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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第2章
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May Story11

犯人が、動き出す。

「そうなんだ。殺し屋は一人だけだったんだね」


 土曜日に分かった事情を説明すると、光が言った。


 翼は頷き、角を左に曲がる。


 翼と光は中学校から本拠地へと向かう道を歩いていた。


「上村さんは土日、大丈夫だった?変なメール、来たりしてない?」


「うん。大丈夫。何も起こらなくて怖いくらい」


 光が言葉とは裏腹に笑顔を見せる。それは本心からの言葉のようだった。


「そっか、良かった」


 翼は光に笑みを返しつつ、内心は笑える状況では無いのかもしれないと感じた。


 何も起こらない───それは何かが起こる前兆になりうる。何故、対策をしていなかったのか、未然に防ぐことはできたはずなのに。その呪縛は人を苦しめる。


 それを、そうさせないようにするのが˝ASSASSIN˝の仕事で、自分の役目だと翼は考えていた。


 今回のその対象は今、隣を歩いている、上村光だ。


「部活行かないで、普段より、早い時間に帰って来てること、上村さんのご両親は気にしてる?」


 翼は、ふと思いついて尋ねた。


 光は首を横に振った。


「特に、何も言われてない。……というか、気付かれてないみたいな感じ。お父さんは単身赴任中で家にいなくて、お母さんは私が部活やって帰る時間よりも帰ってくるの遅いから」


「ああ、そうなんだ」


 これに関しては「良かった」というべきでは無いと翼は判断した。


 そういえば……と、翼の頭の中に、不意に、思い浮かぶ事柄があった。


 光の携帯電話に、メールを送信した人物は、一体、どうやって光のメールアドレスを入手したのか───それについて、まだ、深く精査していなかった。


「宮田先生って、部活の時も、厳しいの?」


 翼は、そのきっかけを作るために、光にそう尋ねた。


 バレー部の顧問である宮田は、2年生男子の体育の授業を受け持っていた。いつも黒いジャージを着ていて、背が高く、かなり厳しい指導で生徒から怖がれている男性教師だ。


 光が無言で大きく頷く。


 その素直すぎる反応に翼は小さく笑った。


「じゃあ、部活中に更衣室に出入りするのは、禁止?」


「うん。終わるまでは絶対だめ」


「じゃあさ……」


 翼は光を向く。


「上村さんはいつも、部活に行くの、他の部員の人たちよりも、早い方?」


「いや……、そんなこと無い、かな。いつも、体育館、1年生が清掃してて、それが終わってからじゃないと入れないから、みんな更衣室で着替えるのは同じくらいの時間になりがちなんだよね」


 その答を聞いて、翼は「ごめん」と光に謝罪した。


「えっ?」


 光が「何のこと?」と目を丸くする。


「すごく、失礼なこと考えてたから。上村さんのメールアドレスが盗まれた原因って、誰かに頼まれたバ

レー部の部員の人が、上村さんがいない間に、更衣室にあった上村さんの携帯を盗み見したことじゃないかって勝手に思ってたんだよね。今の話聞いて、違うって分かったんだけど」


「あっ、大丈夫。謝らなくて」


 光はそう、両手を振った後、「それに」と付け足した。


「そういうこと、ちょっとありそうだなって私も思うから」


 目を下に向け、口元は笑みを残したまま、光は言った。


「……私ね、2年生の部員に、良く思われてなくて。˝あんたが遅くまで練習するから私たちも遅くまでいる羽目になってるじゃん˝とか、˝どうせ能力使ってボール、コントロールしてるんでしょ˝とか……言われてるんだ」


 その口調は今まで誰にも話して来なかった、自分の内に秘めていたものを曝け出しているようだった。


「私はバレーが好きだから、どんな辛くて長い練習も苦じゃないし、それがあって強くなれる、まだ自分より努力して強い人はたくさんいるって思うから、だからやってるのに。練習に手を抜いて、人のことを悪く言って楽しむ人を˝仲間˝って呼べない」


