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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第2章
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Ⅿay Story14

明かされる、殺し屋の過去。

「……俺の妹───汐里は、7歳の時、事故に遭って、それから車椅子生活を余儀なくされた。足を治す手術は、当時の医療技術と、家計の問題で不可能だった。……家族の中心で、いつも明るかった汐里は暗くなって、それに影響されて、母親は鬱病になった。それから……兄貴は家出をして、父親はアル中になった。……家族はバラバラになった」


 佐藤は自らの過去について、語り始めた。


「俺は、そんな風になってしまったとしても、家族が大切なことに変わりは無かった。当時、高校生だった俺はバイトを掛け持ちして家に金を入れ、勉強もそれなりに頑張った。……けど、その稼いだ金は生活費じゃなく、父親の飲酒代に消えていくようになった。それで、俺も鬱になった。頑張っても、報われないことをそこで悟った。……そして、高校を辞めた。……その少し後、母親が家で首を吊って自殺した。父親は気をおかしくして、精神病院に入れられた。……俺は汐里と親戚の家に預けられた。俺はその親戚の名字───"佐藤"を名乗ることになって、汐里はまだ、中学生だったから、そのまま"蜷川"姓でいることになった。そこからの数年間は˝普通˝だった。汐里が事故に遭う前のような生活を送らせてもらった。汐里は少しずつ、元のように話せるようになって、俺の鬱も回復して行った。俺は、18で就職することになった。中卒の俺をOPUという組織が拾ってくれた」


 蒼太は新一の、佐藤について話した時の、あの表情を思い出した。


(社長も、こうやって聞いたのかな……?この人の、過去の話……)


「OPUに入ってから、俺は一人暮らしを始めた。OPUの給料はあまり高くなかった。俺一人の生活費としても、ぎりぎりの額で、汐里は親戚のおじさんとおばさんに、任せきりにしてしまっていた。……その親戚夫婦が10年前、事故で亡くなった」


(10年前……)


 佐藤の言葉を蒼太は心の中で繰り返す。


 佐藤がいなくなったという、新一の話と一致する、10年前という年月。


「……汐里は俺と暮らすことになったが、OPUの給料だけじゃ、2人で生活ができないと思った俺は、他の仕事を探すことにした。……OPUは良い組織だったが、副業が禁止とされていた。だから……、俺は居酒屋と清掃員の仕事を掛け持ちしてやることにした。貯金もいくらか残っていたから、それで、それから5年間、やりくりできるまで稼げていたんだが……」


 佐藤の表情がこれまで以上に暗くなった。


「……親父が死んで、親父が残した借金が俺に伸し掛かってきた」


 それは、父親に対する憎しみが込められた声だった。


「……親父は闇金に手を出していた。ヤクザが俺の家までやって来て、今すぐ金を返せと言って来た。弁護士や警察を呼んだら、家のアパートに火を点けると脅された」


 自嘲気味に笑った後、佐藤はすぐに笑顔を消し、


「……その金は……」


 と、哀れみの表情を浮かべた。


「……汐里の、足の手術のために貯めていた金で払うしか無かった……」


 涙を含んだ、震えた声だった。


 蒼太は、ここまで報われない話があって良いだろうかと、呆然とする。


「……汐里は当時、好きな男がいて、告白した時に、足が不自由だという理由で振られていた。そんな理不尽な話があって良いのかと、俺は、絶対にどうにかしてやるからと汐里に約束した。……もう少しで、目標の金額に届くはずだったのに……、無駄になってしまった」


 佐藤はすすり泣きながら、言った。


「……俺は親父が憎くて仕方なくなった。……しかし、親父はもう死んでしまっていたから、その対象は、俺を脅した、ヤクザたちに向かって行った。……殺してやりたいと、その時、思った」


 佐藤の話は、クライマックスへと向かって行った。決して、ハッピーエンドでは無い、結末へと。


「……ヤクザたちに復讐することを考えた俺は、闇サイトで殺し屋を雇いたいという男の書き込みを見つけた。連絡を取ってみると、˝大金をやるから人を殺してくれないか˝と持ち掛けられた。……俺はその仕事を受けることにした。……そして、それから、殺し屋になった」


