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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第2章
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May Story18

依頼解決の、それぞれの、その後。

「……そっか。矢橋くんが絡んでたんだね」


 優樹菜は才加凛子の話の録音を聞き終えると、そう言った。


 翼は優樹菜からイヤフォンが付いたボイスレコーダーを受け取り、「はい」と、頷く。


「ゆきさんには、伝えておこうと思って」


 今回の依頼が解決したことは、先程、オフィス内にて、蒼太と葵に伝えたのだが、˝死神˝の正体=勇人を狙っての犯行だったということは伏せていた。


 しかし、勇人と近い存在にある優樹菜に、黙ったままでいるのは違うだろうと考え、翼は優樹菜を別室へと誘った。


 様々な備品に囲まれた、1階の倉庫室で、2人は向かい会って立ち、蒼太と葵の前ではできない話をする。


「僕が˝死神˝の正体を知っているって、裏社会で、情報が回るのも、時間の問題かもしれません。……この後、それによって、僕に繋がらなくても、僕の周りを調べていく内に、矢橋さんに辿り着くっていうことも、起こると思います」

 

 優樹菜は、暫し沈黙した後、


「……簡単に解決するようなことじゃないよね。狙ってくる相手を説得する、なんて平和な方法じゃ、無理に決まってるし」


「ですね。僕たちが、気付ける範囲で対策するにしても、手が届かない部分も出るでしょうし」


 対策───˝死神˝を狙う犯罪者を止める方法。殺し屋だけを専門とする˝ASSASSIN˝が手を出せる範囲は非常に限られるだろう。


「やっぱり……本人が自覚してくれれば、ね。少しだけでも違うと思うんだけど」


 優樹菜はそう、苦笑する。その笑みは、内に秘めた感情を隠しているのが伝わってくるものだった。


 翼は、あの日───自分の言葉に一切の反応を見せなかった勇人の姿を思い出す。


 今回の件は、情報が回る前に解決することができたが、一度、出回った情報は、取り消すことができなくなる。


 犯罪者たちが˝死神˝の存在を追う理由は、˝魔王˝とまで呼ばれた男を殺害した人物を、自分が消したいと思っているからだ。それにより、自らの立場を確立し、確かな権力を得ることを、彼らは望んでいる。


 それは、勇人が非常に───異常なほどまでに命を狙われる確率が高いことを意味している。


 その事実に、勇人自身が、全くの無関心だということが危機的状況なのだ。


「誰か、記憶を操作する能力者が現れたら良いんですけどね」


 翼は場を少し和ませる意味も込めて、少しだけ冗談を言った。


「˝死神˝の存在は無かったっていう風に、犯罪者たちの思考を変えてくれれば、丸きり、平和に解決するのに」


 それを聞いた優樹菜は、「それは私も思ってた」と、微笑み、一度、僅かに視線を下げた後、


「……私の、昔の知り合いでね、まさしくそれに近い能力を持ってる子がいるの」


 と、答えた。


 理想が現実になったことを告げるような言動に、翼は「えっ」と声を上げる。


「あっ、˝いる˝っていうか、˝いた˝って感じかな。小学生の時に……、何回か一緒に遊んだことがある女の子なんだけど、˝現実を操作する能力˝を持ってて、例えば、今、散らかっている部屋を、綺麗にしたいと思うだけで、本当に綺麗な状態になる、みたいな。それ以外に、人の記憶も操作できるらしくって」


「へえ……、凄く便利な能力ですね」


 翼は関心すると同時に使い方を誤れば、大惨事を招きかねない、危険な力であることを悟る。


(でも───今、どこで何をしてるのかは、分からないってことか)


 翼は声には出さずに、優樹菜の言葉を汲み取る。


「ところで、光ちゃんには、もう会った?」


 優樹菜がドアの方に身体を向け、半身で翼を振り返った。


 翼は「あっ」と声を上げ、


「そうだ。そのことで、みんなに話しておきたいことがあって」


 優樹菜に向かって微笑んだ。


 ※


 今日の昼休み。


 翼は2年2組の教室を訪ねた。


 光を呼び、依頼をされた、あの日と同じ場所に、2人で向かった。


 依頼が解決したことを伝えると、光は翼に向かって、深く頭を下げた。


「ありがとう……、本当に」


「ううん、こちらこそ」


 翼は光を見つめる。


 自分と同じ学校、能力者という理由で、今回の事件に巻き込まれてしまった少女。


 そのことについて───自分は謝るべきなのだろうか、と翼は考えた。


 答が出る前に、


「そういえば……」


 光が声を抑えて、翼の目を見上げた。


「才加先生、退職するっていう話、聞いた?」


 聞いていた。


 朝、担任によって、伝えられた。クラス中にどよめきが起こり、直後にどこかの教室から驚愕の声が聞こえてきた。


 翼は言葉を返そうとしたが、光の唇の動きを見て、それを止めた。


「もしかして──間違ってたら申し訳ないんだけど──、今回の首謀者って、才加先生?」


 光の目は真っすぐ、翼の瞳を捉えていた。


 その、強い意志の籠った目付きに向かい、翼は頷いた。


「……うん」と、答えた。


「そうなんだ……」


 光は僅かに、下を向いた。

 

