を上げ、
「そうだ。そのことで、みんなに話しておきたいことがあって」
優樹菜に向かって微笑んだ。
※
今日の昼休み。
翼は2年2組の教室を訪ねた。
光を呼び、依頼をされた、あの日と同じ場所に、2人で向かった。
依頼が解決したことを伝えると、光は翼に向かって、深く頭を下げた。
「ありがとう……、本当に」
「ううん、こちらこそ」
翼は光を見つめる。
自分と同じ学校、能力者という理由で、今回の事件に巻き込まれてしまった少女。
そのことについて───自分は謝るべきなのだろうか、と翼は考えた。
答が出る前に、
「そういえば……」
光が声を抑えて、翼の目を見上げた。
「才加先生、退職するっていう話、聞いた?」
聞いていた。
朝、担任によって、伝えられた。クラス中にどよめきが起こり、直後にどこかの教室から驚愕の声が聞こえてきた。
翼は言葉を返そうとしたが、光の唇の動きを見て、それを止めた。
「もしかして──間違ってたら申し訳ないんだけど──、今回の首謀者って、才加先生?」
光の目は真っすぐ、翼の瞳を捉えていた。
その、強い意志の籠った目付きに向かい、翼は頷いた。
「……うん」と、答えた。
「そうなんだ……」
光は僅かに、下を向いた。
その場に───校舎裏に、沈黙が流れた。
翼が、「……あのさ」と呼びかけようとした時、光が、「……あのね」と、口を開いた。
光の、真っ直ぐな瞳が、翼の瞳を捉える。
「私……今回のことで、怖い目に遭ったり、不安になったりしたこと、たくさんあったんだけど」
そこで、光は、柔らかく微笑んだ。
「でも……こうして、萩原くんと出会えたこと……それは、本当によかったって思ってる」
その言葉は───翼の心に、真っ直ぐに、響くものだった。
だから───だからこそ、翼は、「……ありがとう」と、頷いた。
そして、「僕も……」と、光の言葉に、答えた。
「……僕も、僕に依頼してきてくれたのが、上村さんで、本当に、よかった」
光が「ふふ」と、照れたように笑った。
その表情は、翼がこの数日間見てきた光の表情の中で一番、輝いてみえた。
※
校舎に戻る直前、
「あっ───後、一つだけ、いい?」
光が、右手の一指し指を上げた。
翼が、「うん」と頷くと、光は、「私ね……」と言った。
「バレー部、やめることにした」
翼は言葉を返さず、光の、次の答えを、待った。
「私……自分が部活でいじめられてること、誰にも言ったことがなかったの。あの日……萩原くんに、話すまで」
光は、その時に感じた感情を思い返すように、胸の前で、手を握った。
「今まで隠してた自分の気持ち、萩原くんに聞いてもらって……それで、気が付いた。……私、"バレーが好きだから続けたい"って、一人きりで強がって、ずっと、無理し続けてただけだったんだな……って」
光はそこで、言葉を止め、「後はね……」と、控えめに、切り出した。
「“ASSASSIN”の、みんなを見てて、“ああ、仲間って、こういうことなんだな”って気付けたの───私、ずっと、“仲間”が欲しかったんだなって。だから……」
次の、光の言葉は大いに翼を驚かすことになった。
「もし───良かったら、私……、“ASSASSIN”に入ってもいい?」
※
“ASSASSIN”に一人、メンバーが増えることになった。
そのことで、オフィスの空気がまた明るくなったような、そんな気が、蒼太にはしていた。
光が入ることになったと聞いて、大喜びしていた葵は、彼女と班を組むことになった。
戦闘向きの能力を持ち、運動神経抜群だという光が、解決班の見学に向かった際、「これならできるかも」と、言ったという話は、蒼太にとって、ここ数日間で一番の驚きになった。
この1週間。蒼太は色々な出来事を経験し、新たな出会いを幾つもし、沢山のことを知った。
初めてのことだらけだった4月と、新たなことが起こった5月は、もう少しで、中盤に差し掛かろうとしている。
ここまでで、蒼太が一つ、後悔していることがあるとすれば───勇人と、会えていないことだ。
(いつかって、どのくらい先なんだろう……)
蒼太は想像する。
周りには、メンバーたち4人の姿がある。
(こうやって、上村さんが入ってくれたことも……、ぼくはそれまで、想像してなかった)
未来は予測できない。
この先数分後のことだって。何が起こるかは、誰も分からない。
それでも、自分と、周りの誰かの選択肢によって、未来は変わる───蒼太が“ASSASSIN”のメンバーになって、学んだことだ。
(何がきっかけで、どうやって変わっていくか何て、分からない)
それを───蒼太は、勇人に伝えたいと、強く思った。
そして、この日の帰り道、蒼太は葵を誘い、家の前まで来てもらった。
蒼太が画用紙を丸めたものを持って出てくると、葵は首を傾けた。
「これ……」
蒼太は緊張しきって震えた手で、葵にそれを差し出した。
「えっ、貰っていいの?」
葵が目を丸くする。
蒼太は「うん」と頷いた。心臓がおかしくなりそうなくらい、激しく脈打っている。
葵が手に持って、開いていくまでの時間が、蒼太にはやけに長く感じられた。
「───わっ!」
葵が声を上げる。
「すごい!!これ、蒼太が描いたの?」
蒼太が描いた、海の絵を見た葵は目を輝かせた。
「う、うん」
予想以上の反応に、蒼太は目を泳がせ、
「葵の……、誕生日プレゼント」
と、告げた。
葵の目が更に、大きくなる。
「え!そうなの!?ありがとう!」
自分の誕生日プレゼントだということを、全く自覚していなかったのが葵らしくて、蒼太は「うん」と、微笑んだ。
のだが───、
「えー、嬉しいなあ。すごい綺麗。───誕生日までまだあるのに、ありがとね」
葵が絵を見つめて、にっこりとした。
「えっ?」
今度は、蒼太が驚愕で目を見開く番だった。
「えっ?」
葵が蒼太を見る。
その後、蒼太は葵の誕生日は、来月の同じ日にちであると知った。
蒼太はそれを知って、穴があるなら入りたい気持ちになったが、葵の喜んだ顔と、「蒼太、天然だね」と言った笑顔を思い返すと、それでも良いか、という気持ちになれたのだった。
(第2章 完)
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