February Story10
新一が語り出す、新田和彦への疑念───。
新一が、新田和彦が脅迫音声の送り主であるという可能性について口にしたこと───それを受けて、驚きの声を上げるメンバーはいなかった。
いや───驚きがなかったわけではない。───と、蒼太は思う。自分がそうであるように、今この場所は、驚愕の声をあげるべき空間ではないと、そう、思ったから───。
「さっき、新田さんから電話が掛かって来た時───」
そう言いかけた新一は、「いや……」と、首を振った。
「……違うね。本当は、脅迫音声の送り主と出会った時から……あの黒ずくめの姿の奥に、新田さんの面影を、感じていたんだ」
新一は、長い間隠してきた秘密を告白するような口調で言った。
「私が、脅迫から身を引いて、警察に自首するように勧めた後……黒ずくめの人物は、懐中電灯のような機械を取りだして、私の目を照らした……その仕草に、見覚えがあるような気がしたんだ……」
新一が、テーブルの上で組み合わせた指先は、強張っていた。
「その感覚は、言葉で説明し難いもので……目を照らされる直前、黒ずくめの人物と、新田さんの姿が重なって見えた───そんな、根拠のない直感のようなものだったんだけれど……考えれば考えるほど、新田さんが、脅迫音声の送り主なんじゃないかという想像が、大きくなっていって……」
蒼太は、気が付いた。自分たち6人が数分前に展開した推理───それを、新一は既に、行っていたのだと。
新一は、「……それで」と、静かな声で、続けた。
「……それを、みんなに話そうかと、そう、思っていたんだけど───ちょうど、その時、新田さんから、電話が掛かって来たんだ」
その時───新田和彦から電話が掛かってきた時の新一の表情を、蒼太は思い出す。
驚愕と、緊張が入り混じったような───今までに見たことのなかった、新一の目。
「電話に出ると、新田さんは、いつも通りの、何気ない口調で、話を始めた。───今度、近いうちに、2人きりで会えないかと、そういう誘いの電話だった」
「ただ……」と、新一は、目を伏せた。
「……私の中では、電話越しに聴く新田さんの声によって、疑いが、確信に変わったんだ」
目を伏せたまま、新一は、ゆっくりと、言葉を紡いだ。
「新田さんは、何かを隠している……。私に会いたいと言うのも、"ASSASSIN"が、今、どういう状況にあるのか、確かめたいがためだと、そう、直感した。だから……」
新一は、息を吐き出すような声を漏らした後、
「……今すぐに、新田さんと話すべきだと思った」
──6人に向かって、視線を上げた。
「新田さんは、今から1時間後───この本拠地に来る」
そう告げた新一の目の奥には、強い覚悟がこもっているように見えた。
※
今から1時間後───午後6時頃。
新田和彦が、この場所に、やって来る───。
「……そこで、新田さんに、話を聞くつもりだよ───何故、”ASSASSIN”を、壊すような行動を取ったのか」
室内に走った緊張感。
それを、いつも解いてくれる、蒼太を安心させてくれる新一の声が、穏やじゃない───それが何より、蒼太を、不安にさせた。
「……私たちは、その場にいない方が、いいですか?」
優樹菜が、問いかける。
「……そうだね」
新一が、静かに頷く。
「このことは、私に、任せてほしい」
その言葉に───その、真っ直ぐな瞳に、蒼太は、何も、言葉を返せなかった。
他の5人が、どんな反応をしたのかも、確認することができなかった。
ただ───自分たち6人に、本当の気持ちを隠しているような新一の瞳から、目を逸らすことができなかった。
6人が帰り支度をし、オフィスを出る姿を、新一が見つめている。
蒼太は、その姿を振り返った。
「社長……」
蒼太は、新一に近づいた。
新一の深緑色の瞳が、蒼太の姿を捉える。
蒼太はその目を見つめた瞬間───胸の中に、熱い感情が込み上げてくるのを感じた。
「社長……、大丈夫……ですか?」
心の中に渦巻いている感情は、沢山あるはずなのに、蒼太の口から出たのは、小さな声による、ありきたりな言葉だった。
なのに───蒼太の瞳を覗き込むように見つめた新一の目は、その言葉を受けて、ふっと、和らいだ。
「───大丈夫だよ」
新一は、微笑んだ。
そうして、膝を折った新一は、蒼太と目を合わせ、
「私は、君たち6人がいてくれるなら、他に何もいらないんだ」
優しい手つきで、蒼太の頭を撫でた。
オフィスを出る直前───蒼太は、部屋の真ん中に立ったままでいる新一の姿を振り返った。
新一は、蒼太の視線に気が付くと、笑顔を浮かべて、片手を上げた。
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