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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第2章
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May Story16

犯人の目的が、明かされる───。

 予想通りの問いに、翼は、動揺しなかった。

 

 ふっと、微かな笑みを、凛子に向ける。


「その、˝死神˝っていうのは、どういう意味ですか?」


 尋ねると凛子は「ちょっと」と睨みつけて来た。


「分かってるくせに、遠回しにしないでくれる?全ての殺し屋の頂点に君臨していたとされる、˝魔王˝を殺した人物よ」


「ああ」


 翼は、頷いた。


「僕の予想と一致してますね」


「それは良かったわ。あんた、知ってるんでしょ?˝死神˝がどんな人物なのか」


 腕くみをした凛子に「ちょっと待ってください」と翼は言った。


「何よ?」


「忘れてませんか?僕、殺し屋の情報しか売れないんですよ。だから……」


「へーえ。˝死神˝は殺し屋じゃないのね。それに、あんた、“元”情報屋でしょ?なら、他の情報を言っても問題ないんじゃない?」。


「ですけど、聞きますか?本当に」


 翼が言うと、凛子は「どういうこと?」と、目を細めた。


「まさか、私が正体を流すことで、“死神”がまた人を殺すことを心配してるの?そんなことは百も承知よ。殺し屋を殺した相手よ?ただ者じゃないくらい、想像がつくわ。それに、私には˝死神˝に情報を売った奴らが殺されたとしても、関係がないし、興味も湧かないわ。私はただ、報酬が貰えれば良い、そうして何処までも逃げ続けるわ」


「……殺しませんよ?」


「えっ?」


 急に変わった翼の声のトーンに、凛子は短く声を上げた。


「˝死神˝は人を殺しません。˝魔王˝の件も、殺したんじゃなく、殺さなければならなかったんです」


「……はぁ?何、言ってるの?」


 凛子は「訳が分からない」というように首を振り、


「どうでも良いわ。あんた、庇ってるの?˝死神˝のこと」


 それは皮肉からの言葉だったが、翼は「はい」と、頷いた。


「そうですね」


 庇う───なんて上からの言葉をいえる立場ではないのは自覚しつつ、翼は言った。


「馬鹿みたい。何の得があんのよ」


 凛子は吐き捨てるように答え、「良いから早く言いなさいよ」と、痺れを切らした。


 翼は窓を見つめ、そこから見える空がオレンジ色になりかけているのを確認する。


「わかりました。……僕も、もうそろそろ行かなきゃならないので」

 

 翼は凛子の方を向き、˝死神˝の正体を凛子に告げることにした。


「˝死神˝は、ここ───北山町に住んでいる高校生です」


「高校生……?嘘でしょ?」


 凛子が怪訝な目をする。


「嘘を付いたら、他の、何も関係が無い人が襲われる事態になりかねないじゃないですか。本当ですよ」


 翼は凛子の素直すぎる反応に向かって言った。


「名前は───矢橋勇人」


 翼は淡々と、その名を告げ、


「僕と同じ、˝ASSASSIN˝のメンバーです」


 と、締めくくった。


 凛子は言葉の意味を理解した後、翼を見つめ、こう言った。


「……じゃあ、あんたの仲間ってこと?」


「そうですね。少なくとも、僕は、そう思ってます」


「よく、そんなに簡単に、仲間の情報を売れるわね」


「簡単、じゃないですよ。殺されかけた上村さんと、殺された水野の存在があります。それを、無かったことにはできません」


 翼はそう言い、右ポケットに入れていた手を外に出した。


「これで良いですか?まだ何か気になるんだったら答えますけど」


 凛子は「いいえ」と、翼から目を逸らし、


 今の会話は録音したわ。これを何かしらの犯罪組織に売る───あんたの名前は出さないから」


「それは助かります」


 翼は凛子に向けるであろう、最後の笑みを見せると、「じゃあ……」と、別れを告げることにした。


「これで終わりですね。……さようなら、才加先生」


 ドアに向かって歩き出す。


 背後から、聞き慣れた優しい声がしたが───今は優しさなど、感じなかった。


「さようなら、萩原君」


 ※


 才加凛子は待ち望んでいた結果に込み上げる笑いを堪えきれずにいた。


 何もかもが、上出来だ。


 凛子が情報屋として働き始めたのは大学2年生の時だった。美術大学に通っていた当時、バイト先であったコンビニエンスストアに強盗が入り、凛子は強盗に腕を切られ、入院することになった。


 今思い返すと、病室で「犯罪者について調べてみよう」と、思ったのは、実際に事件の被害者という立場になったからだったのだろう。


 SNSの書き込みで凛子は、情報屋の存在を知った。


 そこには「情報屋は金が稼げる」と書かれており、凛子はその言葉に惹かれた。


 父が警察官、母が弁護士という間に生まれた凛子は、両親に厳しく育てられた。「教師になれ」と、言われ美術教員を目指したほど、両親の目は絶対的で、かといって自立するための蓄えは凛子の元に無かった。


