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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第11章
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January Story35

睦月の過去と、それをきっかけに生まれた心の闇の正体とは───。

 その瞬間───睦月の体の中心を、激しい感情が貫いた。



 包丁を片手に握ったまま、呆然とする自分───それはきっと、間抜けな顔をしているのだろう。



 そう、自覚した瞬間───。



 ───とてつもなく、惨めだと思った。



「……なん……で……」


 発した声は、弱々しかった。


 その声を認識した瞬間、睦月の脳内で、怒りの火が、一気に膨れ上がった。


「───何なんだよ、お前ぇぇぇ!!」


 包丁を持った手を、激しく振りかざす。


「最初から……最初っから、全部わかってたのかよ!?僕がここに来るってわかって待ってたのかよ!?ふざけんじゃねぇよっっ!!」


 喉が、カッと焼けたように、声が掠れる。


 ハアッ、ハアッ……と息が漏れる。


 そんな睦月の姿を見つめる勇人の表情は、変わらない。


「ふざけてんのはどっちだよ」


 勇人が、口を開く。


 感情の読み取れない、赤い瞳が、睦月の灰色の瞳を捉えている。


「お前が俺を死なせて、何の意味になんだよ」


 睦月は、勇人の瞳を見つめ返して、「意味……?」と、呆然とした声を漏らす。


「意味ってなんだよ……意味なんか、あるわけないだろ!!」


 睦月は、怒鳴った。


「自分が幸せになりたかったからだ!!自分の命が惜しかったからだ!!自分の思い通りにならないのが悔しかったからだ!!お前が憎いからだ!!悪いか!?」


 叫んだ直後、喉に、カッと焼けるような痛みが走った。


「……お前にはわからないだろうな。僕が今まで、どんなに惨めな思いをしてきたか……生まれてすぐ両親が死んで、引き取ってくれる親戚は一人もいなくて、母親の親友が見ていられなくて手を挙げたんだ。僕は、生まれた瞬間、孤独になった……そんな存在なんだよ!」


 包丁を握る手が震える。


 忌々しい記憶が脳裏に浮かぶ。


 睦月は、「……でも」と、声を落とした。


「……一番惨めなのは、自分自身が、それに気づかず生きていたことだ……。僕とお前が、同じ小学校に通っていた時……僕は、僕自身のことを、お前らと何も変わらない存在だと思ってた。家族がいて、友達がいて、平凡だけど、幸せな……自分のことを、そんな子供だと思ってた」


 僕は、何をしようとしてるんだろう───心の中で、もう一人の自分が、戸惑っている。


 僕は、勇人を殺しに来たんだ───なのに、何で、勇人に対して、過去の自分の話をしているんだ……?


「……だけど、違った。緑ヶ丘小を転校した先で、それを知ったよ。新しいクラスメイト達は、僕のことを、”普通”として扱わなかった。……能力者として生まれ、親を亡くし、養子になった、可哀想な子……僕は、自分がそうであることをその時、初めて知った」


 包丁の柄を握る手は、こもった力の強さによって、刃先の部分を持っているのかと疑いたくなるほどに痛んでいる。


「……あの時の僕は、初めて向けられる視線に傷付きはしたけれど、でも、まだ……義理の母親からの愛情だけは、信じていた。血が繋がっていなかろうと、僕と……母さんの間には、本当の家族と変わらない絆があって、僕は、本当の子どものように愛されてきたんだって……その確信があったから、持ちこたえられていた……」


 睦月は、唇を、噛み締めた。


「……なのに」


 声が掠れる。


「なのに、違ったんだ。……小学校の卒業式の日……それが分かった」



 その時の光景は、睦月の脳裏に、べったりと貼り付いて離れない。


 思い出したくないのに、忘れ去ってしまいたいのに───どうして、人間の脳は、辛い記憶をいつまでも留めておくのだろう。



 卒業式の日───式が終わり、卒業アルバムを開いて、わいわいと寄せ書きを書き合っているクラスメイトから逃げるように、睦月は教室を出た。


 早く、お母さんと一緒に帰りたい───そう思いながら、玄関で待ち合わせることを約束していた佳織のもとに向かった。


 階段を下りて、走るように玄関に向かうと、下駄箱の近くに、黒いのワンピースを着た佳織が立っているのが見えた。


 後ろから「お母さん」と呼びかけて駆け寄ろうとした睦月の体は、「崎坂さんってー」という、甲高い声によって止められた。


「息子さんと、血、繋がってないんでしょ〜?」


 睦月は、ギクリとして、その場に、固まった。


 佳織の前に、見覚えのない2人の女性が立っているのが見えた。クラスメイトの誰かの母親たちだと、すぐに分かった。


「それに、旦那さんなしで、女手一つでなんて……すごいわぁ。色々、大変でしょう?」


「息子さん……睦月くん、だったっけ?サッカークラブ、入ってるよね?」


「あのクラブ、町の中でも有名よね?夏休みに遠征もあるって聞いたけど……旅費とか、高いんじゃないの?崎坂さんって、会社員とかじゃないよね?生活、ギリギリじゃない?」