その場に───校舎裏に、沈黙が流れた。


翼が、「……あのさ」と呼びかけようとした時、光が、「……あのね」と、口を開いた。


光の、真っ直ぐな瞳が、翼の瞳を捉える。


「私……今回のことで、怖い目に遭ったり、不安になったりしたこと、たくさんあったんだけど」


 そこで、光は、柔らかく微笑んだ。


「でも……こうして、萩原くんと出会えたこと……それは、本当によかったって思ってる」


 その言葉は───翼の心に、真っ直ぐに、響くものだった。


 だから───だからこそ、翼は、「……ありがとう」と、頷いた。

 

 そして、「僕も……」と、光の言葉に、答えた。


「……僕も、僕に依頼してきてくれたのが、上村さんで、本当に、よかった」


 光が「ふふ」と、照れたように笑った。


 その表情は、翼がこの数日間見てきた光の表情の中で一番、輝いてみえた。


 ※


 校舎に戻る直前、


「あっ───後、一つだけ、いい?」


 光が、右手の一指し指を上げた。


 翼が、「うん」と頷くと、光は、「私ね……」と言った。


「バレー部、やめることにした」


 翼は言葉を返さず、光の、次の答えを、待った。


「私……自分が部活でいじめられてること、誰にも言ったことがなかったの。あの日……萩原くんに、話すまで」


光は、その時に感じた感情を思い返すように、胸の前で、手を握った。


「今まで隠してた自分の気持ち、萩原くんに聞いてもらって……それで、気が付いた。……私、"バレーが好きだから続けたい"って、一人きりで強がって、ずっと、無理し続けてただけだったんだな……って」


 光はそこで、言葉を止め、「後はね……」と、控えめに、切り出した。


「“ASSASSIN”の、みんなを見てて、“ああ、仲間って、こういうことなんだな”って気付けたの───私、ずっと、“仲間”が欲しかったんだなって。だから……」


 次の、光の言葉は大いに翼を驚かすことになった。


「もし───良かったら、私……、“ASSASSIN”に入ってもいい?」


 ※


 “ASSASSIN”に一人、メンバーが増えることになった。


 そのことで、オフィスの空気がまた明るくなったような、そんな気が、蒼太にはしていた。


 光が入ることになったと聞いて、大喜びしていた葵は、彼女と班を組むことになった。


 戦闘向きの能力を持ち、運動神経抜群だという光が、解決班の見学に向かった際、「これならできるかも」と、言ったという話は、蒼太にとって、ここ数日間で一番の驚きになった。


 この1週間。蒼太は色々な出来事を経験し、新たな出会いを幾つもし、沢山のことを知った。


 初めてのことだらけだった4月と、新たなことが起こった5月は、もう少しで、中盤に差し掛かろうとしている。


 ここまでで、蒼太が一つ、後悔していることがあるとすれば───勇人と、会えていないことだ。


(いつかって、どのくらい先なんだろう……)


 蒼太は想像する。


 周りには、メンバーたち4人の姿がある。


(こうやって、上村さんが入ってくれたことも……、ぼくはそれまで、想像してなかった)


 未来は予測できない。


 この先数分後のことだって。何が起こるかは、誰も分からない。


 それでも、自分と、周りの誰かの選択肢によって、未来は変わる───蒼太が“ASSASSIN”のメンバーになって、学んだことだ。


(何がきっかけで、どうやって変わっていくか何て、分からない)


 それを───蒼太は、勇人に伝えたいと、強く思った。


 そして、この日の帰り道、蒼太は葵を誘い、家の前まで来てもらった。


 蒼太が画用紙を丸めたものを持って出てくると、葵は首を傾けた。


「これ……」


 蒼太は緊張しきって震えた手で、葵にそれを差し出した。


「えっ、貰っていいの?」


 葵が目を丸くする。


 蒼太は「うん」と頷いた。心臓がおかしくなりそうなくらい、激しく脈打っている。


 葵が手に持って、開いていくまでの時間が、蒼太にはやけに長く感じられた。


「───わっ!」


 葵が声を上げる。


「すごい!!これ、蒼太が描いたの?」


 蒼太が描いた、海の絵を見た葵は目を輝かせた。


「う、うん」


 予想以上の反応に、蒼太は目を泳がせ、


「葵の……、誕生日プレゼント」


 と、告げた。


 葵の目が更に、大きくなる。


「え!そうなの!?ありがとう!」


 自分の誕生日プレゼントだということを、全く自覚していなかったのが葵らしくて、蒼太は「うん」と、微笑んだ。


 のだが───、


「えー、嬉しいなあ。すごい綺麗。───誕生日までまだあるのに、ありがとね」


 葵が絵を見つめて、にっこりとした。


「えっ?」


 今度は、蒼太が驚愕で目を見開く番だった。


「えっ?」


 葵が蒼太を見る。


 その後、蒼太は葵の誕生日は、来月の同じ日にちであると知った。


 蒼太はそれを知って、穴があるなら入りたい気持ちになったが、葵の喜んだ顔と、「蒼太、天然だね」と言った笑顔を思い返すと、それでも良いか、という気持ちになれたのだった。


(第2章 完)

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