February Story13
新一の行方を調べるため、6人が起こした計画───それは、"工場"への潜入捜査。
「侵入捜査!?」
葵の目が、パッと輝く。
「何それ!映画じゃんっ!」
「あんた、ついさっきまで泣いてたのは何だったのよ……」
優樹菜が、呆れたような目を妹に向ける。
新田和彦───彼の倉庫であり、住居でもある”まっくろ工場”に向かう道中、6人は、”作戦会議”を行った。
目的は、新田と接触し、新一の居場所を聞き出すこと。
そのために、慎重なことをやっている時間はないと、優樹菜は言った。
「危険は伴うかもしれないけど、多少、強引な方法の方が、手っ取りばやいと思うの」
先頭を歩く優樹菜は、5人に向かい、早口にそう告げた。
そして、優樹菜が提案した方法こそが、”潜入捜査”だった。
”工場”に、新田に気付かれぬよう入り込み、彼に接近する───。
「社長の説得を聞かずにもみ合いをして、逃げ出すと同時に、社長をどこかに行かせた人に対して、”犯行をやめてください”なんて下手に出ながら頼んだって、聞くわけないんだから───手段なんて、選んでる暇ない」
優樹菜は、強い意志が表れた目で、そう言った。
※
”まっくろ工場”を蒼太が訪れるのは、去年の8月以来───約半年ぶりのことだった。
あの時は、初めて会う”発明家”に対して、緊張と微かな高揚感を持っていたのに───今、心の中にあるのは、ただひたすらに、薄暗い感情だった。
冬の空気に晒され、ひっそりと佇む、黒い壁───蒼太は、枯葉の落ちた木の茂みから、その建物を見つめた。
「入り口付近に、監視カメラが仕掛けられてますね……」
翼の声に、建物正面にある、黒いシャッターを見つめる。確かに───その上部に、地面を見下ろすレンズの形状が見えた。
「慎重で、神経質そうな新田さんのことだから、今も、誰かが自分の元を訪れるんじゃないかって、カメラの映像をチェックしてるかもしれないよね……」
光が、翼の声に答える。
「葵の能力で、入り口を使わずに侵入するのは可能だけど、中の様子がどうなっているのか、事前に分かってた方がいいか……」
思案するように言った優樹菜は、「……よし」と立ち上がると、
「私、建物の中がどうなってるのか透視してくる」
そう言い、手前にいた勇人の肩を叩いた。
「ちょっと、付いてきて」
優樹菜が透視の能力を使用するには、建物に近づく必要があるーーーしかし、その姿をカメラに捉えられたくない。
そこで、勇人の能力を借りて、自身の姿を消すことができれば、その心配をしなくてもいい。そう、優樹菜が考えたのだと蒼太はすぐに気が付いたのだが───
当の勇人は、優樹菜の言葉に、すぐに反応しなかった。
聴こえていながら立ち上がらないではなく、優樹菜に呼ばれたこと自体に気付かないような勇人の様子に、蒼太は、「ん……?」と、首を傾けた。
「矢橋くん?」
優樹菜が怪訝そうに呼びかけると、勇人が、顔を向けた。
「私、建物の中見に行くから、一緒に来てくれない?」
重ねるように優樹菜が尋ねると、勇人は、ややゆっくりとした動作で立ち上がった。
蒼太は、その姿に、微かな違和感を覚えた。
(兄ちゃん、何か考え事してた……?)
