表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第2章
41/317

Ⅿay Story17

犯人との対決───その後の話。

「乗りましたね」


 翼は車窓から、凛子が男性と共に車に乗り込むのを確認して言った。


「ああ。……才加さんは、一緒に食事をした後、署に連れて行くと言っていた」


 運転席にいる、矢橋亮助が頷く。


「……これ、会話の録音です」


 翼は亮助にボイスレコーダーを渡す。美術室での凛子との会話を記録したものだ。あの時、制服のポケットに忍ばせていた。


「ありがとう」


 亮助は翼に礼を言った後、一度視線を逸らし、もう一度、翼を見た。


「すまない。大変な役回りをさせてしまって」

 

それは、今回の凛子との交渉の件について言っていたが、翼は首を横に振った。


「いえ。……全部、僕の責任ですし。僕が余計な興味で調べてなければ、こんなことにはなっていませんから」


 翼が否定する理由は、彼の息子である勇人のことだった。


 翼は昨年の秋、˝魔王˝殺しの真相を調べていた。


 それは、誰かに頼まれたわけでは無く、個人的な興味からであった。


 調査の内に浮かび上がってきたのは˝魔王˝を殺した、˝死神˝の存在で、翼はその直後、ある事件で偶然、勇人と出会い、勇人が˝死神˝であることを知った───それがきっかけで、後に˝ASSASSIN˝を知り、メンバーになることになり、現在に至るのだが、˝死神˝の正体について探りを入れられたのは今回が初めてだった。


 しかし、察しが付いていただけに対策をすることはできた。


 まず、凛子に会う前に亮助に電話で事情を説明し、駐車場で待機してもらうよう頼んだ。


 ポケットに入れた携帯電話を亮助に電話を掛けた状態にし、凛子との会話を警察側に聞こえるようにセットし、会話が終わったのを見計らってポケットの中で通話を切り、外に出て亮助と合流する─── 一連の流れは滞りなく進んだ。


 そうして、凛子が校舎から出て来るのを見計らい、捕まえる───はずだったのだが、亮助の同僚である才加正彦が引き受けてくれたと、翼は車に乗ってすぐ、亮助から聞いた。


 名字が同じであることから察するに、才加正彦は凛子の父親で、「私情を挟むのは致し方ないのは十分自覚しているが、この手で、娘を逮捕し、更生させ、正しい道を歩ませたい」と、亮助に言ったらしい。


「……俺は、勇人が殺人を犯してしまったと聞いた時、すぐに判断ができなかった」


 亮助は凛子が校舎から現れるのを待つ間、ぽつりと翼に言った。


「その相手が殺し屋だということと、正当防衛だったと知って、少し……安心できたのを、覚えている。……ただ、それから勇人と再会して、今までの3年間── 一度も勇人がしてしまったことについて、直接話ができていない。……事情を知って10分後に判断し、娘さんの罪と向き合うことができる才加さんはそれだけ、娘さんを理解しているということなのかもしれない。……勇人が生まれてから5歳までしか知らなかった俺とは……、比べ物にならないくらいに」


 それは半ば自分自身に語り掛けているような口調で、翼は何も言葉を返さず、頷くこともできなかった。


「今日は、これからどうするんだ?」


 亮助がエンジンを掛けた後、翼に尋ねた。


「時間も時間ですし、みんなのところには行かずに、帰ります」


「たしかに、その方が良さそうだな」


 亮助は特に確認を取ることなく、車を発進させた。


 中学校の敷地を出ると、翼は長く、息を吐いた。


 亮助はルームミラーで翼をチラリと見て、


「罪人は罪人だが、学校の先生を相手にするのは、辛かったんじゃないか?」


 その声には翼を気遣う含みがあった。


 翼はふっと笑い、首を横に振る。


「たしかに、繋がりはありましたけど、そこまで信用していたわけでも無かったので。……相手は僕を騙

せるって信じてたみたいですけどね」


 少しだけ、沈黙があった。


 亮助は前を見据え、赤信号で停車すると、答が決まったように口を開いた。


「……そうか。そこまで割り切れているんなら、それはそれで良いんだ」


(……僕が辛くないんだったらってことか……)


 翼はその言葉の意味を汲み取り、ゆっくりと目を逸らした。どう反応したら良いのか、分からないのを誤魔化すために。


 再びの発進により、流れゆく町の景色を翼は見つめる。


 登下校にいつも歩いている道だが、車で通ると一瞬にして過ぎていく。その道を歩く親子の姿も———だった。


 しかし、翼にとっては考えさせられるものがある光景であった。


 小さな男の子が母親と手を繋ぎながらおぼつかない足取りで歩いている───そんな姿がはっきりと頭に張り付いた。


 日常の、微笑ましい一幕──大抵の人々はそう感じるのかもしれないが、翼にとってはそうでは無く、自分が経験したことの無い、非日常である。


 取り調べ中の佐藤の家族が崩壊していく話を思い出し、あの時に感じた気持ちが蘇える。


 あの時───翼は自分の過去と、佐藤の過去を重ねていた。


(……僕の家は、元から壊れてた)


