February Story9
6人が辿り着く、脅迫音声の送り主の正体───。
「3人とも、これに、見覚えがあるの……?」
優樹菜が、戸惑ったような視線を、蒼太たち3人に向ける。
蒼太、翼、光が、それぞれ、「はい……」の頷く声が重なる。
「去年の8月……夏休みのある一日に、僕と蒼くん、上村さんの3人で、"まっくろ工場"に行ったことがあったんです」
翼が、そう、口を開いた。
「解決班の任務で使う機械───”コマンド”が完成した連絡を受けて、それを受け取るのと同時に、あの場所に行ったことがなかった蒼くんと上村さんを、紹介しようと、彼……新田和彦さんに会いに」
数分前───新一の携帯に電話を掛けてきた相手。
新一の友人。能力者の、発明家。
───数分前まで、ただ、”それだけ”であったはずの彼の名前が、発せられたことにより、室内の空気は、一変した。
「……新田和彦さん。彼は、人の名前を覚えることが苦手で、初めて会う蒼くんや上村さんの名前だけでなく、あの時、会うのが二度目だった僕の名前までも、はっきりと憶えていませんでした。そのため、僕たち6人の顔と名前を一致させたいと言って、6人の名前と、簡単な特徴───髪の毛の色をメモ用紙に、書き出したんです」
翼が、手を伸ばし、優樹菜のスマートフォンに映った画像を、指し示す。
「……まさしく、この通りの、順番に」
※
「あの時……新田さんは、僕たち6人の髪の毛の色と下の名前をメモに書き記していたんですが」
翼が語る声が、室内に、静かに響く。
「その時の新田さんの目的は、本人が言っていた通り、僕たち6人の見た目と名前を一致させるため───だったのかもしれません。……ですが、その後、新田さんが、そのメモ用紙を、犯罪に利用しようと考えた可能性があります」
翼は、「今考えると……」と、呟くような声で言った。
「才加凛子は、5月の事件を起こした時、僕と上村さんのことは、生徒として見ていたから、いくらでも情報を集めることはできていたけど───他の4人に関しては、名前、年齢、見た目を調べるまでには、至っていなかったはずなんです」
翼の瞳は、優樹菜のスマートフォンの画面を、真っ直ぐに捉えていた。
「つまり……崎坂さんが才加から渡されたこの名簿は、才加が用意したものではなく、才加が自身の依頼主……僕たちに脅迫音声を送った人物が才加に渡したものだと考えられます」
そして───その人物というのは……。
「あの発明家さんが、あたしたちを脅迫してたってこと……?」
驚愕の目をした葵が、口にした。───蒼太の頭の中に浮かんだものと、全く同じ言葉を。
直後、「でも……!」と、自身の言葉を否定するように、葵が声を上げた。
「あのおじさんは、社長の友達なんだよね?あたしたちのためにも、機械を作ってくれたり……協力してくれてるのに、そんなこと……」
「……けど、新田さんだとしたら、説明がつくところは、他にもたくさんある……」
優樹菜が、葵の言動に、慎重に言葉を重ねるように、口を開いた。
「犯人が社長の存在を知ってたこと……それから、本拠地のポストにUSBメモリーを入れたことも、普段は、普段は閉まっている扉を、私たちが気付くように開けておく……社長に会いに本拠地を訪れたことが何度もあるだろう新田さんなら、思いきそうな作戦じゃない……?」
その問いに、葵がぴくりと肩を揺らして、言葉に詰まった。
「じゃ、じゃあ……これは……?さっき、翼、言ってたよね?新田さんがメモしてたのは、あたしたちの髪の毛の色と、下の名前だけで、名字とか、目の色とか、何歳かとかは……書いてなかったって……」
葵が、翼の肩を叩く。───もう、ないと分かりかけている希望に、縋りつくように。
葵を見つめた翼の瞳が、微かに、悲し気な色を帯びるのを、蒼太は見た。
「……それは、後から付け足した情報なのかもしれないね」
自身の肩に触れた葵の手を、そっと握りながら、翼は答えた。
「社長と仲のいい新田さんなら、何気ない会話の中で、社長に僕たちのことを聞く機会がたくさんあったはず……社長に不審に思われないように気を遣いながら、”ASSASSIN”の情報を引き出していったんじゃないかな」
「それに……それと同じ理由で、社長から”ASSASSIN”の活動について聞くことによって、新田さんが、殺し屋や犯罪者と繋がるルートを持っていた可能性も、考えられますよね」