「なのに、息子のためにって……尊敬だわぁ。血が繋がってないせいで、窮屈な暮らしだったって、思われたら、ショックだもんねぇ」


 佳織の心を気遣うよう───に見せかけた、嫌味な口調。


 睦月は、自分の心臓が、ドクドクと音を立てているのを聞いていた。


 何て、嫌な人たちなんだ───僕の大事なお母さんに、そんなこと……。



 ───しかし、睦月の心は、佳織が見せた行動によって、打ち砕かれた。



 佳織は、笑っていた。


 佳織自身と、睦月のことを馬鹿にした2人に対して、苦笑いのような表情を浮かべていた。


 母は───睦月が可哀想な子だということを、否定しなかった。


 睦月は、愕然とした。


 自分を今まで支えていた柱が、音を立てて崩れていくのが分かった。


 気付けば、睦月は、走り出していた。


 佳織の背後を駆け抜け、外へと、飛び出した。


「───睦月……!?」


 背後で、佳織の声がした。


 それでも、睦月は、振り返らなかった。振り返りたくなんかなかった。



「……それを知った瞬間、僕は何も信じられなくなった……。血の繋がらない母親の優しさも、そんな母に負担をかけないように真っすぐに生きてた自分のことも……何もかも」


 伏せた目の先に、ちっぽけな爪先が見える。


「……だから、生まれ変わろうと思ったんだよ。これから先は……一人きりで生きて行けるようになろうと思ったんだ。僕は可哀想な子なんかじゃない……。自分一人で生きていける力があるんだって……そう、証明しようと……良い子をやめて、ただ、自分が楽して幸せになれる道を考えようとした……」


 心に広がって止まらない、”惨め”という文字を、無理矢理打ち消すように、唇を噛みしめる。


「……だけど、それも簡単には、いかなかった。自由になるには、大人になること、金を得ること……そのどちらかか、どちらもが必要で、今回のことだってそうだ。大金欲しさに、見ず知らずの女の頼みを、簡単に引き受けた。お前たち……"ASSASSIN"のことを調べることだって、何の罪悪感も感じなかった」


 いくら言葉を発しても、いくら体に力を込めても、睦月の心につのった淀みは、消えない。


「……優樹菜に、僕の企みが知られそうになって……あの女から、"ASSASSIN"のメンバーを殺すように頼まれた時……少しだけ……ほんの、少しだけ、これは……僕自身のせいなんだって思った……。僕が、間違ったことをしたから、そのせいで、罰が下ったんだって……」


 苦しさに耐えられなくなって、睦月は、目を瞑った。


 ───そして、心の中を探して、一番最初に浮かんだ言葉───「……だけど」という三文字を口にしながら、目を、開けた。


「……違うよな。あの日……優樹菜に拒絶された時、はっきりと、分かったよ」


 睦月は、言った。


「僕がこうなったのは……僕がこんな目に遭ったのは、全部全部……お前のせいだ」


 勇人に向かって言っているはずなのにーーー睦月は、勇人の目を見つめることが、できなかった。


「お前が"ASSASSIN"にいなかったら、僕があの女の頼みを引き受けることだってなかった。お前がいなければ……僕が優樹菜を恨むこともなかった。僕が……こんな思いをしなくても済んだんだ……」


 伏せていた目を上げる。


 勇人の表情は───変化していなかった。


 ただ、何も言わずに、睦月の姿を、見つめていた。


「……何とか言えよ」


 自分のものではないような、低い声が漏れる。


「お前は、どうして、そうやって平然といられるんだよ……?親を亡くした、前の自分とは変わった。……罪を犯した。僕とお前は、同じ立場のはずじゃないのか……?」


 ゆらゆらと、睦月の足が動く。


「なのにお前は……正義のヒーローみたいな組織に入ってて、仲間がいて……仲間に守られて……どうしてお前だけ……何で僕にはないものを、お前は持ってるんだよ……。お前と僕の、何が違うんだよ……。……僕には、そんな存在、一人もいないのに……」


 胸が、締め付ける。


 苦しい───痛い。


 その辛さを───自分の弱さを打ち消すように、睦月は、「……お前なんか」と、声を漏らした。


「……お前なんか、死ねばいいんだ」


 声にした瞬間───カッと熱い感情が、全身を駆け巡った。


 目の前に包丁を吐き出す。


「───僕の前から、今すぐ消え失せればいいんだ!!」


 睦月は、叫んだ。勇人の目を、真っ直ぐ、見つめられないまま。



「───だったら、やれよ」



 その声に、睦月は、はっと、目を上げた。


「え……?」という腑抜けた声が漏れる。


 見つめた先で、勇人が、左手を伸ばした。


 睦月が握った───包丁に向かって。


「お前の弱さは、お前が原因なんだよ」


 睦月は、目を見開いた。


 勇人の白い指先が───包丁の刃先を、握ったのだ。


 ドクン───という衝撃が走る。


 睦月は、目の前の光景を理解することが、できなかった。


「口先だけで自分から動こうともしない奴が、何かを変えられるわけねぇだろ」


 勇人の手の間から、赤黒い液体が、溢れてくる。睦月の手の方向───包丁の柄に向かって、それは流れてきた。


「そういういい加減な生き方しかできないんなら、この先も、堕落しながら生きてけよ」


 そう言った直後───勇人が、包丁を、自身の体に向かって引き寄せた。


 腕が、強い力で動かされる感覚───このままいけば、勇人の腹部に、刃が刺さる───。


 そう、思った瞬間。


 睦月は、激しく息を呑みながら、包丁から、手を離した。


 2人が立つ間に、包丁が落ちる。


 刃頭が、地面に突き刺さる。


 元の色が分からない程に、赤色に染まった刃先を見つめて、睦月は、よろめいた。


 背中が、後方にあったビルの壁にあたる。


 目の前の景色が、歪んでいく。


「ひっ……ひっ……」と、誰かが声を漏らしている───それが、自分のものだと気付く。


 視界の中に、勇人の左手が見える。


 勇人の指先から、血液が滴り落ちる───。


 その瞬間───睦月は、逃げ出した。


 無我夢中で───出口に向かって。


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