 自由になるには金が必要───凛子の心と、情報屋という存在は、すぐに結び付き、凛子は情報屋になることを決意した。


 何を専門にした情報屋か───その答は明確だった。


 凛子は退院すると自らサイトを立ち上げ、「警察内部の情報を売ります」という文言を掲げた。


 すると、すぐ犯罪組織から依頼が入った。


 興味本位からのものだったが、凛子は父の書斎に忍び込み、警察が今、捜査している事件についての情

報を売った。


 翌日、口座に代金が振り込まれていたが、情報の大きさで思っていたほど、高額なものでは無かった。


 その後は、数ヶ月に一度、依頼が入る程度で、どれも低額で解決できるものだった。


 そうしている内に、凛子は教員になり、目まぐるしい日々が始まることになった。


 そんな毎日に、少し余裕ができた頃、サイトにこんな依頼が入っていることに気が付いた。


『˝死神˝の正体を教えてください。』


 凛子は意味が分からず、質問を送信した。


『˝死神˝とは、何のことですか?』


 すぐに返事は返ってきた。


『2年前、全ての殺し屋の長として恐れられていた、˝魔王˝を殺した人物です。』


 凛子は殺し屋の事情について、全く精通していなかったが、その˝死神˝と呼ばれる人物の正体を教えることで、自分は確固たる地位を築けると察した。


『わかりました。必ず、見つけ出します』


 凛子は答え、捜査を開始することにした。


 父の書斎から˝魔王˝殺しの資料を見つけるには相当な時間を要した。


「北山町で˝魔王˝の死体は発見されたらしい」と、依頼主が言ったため、父も真相に精通しているかもしれないと、棚の中身を取り出してみるが、それらしいものは見つからず、予想が消えかけた時、父の机の引き出しを僅かな可能性にすがって開けてみた。


 中に、資料が挟まったフラットファイルがあった。表紙には───「殺し屋に関する事件 報告書」と、父の字が書かれていた。


 その中の、最後のページに˝魔王˝殺しの資料があった。


 ˝魔王˝の名は、御神(みかみ)有馬(ありま)。死因は、刃物で身体の数ヵ所を刺されたことによる出血多量———それらの情報を凛子は記憶していき、細かい捜査情報は流し読みすることにした。


 ただ─── 一ヶ所、気になる文章があった。


『———殺害した人物の名は表記しないこととする。』


 それが˝死神˝のことであるのは、凛子にとって明確だった。


 凛子は更に深まった˝死神˝の正体について、その後も調べ続けることになった。


 ˝死神˝のことについて調べ、様々な犯罪組織や、情報屋の仲間と繋がっていった凛子に有力な情報が入ったのは、今から1ヶ月前のことである。


 とある、犯罪組織のリーダーが、凛子が˝死神˝について尋ねると、こう言ったのだ。


「前に、同じように訊いてきたやつがいてな。そいつは˝魔王˝殺しについて教えて欲しいって言って来たんだよ。俺は、˝魔王˝の下で働いていたことがあるから、それを嗅ぎつけられたらしくてな。断ろうとしたら、教えてくれたら˝死神˝の正体を教えるって言うんだよ。だから、教えてやったのに、騙しやがった」


 凛子はそれを聞き、どんな人物だったのか尋ねた。

「お前と同じ、情報屋だ。ちょうど、中学生くらいのガキで、能力者だった。たしか、専門は……殺し屋だったな」


 それだけの情報があれば十分だった。


 実際に調べてみて、翼の名前が出た時は驚いたが、好都合だと、すぐに思考を切り替えることができた。


 生徒ならば近づくことは容易い。


 凛子は翼から確実に˝死神˝の正体を知るために、計画を練った。


 そして、今日、その計画は成功した。


 凛子は職員室をいつものように出る。


 もう、二度と入ることは無いであろう部屋と、会うことのない教員たち、そして自分に対し、「お疲れ様でした」と、告げると、これまで感じて来た全ての縛りから解放された気がした。


 家に帰り、パソコンを起動させ、依頼主に翼との会話の録音を送れば、自分の人生は一変する。


 大金が手に入り、好きな暮らしができる。海外に行って、自由奔放、絵を描こうか。


 凛子は階段を早足に降り、職員玄関のドアを開け、外に出た。


 そうして、校門に向かって歩き出そうとした凛子を、呼び止める声があった。


「凛子」


 聞き慣れた、この世で一番煩わしい声に凛子は振り返る。


「父さん……?……何してるの?」


 父がそこに立っていた。


 まるで、自分が出てくるのを待ち構えていたような父に凛子は冷たい視線を向ける。


 父は一瞬、悲しそうな目をした後、


「この後、空いてるか?」


 と、言った。


「何で?」


 凛子は警戒しつつ、尋ねる。


「話があるんだ。……凛子の好きなもの食べながら、話せないか?」


「………」


 凛子は父を凝視する。


(何……?今更、親ぶって……)


 父はいつでも仕事を優先して生きて来たことを凛子は知っていた。


 学校の行事も仕事を理由に不参加、卒業式にさえ出席せず、凛子の誕生日や、クリスマスも家を空け、

父親という立場より、警察官という職務を全うしてきた男が、何の記念日でも無い今日、娘を食事に誘う


 ─── 一体、どういう風の吹き回しだろう?


(事前に連絡しない何て……、馬鹿じゃないの?私が˝行けない˝って答えるかもしれないって予想できないわけ?)

 

 凛子は大きく溜息を吐いた。


(刑事のくせに……先読みできないのね……)


 呆れて笑える。


「……無いわ、別に」


 凛子は答えた。


 ˝死神˝の情報を売るのは、今日中にできればそれで良い。まだ、時刻は5時を回ったくらいだ。夕飯を食べに行き、帰宅してからでも余裕で間に合う。


(父さんと食事に行くのも、これで最後かもしれないから……)


 凛子は父と目を合わせ、「行きましょ」と言うと、駐車場にある父の車向かって歩き出した。


 父が自分を捕まえる口実を言っていることに、気付かぬまま───。

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