February Story4
脅迫音声の送り主───その正体への手掛かりを掴むため、優樹菜と勇人は、崎坂睦月に会いに行く。
崎坂睦月と連絡を取るのは、あの事件が解決して以来のことだった。
事件後───睦月と会って話すべきなのだろうと考えながらも、その決断に中々踏み出せなかった優樹菜にとって、彼に「この間の件で、聞きたいことがあるんだけど」とメッセージを送るのは、僅かな緊張を感じさせる行為であった。
───だが、そのメッセージに対し、返って来た睦月の反応は、優樹菜との関係を気まずく感じているとは思えないもので、優樹菜はほっとした。
放課後。
優樹菜は、勇人とともに、睦月との待ち合わせ場所に向かった。
3人の母校である、緑ヶ丘小学校から歩いて5分ほどのところにある、周囲を策に囲まれた空き地。
そこは、緑ヶ丘小学校の児童たちが遊びの場として使う定番スポットだ。ただ、冬の空気にさらされる今の時期には、子供の姿はほとんど見当たらなくなり、この時も、空き地の中心に灰色の髪の少年が立っているだけだった。
「───あっ」
下を向いていた少年が、顔を上げた。
優樹菜と勇人の姿に気付いた少年───崎坂睦月が、目を見開く。
「優樹菜、勇人……」
その、微かな声には、緊張ではなく、淡い喜びの色が浮かんでいた。
それに対し、優樹菜は「久しぶり」と、笑みを返した。
優樹菜につられるように笑顔を漏らした睦月は、その後、
「勇人も……久しぶり」
どこか、ぎこちない笑顔を、勇人に向けた。
優樹菜は、「ん……?」と思いながら、睦月の表情を見つめた。
「あの、さ……僕、勇人に会ったら、聞こうと思ってたことがあって……」
睦月は、躊躇いがちに、口を開いた。
「僕……先月、勇人宛に手紙を送ったんだけど、あれ……中、読んでくれた?」
「僕の携帯のメールアドレスを書いて、よかったら、勇人の連絡先、教えてほしいって書いたはずなんだけど……」
「何でわざわざ、お前に教えてやんないといけないんだよ」
「はっ……?」
睦月が、目を見開く。
「俺とお前に、連絡取り合ってまで話す内容なんかねぇだろ」
「いっ……いやいやいや!あるでしょ……!……す、すぐには、思いつかないけど……」
睦月が、そう、勇人に詰め寄る。
「ああ、もう、わかった!わかったから!それは、後から2人で話して!」
優樹菜は、2人の論争に割って入った。悪いが、今は、そのやり取りに付き合っている場合ではない。
「気を取り直して、聞きたいんだけど───睦月。先月の、事件のことについて」
そう告げると、睦月が、はっとしたように、背筋を伸ばした。
「才加凛子に、私たちを調査するように言われた時、才加と殺し屋を繋いだ、仲介業者のような存在がいるっていう話、聞いた覚えはない?」
睦月は、頭上の空を見上げて、「えっと……」と、呟いた。
「確か……あの人は、組織に所属している立場の弱い殺し屋から、“ASSASSIN”のメンバー6人のことを調べてほしいって言われたって、僕に話してた。才加は、最初、危険を冒したくないから、その頼み自体を断ろうとしてたみたいなんだけど、その殺し屋が、力はないけど、お金はたくさん持ってる人間だったから、引き受けることにしたって、そう言ってた……」
「つまり……才加は睦月に対して、自分と殺し屋を繋いだ仲介者の存在を、話さなかった……」
そう、呟きながら、優樹菜は、微かな失望を感じた。
もしかしたら、才加が睦月に対して、仲介者───脅迫音声の送り主について、話をしているかもしれないと、期待していたのに……。
「ごめんね……。あんまり、役に立てなくて……」
睦月の言葉に、優樹菜は、はっとして首を振った。
「そんなことない。才加が仲介者の存在を隠してたっていうことも、大事な証言だから」
期待していた答えが得られなかったのは、睦月のせいなどではない。どんな真実だろうと、大事な証言───それは、紛れもない本心だった。
そう答えると、睦月の目が、「……よかった」という言葉とともに、ふっと和らいだ。
「また、何か思いだしたら、連絡するね」
「わかった。ありがとう、睦月」
そう告げた後、「うん」と頷いた睦月が見せた笑顔は、1月に再会した時の、どこか影のある笑顔ではなく、純粋な喜びを、心から噛みしめるような笑顔だった。
※
睦月と別れ、本拠地へと向かう道を歩きながら、優樹菜は、「ねえ」と、勇人に呼びかけた。
「後でいいから、睦月の連絡先、登録してあげてね」
勇人が、僅かに視線を向ける。
「何なんだよ、お前も」
溜息まじりの声を聴いて、優樹菜は、「あのね」と、言った。
「連絡するとか、しないとか、関係ないの。ただ、繋がってたいんだよ、睦月は」
優樹菜は、睦月の明るい笑顔を思い出しながら、言った。
「それだけ、あんたに恩があるってこと」
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