 無意識に左手が口元に運ばれる。


(僕の“家族”は存在しなかった)


 翼は実の両親から愛された記憶が無かった。


 母親は翼を産んだ後、すぐに父親と離婚し、翼は顔どころか、下の名前さえ知らない存在だ。


 父親は仕事人間だったらしく、翼が保育園に入ることのできる時期になると、ほぼ毎日、翼を預け入れ、翼に物心がつくようになると、仕事の不満をぶつけてくるようになった。


『お前がいるせいで、俺の仕事の効率が悪くなるんだ』


 当時、言葉の意味を理解することはできなかったが、鋭い視線と、怒りに満ちた声で発せられた音は、未だに翼の脳に焼き付いて離れない。


 言葉の攻撃は、次第に、力の攻撃へと変わって行った。


 翼が5歳になった年、児童相談所の職員が家を訪問した際、父親による虐待が疑われ、翼は保護されることになった。その後、父親は警察により逮捕され、翼は児童養護施設に入所した。


 そして半年間、施設で過ごした。その時の記憶はあまりない。


 半年後、今の翼の“家族”である、萩原夫妻に引き取られ、翼は萩原家の子どもになった。


 それを察し、気を遣い、家族の話をしないようにする人がいることを翼は知っている。


 それを不快だとか、そんな風には決して思わない。


 養父母はそれを感じさせないくらい、翼を愛してくれたからだ。


 しかし、こちらの顔色を窺って話されると、複雑な気持ちが湧いてくるため、大抵、翼は「気にしないで話してくれて良いよ」と、伝えるようにしていた。


 逆に、翼に˝家族˝がいないことを理解しながらも、家族の話をする人もいる。


 翼はその方がお互いに気を遣わなくて済むため、居心地が良かった。


 そして、今、隣にいる亮助、˝ASSASSIN˝のメンバーたちが、後者であった。


(……こんなこと、普段は考えないようにしてるのに)


 翼はふと、˝家族˝に関する考えを止めた。


 自分が考えたところで無意味だということ、そして過去の記憶を思い出したくないという理由で、止めていた思考が進み出したのは、今回の依頼が、形はそれぞれ違うが、˝家族˝が絡んだ内容だったからだろう。


 翼は佐藤の妹に対する思い、凛子の父が娘を思ってした行動、亮助の勇人に対する本音───それらを見て、聞いて、知れたことにより、その存在の暖かさに触れたような気がした。


 思考を変え、翼は凛子との会話を振り返ってみることにした。


 金がいかに人を狂わせるのか、体現したような凛子の本性は、汚れ切っていたが、翼は凛子に˝死神˝の正体を探るよう依頼した人物の気持ちは、理解ができるような気がした。


 誰にも知られていないものの正体を知りたい───その気持ちは翼の中に、かつて湧いたものだった。もしかしたら、誰にでもある感情なのかもしれない。


 だが、いざ知った人間がする行動は共通せず、様々だろう。


 翼の場合、˝死神˝の正体が、当時、中学3年生であった勇人だと知った時、凛子が˝死神˝=殺し屋、もしくは犯罪者だと思い込んでいたように、翼も誰に告げられるわけでも無く、そうだと想像していたために、真相に驚きを隠せなかった。まさか自分より、2歳しか歳の違わない少年が、殺し屋のトップを殺害した人物だとは、考えもしていなかったからだ。


 その後の、翼の行動は˝死神˝の正体を他人に売るという道を辿らず、半ば巻き込まれる形で、˝ある事件˝に関わることとなり、˝ASSASSIN˝と出会う───に繋がった。


 もし、あの時、情報として、˝死神˝の正体を売っていたら───と、翼は想像を巡らせる。

(……いや)


 しばらくして、結論が出た。


(僕には、そんな勇気、無かったんだろうな)


 不意に、車が停止した。


 翼は目を上げ、見慣れた建物───萩原家があることに気が付く。


「すみません、ありがとうございます」


 翼はシートベルトを外し、亮助に礼を言った。


「後は、よろしくお願いします」


 翼の次に、才加凛子を相手にする亮助は「ああ」と、頷き、


「また、何かあれば連絡してくれな」


「わかりました」


 翼は歩道に降りると、亮助に一礼し、車のドアを閉めた。


 振り返ると、施設の窓から、暖かい光が漏れている。


 それを見て、翼は初めて、疲労感を感じた。方が重くなり、深い息が漏れる。


 それは、自分が帰る場所に対して、安心を感じたからに他ならなかった。

よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