※
「……何か、引っかかってるの?」
4人から離れた場所で、優樹菜は勇人に、そう声を掛けた。
「何かって、何だよ」
振り返った勇人が答える。
「いや……だから、私がそれを聞いてるんだけど……」
優樹菜は、僅かに息を吐きだし、「ほら……」と言った。
「私が、新田さんが社長の居場所を知ってるはずだから、探りに行こうって言ったあたりから、いつにも増して口数少なくなったから、何か、考えてるのかと思って」
そう口にして、優樹菜は、"あること"に思い当たり、「もしかして……」と、呟いた。
「社長が、連れ去られたかもしれないってこと……?」
そう問いかけると、勇人の目が、僅かに動いた。
社長が、あのおじさんに誘拐された───本拠地の中に、新一の姿がないことが分かった時、葵が自分に言った言葉が、蘇る。
それを振り返った上で、優樹菜は、「たしかに……」と首を傾けた。
「新田さんがここまで社長を運んできたんだとしたら、相当無理な方法を使ったんだと思うけど、可能性は、ゼロではないんじゃない?新田さんは、機械をつくりだす力を持った能力者だし、能力で、社長の体を移動させるのに使う機械を作った……とか」
そう告げると、数秒、間をつくった後で、
「機械っつったて、欠陥品なんだろ」
優樹菜の方を見ないまま、勇人が答えた。
「まあ……そうだけど……」
優樹菜が言葉に詰まったことで、会話が途切れた。
”まっくろ工場”の敷地の入り口付近まで、2人は無言で歩き続けた。
建物の影が自分たちに覆い被さる直前、優樹菜は、「ちょっとストップ」と、勇人に声を掛けた。
「この辺から、使ってもらえない?ここなら、ギリギリ、カメラに映らなそうだから」
勇人が、自分の方を振り返る。
優樹菜は、その姿に、眉を寄せた。
「ねえ、ちょっと、すんなりし過ぎじゃない?」
「何がだよ」
自分を見つめた勇人の目を、優樹菜は見つめ返した。
「いつもなら、私が何か頼みごとしても、すぐになんか動かないくせに」
優樹菜は、新田和彦が住まう、真っ黒な外壁の建物に目を向けた。
「そんなに、社長がここにいるっていう可能性が、信じられない?」
そう問いかけると、勇人は、息を吐き出した。
「いちいち、うるせぇな」
それは、いつも、優樹菜が聞いている勇人の口調だった。
「それを今から確かめに行くんだろ」
当たり前のように発せられた言葉に、優樹菜は、言い返すために用意していた言葉を見失った。
「……そう、だよ」
かろうじて出てきたのは、何処か、ぎこちない声だった。
「その通りだよ。ほら、私、中の様子見てくるから、早く能力かけて」
頬に上がった熱を誤魔化すように、優樹菜は、勇人を急かした。
勇人が、自分の立てた計画に納得していないのではないかと疑い、微かに苛立っていた気持ちが、恥ずかしく思えてきたのだ。
そんな、優樹菜に気付いているのかいないのか、勇人は、一瞬、閉じた目を開けた。
その目から、赤い光が宙に浮かぶ。
優樹菜は、自分の体が、ゆっくりと周りの景色から消えていくのを感じた。
※
「中は、仕切りのない一部屋の造りになってて、コンクリートの壁と床……名前の通り、工場みたいな印象だった。壁に工具が立てかけられていたり、床に修理中の機械のようなものがあったのを見るに、新田さんの作業部屋なんじゃないかと思う」
優樹菜が、”まっくろ工場”の一階部分を透視して見えた光景の説明を聞きながら、蒼太は、首を傾けた。
(一階が全部作業するための部屋になってるっていうことは……新田さんの生活スペースは、2階の方にあるってこと……?)
「……それで、一階の奥に、もう一つ、気になるものが見えたんだけど」
優樹菜が続けた言葉は、蒼太が抱いた疑問に答えるようなものだった。
「階段があって、上に向かうものと、下に向かう方の、2つがあったの」
「それって……地下室があるかもってこと……!?」
葵が声を上げると、優樹菜は、「おそらくね」と、頷いた。
「1階のスペースに姿がなかったことを考えると、新田さんは今、2階か地下の、どちらかにいる可能性が高い。ただ、6人で一斉に片方ずつを調べると時間がかかるから、2階に行く方と地下に行く方、それぞれ、3人ずつに分かれよう」
優樹菜の提案で、6人は2つの班に分かれることになった。
そして、優樹菜が、それぞれが持つ能力のバランスや男女比、年齢の年長、年少に偏りが出ないように考え、班編成を組んだ結果───優樹菜、翼、葵の3人、勇人、光、蒼太の3人が班を組むことになった。
「これって……」
光が、不意に、何かに気が付いたように声を発した。
「去年、9月に、私たちが事件の捜査指揮を行った時に組んだ班と、同じメンバーですよね」
その言葉に、蒼太は、はっとしながら、「たしかに……」と、呟いた。
思い返すと、あの時は勇人との関係も今と比べてぎこちなく、光とも自然に話ができるとは言い難いような状況だった。
しかし、あれから数ヶ月経った、今は違う。
2人の役に立てないかもしれない、足を引っ張てしまうかもしれないという、あの時に抱いていた不安が、今の蒼太の中にはなかった。
蒼太は、深く、息を吸い込み、これから自分たちが対する”工場”を見つめた。
よろしければ、評価・ブックマーク登録、感想など、よろしくお願いいたします!