光が、口を開いた。
「新田さんは、”ASSASSIN”の情報を持っている中、それを欲している殺し屋に出会った。だけれど、その殺し屋は、紙に書かれた、名前や見た目の特徴なんていう、不確かな情報だけではなく、もっと正確な”証拠”を欲していた。そこで、新田さんは、金さえ払えば、”ASSASSIN”の調査を行ってくれそうな人間……才加凛子に依頼を持ち掛けることを思いついた。新田さんが、自ら動かなかったのは、きっと……」
光は、そこで僅かに、目を伏せた。
「自分に、自信がなかったから……」
「それ……前に、勇人が言ってた……?」
葵が尋ねると、勇人本人より先に、光が、「そう……」と、頷いた。
「私たちが会いに行った時……新田さんは、終始、おどおどした様子で、萩原くんが新田さんを褒めるような言葉を口にした時も、”そんなことはない”って、その言葉を全く受け入れない様子で……私は、”自己肯定感が欠落した人”という印象を受けました」
その言葉を受けた優樹菜が、「つまり……」と、微かな声を漏らす。
「新田さんは、元々、"ASSASSIN"に壊滅させることを目的として持っていたけど……自分自身がその直接的なきっかけをつくることはできなかった……。だから、1月の事件では、殺し屋と才加を繋ぐ、仲介者としてしか動けなくて、今回の脅迫も、自分の姿を隠した状態でしか、行えなかったっていうこと……?」
その問いかけに、頷くメンバーはいなかった。───蒼太にはそれが、自分自身がそうであるように、”肯定せざえるをおえない”反応の表れであるような気がした。
数秒の、沈黙の後。
「どうすんだよ、これから」
勇人が、優樹菜に向かって、口を開いた。
その口調は、優樹菜に判断を押し付けるというものではなく、この先の決断を後押ししているように、蒼太には聞こえた。
優樹菜は、僅かに、迷うような時間をつくった後、
「……新田さんを犯人として、捜査を進めるしか、ないよね」
微かな声で、そう言った。
「社長が戻ってきたら、今の話、しよう」
そう、優樹菜が、蒼太たち5人に向かって瞳を向ける。
葵が、「そんな……」と声を漏らしながら、床に膝をついた。
蒼太は、葵のその姿を見つめながら、胸が締め付けられる思いを感じた。
葵は今───新一の気持ちを、思いやっているのだ。
ずっと長い間、友人だと思っていた人物から裏切られたかもしれない可能性───それを、新一に突き付ける現実。
葵のために、それを、否定してあげたいと思った。
───だが、同時に、”できない”と、思った。
それをすることは、新田和彦が脅迫音声の送り主であるという推測を、認めないということ───罪を犯した可能性がある人物を、見過ごすということに他ならないからだ。
だとしたら、こういう時、ぼくは葵に、どういう言葉をかけてあげたらいいんだろう───その答えに、すぐに辿り着けない不甲斐なさを感じた時───ドアが、開く音がした。
確認しなくても、誰が入ってきたのか分かるはずなのに───蒼太は、はっとした目を、そこに向けた。
「───ごめんね。待たせてしまって」
6人の元に戻って来た新一は、そう、詫びた後、
「思った以上に、長い話になってしまって……申し訳ない」
と、苦笑を浮かべた。
その、新一が度々見せる、穏やかな笑顔。
「……社長……」
蒼太は、思わず、声を漏らした。
これからする話を、新一が聞いたら───その笑顔は、もう、見られなくなってしまうのかもしれない───。
「社長……あの」
そう、優樹菜が、切り出した。
「社長がいない間……私たちの中で浮かんだ話があるんですけど」
優樹菜はそこで、息を止めるように、言葉を止めた。
「……聞いてもらっても、いいですか?」
そう問いかけた優樹菜は、声が震えるのを、必死に抑えているようだった。
蒼太は、どんな表情を浮かべていいのか分からないまま、ただ、新一を見つめることしかできなかった。
───そうして、6人に見つめられた新一は、
「───ああ」
そう、深く、頷いたのだった。
その直後、悲し気に微笑んだ新一は、笑顔を保ったまま、こう言った。
「新田さんのこと、だよね?」
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