 佐藤の口の動きが、そこで止まった。


 蒼太はいつの間にか、メモを取る手を無意識に止めてしまっていたことに、そこで気が付いた。


「……その、雇い主からの代金は、妹さんのために?」


 少し、間があった後、翼が口を開いた。


 佐藤は涙を流したまま、「いや……」と、首を振った。


「俺の……、1年の、生活費のためだ」


「ということは……、1年に一度───それを5年間続けて、5人を殺害したということですか?」


 翼が尋ねる。


「ああ……、そうだ。汐里の……、妹のための貯金は、掛け持ちしていた仕事の給料を使った」


 蒼太はそれを聞き、佐藤の妹を思いやる気持ちに、胸が苦しくなった。殺しをして受け取った金では無く、正当な、正しい財産を佐藤は妹に残していたのだ。


「……汐里さんは、こう、僕に、話してくれました」


 翼が、そっと、口を開いた。


「4年前、お兄さん───あなたに、˝私はもう大丈夫だから˝と言って、家を出て、一人暮らしと仕事を始めてから、あなたの携帯に電話が繋がらなくなったと。それで、汐里さんは、住んでいたアパート、あなたがいるはずのアパートに、手紙を送り続けていたそうです。……返事が無くても、あなたが読んでくれていると信じて」


 佐藤は顔を手で覆い、小刻みに頷いた。


「車椅子に乗っている汐里さんは、アパートを訪ねることが難しく、手紙を書き続けていたそうですが、恋人ができ、その人の車であなたを一度、訪ねに行ったのですが、あなたは不在で、けど、表札が変わらず残っていたので、手紙をポストに入れてその日は帰った。……それが、2週間前のことだそうです」


「佐藤さん」と、翼は呼びかけた。


「あなたは、その手紙を読んで、次の仕事を最後にしようと決めた───違いますか?」


 次の仕事───光を襲うように指示された仕事。


「ああ……。ああ……、そうだ……」


 佐藤は声を震わせて答えた。


「汐里のための、金が用意できたタイミングも、重なったんだ。……俺は、もう、汐里のためにできるこ

とはやった。自首しようと思った……、だが……、俺が今までしてきた殺しは、全て、証拠が残っていないものだった。だから……、証拠が残る殺しをしようと……」


(だから……、なんだ……)


 蒼太は監視カメラに映る場所で、佐藤が光を襲った理由が、そこで分かった。依頼主の指示があったことに間違いは無いが、佐藤は、証拠を残すことで、自分が確実に捕まることを望んでいたのだ。


「なのに……、俺は失敗した。……あの子を、殺せなかった。……だから……」


(……水野の殺しを、引き受けた)


 蒼太は、心の中で、佐藤の言葉の続きを、語った。


「……汐里さんと会った日、僕は、汐里さんの連絡先を教えてもらいました。……昨日、あなたが捕まった後、汐里さんからこんなメールが来ました」


 翼は携帯電話を取り出すと、画面を佐藤に向けた。


 蒼太も、ここに来るまでに見た、蜷川汐里の、喜びに溢れた言葉。


『今朝、郵便ポストを覗いたら、兄からの手紙が届いていました。そこに、私の結婚報告に答えてくれた、お祝いの言葉と、兄が私に内緒で用意してくれたという、私の足を手術するため、そして結婚式を挙げるためのお金が入っているという、口座番号が書かれていました。とても、とても有り難くて、嬉しくて、涙が出ました。そのお金は、兄に会うまで使うことはできないな、と思います。私が一方的に話してしまった兄の話を、嫌な顔一つせず聞いてくれたあなたにどうして伝えたくて、メールさせてもらいました。改めて、この前は、私の話を聞いてくれて、どうもありがとう。』


 それを、最後まで読み終えた佐藤は、それまで抑えて来たものが、溢れ出るように泣き崩れた。


 蒼太は自分も泣きそうな、とても悲しい気持ちになり、目を背けた。


 佐藤が6人もの人を殺害したのは事実で、彼は裁かれるべきなのだ。同情するべきではない───分かっているはずなのに、そうせざるを得ない。


「……佐藤さん」


 翼は最後に佐藤を呼び、こう言った。


「……これで、聴取を終わります」

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