 段々と光の声が低く、静かなものへ変わって行った。その背景で、波の音がする。本拠地まで、もうすぐだった


「……あっ」


 翼が何か言う前に光が我に返ったかのように声を上げた。


「ごめん。……いきなり」


 翼は疑問に思っていた「光とバレー部員の仲」についての答が知れたこと、そして、光の本心が聞けたことに、光が謝る必要は無い、と思った。


 今度は、翼が「大丈夫」と言おうとした時。


 横道から何者かが飛び出してきた。


 一瞬だが、翼はその手に、ナイフが握られているのを捉えた。


 翼は声を出すより先に、光の肩を掴んだ。


 そして光の体を後ろに下がらせた時、相手の姿が見えた。


 黒い布で顔を覆っている。


 2人に向かって、人物はナイフを振り上げた。


 翼は、光が息を呑む声を聴いた。


 刃先が翼の目の前に飛んでくる。


 それを───翼はほとんど本能的に、能力で防いだ。


 ナイフが宙を飛び、


「う“っ!」


 という鈍い声と共に、黒い布が丸くなる。


 地面に、血のついたナイフが音を立てて落ちた。


 幻覚が消えるのと同時に、黒い影は走り出した。屈んだまま、傷を庇うかのように。


「……今の、犯人……?」


 後ろで、呟くように、問いかける声がした。


 翼は、光を振り返った。


 光は、衝撃をうけたように目を見開いているが、パニックに陥ったような様子はなかった。


 翼は、何者かが走り去った方向を見つめた。


 そこには、もう、何も見えない。


「……殺し屋では、ないような気がするんだけど」


 翼は、答えた。


 殺し屋が、こんな白昼堂々の犯行を選ぶとは思えない。


(だとしたら、最初に上村さんの後を付けていた犯罪者……水野道正……?)


 殺し屋───佐藤学と共に、何者かの依頼のもとで動いているであろう水野が、自分を殺害するよう、

新たに指示されたのだろうか───だが、今の人物は、最初、光を狙っていたように見えた……。


「……上村さん」


 翼は、再び、光を振り返った。


 光の様子は、落ち着いていて、自分の言葉を待っているようだった。


「とりあえず、本拠地に行こう。あそこなら、安全だから」


 そう言葉を掛けると、「うん……わかった」と、光は、しっかりと頷いた。


 ※



 本拠地に向かう残りの道を歩く途中、翼は、後方に神経を集中させていた。また、いつ、何者かが襲っ

てくるか分からない。


 海岸沿いの道に入り、もうすぐ、˝立ち入り禁止˝の看板に差し掛かろうという時。


「え……?」


 光が前方を見て、足を止めた。


 その視線を追った翼と、光の声が重なる。


「人……?」


 ˝立ち入り禁止˝の看板の手前に、地面に倒れた黒い影が見える。


 翼はその影に駆け寄った。


 近付くと、やはりその影は、うつ伏せに倒れた男性であった。


「大丈夫ですか?」


 翼は迷うこと無く、男性の肩に手を触れる。


 もう一度、大きく呼びかけて肩を揺らすが、反応は無かった。


(気を失ってる?呼吸の確認をしないと)


 肩を掴み、男性を仰向けにしながら、翼は後ろを振り返った。


「上村さん、救急車、呼んで貰ってもいい?」


 駆け寄って来た光はその問いに答える代わりに、短い、悲鳴を上げた。


 手で口を覆い、開ききった目で、男性を見ている。


 翼も、男性の顔を見た。


 そして、言葉を失った。


 白い顔に赤色の「×」が塗られている。目は上に向き、口が開いたままになっており、そこには血で染まった紙が大量に入っている。


 そんな、衝撃的な形相を見て、翼は何故、見覚えがあると思えたのだろうか、と後になって考えた。


「……水野、道正……?」


 黒ずくめの男───水野道正は、˝ASSASSIN˝の本拠地へと向かう道の途中で死体として発見されることとなった。

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