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”ASSASSIN”—異能組織暗殺者取締部—  作者: 深園青葉
第2章
32/317

May Story8

”特部”の本拠地からの帰り道。

新たな出会いが、蒼太を待っていた。

「ちょっと帰り、寄り道しても良い?」


 北山町行きの電車の中で翼が言った。


 蒼太はそれを快く引き受け、行きと違い、他に乗客のいた社内では何気ない雑談を翼と交わして、時間が過ぎた。


 情報が手に入ったことと、捕まえるのは1人で良いと分かったこと、無事、特部との面会を終えられたことで、蒼太は気が楽になっており、それは少なからず、翼も同じようだった。


 北山駅のエントランスに着くと、


「ここから歩いてちょっとのマンション何だけど」


 翼に目的地に関する説明を受けた。


(マンション……人に会いに行くってことなのかな?)


 蒼太は頷きながら翼の˝用事˝を想像する。


(友達とか、親戚の人とか……それ以外でも、先輩、社交的だから、知り合い多そう……)


 そんなイメージのある翼に対しても、ここまで心を開くまで約1ヶ月を要したことを思うと、つくづく自分とは正反対だと蒼太は思った。


 外に出て、町の空気に蒼太は安心感を覚えた。


 そこまで遠くに行っていたわけでは無いのに久しぶりに帰って来たような気分になる。


(実際は3時間しか経ってないのに……。その3時間が濃密だったからかな……?)


 目的地であった特殊部隊の滞在時間も、今思えば20分程の出来事だったのだが、情報量が多すぎる時間だった。


(特部の人たち、みんな性格がバラバラな感じだったけど、組織として成り立ってて、しかも同じ家で共同生活してるってことは、やっぱり、4人の中で信頼関係ができてるってことだよね)


 蒼太はそこで、自分が名前を尋ねた時のレオの反応を思い出した。そして、その後のケイトの話も。


(……名前じゃなくて、番号で呼ばれてたって……ひどい施設だったんだろうな……。そこから、4人で一緒に逃げて来たってことは、尚更……)


 きっと、自分が想像できない程、彼らは辛い思いをしてきたのだろう。


(こんな風に思うの、失礼かもしれないけど……チエリさんのちょっと変わったところ、ケイトさんの身体の傷、リコさんの反抗的な態度、レオくんが言葉をうまく話せないのも……施設の影響なのかもしれない……)


「蒼くん、お腹空いてる?」


 深刻な蒼太の思考は、翼の問いで途切れることになった。


「あっ……少しだけ……」


 蒼太は本拠地に帰ってから昼食を取ろうと考えていたが、正午を過ぎた現在、空腹は我慢できる程度に感じていた。


 てっきり、翼が気遣いから訊いてくれたと思った蒼太だったが、


「今から会いに行く人が、やたら人に食べ物を渡してくるんだよね。だから、もしかしたら蒼くんにも、そうかもしれない」


 半ば苦笑しながらの翼の言葉に「ああ……」と納得した。


(お年寄りの人に多い、あの感じか……)


 蒼太は祖父母が父方の方が亡くなっているのと、母方が音信不通のため、会うということが全くないのだが、黒霧市に住んでいた時、父が仕事で不在の際にマンションの隣の部屋に住んでいた老夫婦が蒼太の面倒を見てくれたことがあった。その老夫婦は蒼太のことを本当の孫のように可愛がってくれ、蒼太が食べきれないくらいの量のお菓子を毎回、用意してくれていた。蒼太は当時、その親切心にどう反応して良いか分からず、黙ってそれを小食なりに食べるしかなかった。


(今思えば、ありがたいことだったのに……。あの頃は、おじいちゃんとおばあちゃんのこと、苦手で、話しかけて欲しくなかった……)


 特に根拠も無く、蒼太は˝大人˝という存在が嫌いだった。その名残は今も残っているのだが、大人と話

すことが当時の蒼太にとって何よりの苦痛で、それをなるべく避けながら生活していた。


(あの、おじいちゃんとおばあちゃん……ぼくが3年生になった時に、何かの事情で引っ越したんだよね……。今、どこにいて、何してるんだろう……?)


 もし、今、もう一度会えるとしたら─── 一言「ありがとうございました」と、そう言いたい。


 翼の言葉通り、マンションは歩いて10分も掛からない場所にあった。


 駅の近くということもあってか、蒼太の住んでいる地域では見ない立派な外装で、エントランスで翼がインターホンシステムのモニターに部屋番号を打ち込むのを蒼太は見つめた。


「あー、ばっさー。こんちはー」


 機械音混じりの眠そうな、少年の声がした。


「こんにちは。大丈夫?入って」


 翼が呼びかけると、


「良いよー。先言っとくけどー、掃除してないから部屋汚―い」


 プツリ、と通話が切れる音がし、その後、蒼太は翼とエレベーターに乗った。


 翼が押したのは5階だったが、確認してみると、このマンションは7階建てであることが分かった。


 ドアが開き、真新しく見える廊下を蒼太は翼の後に続いて進む。


 一番奥の左手の部屋のドアの前で翼が立ち止まった。


 手慣れた様子でドアノブに手を掛けた翼によって、蒼太は名前も知らない人の家に入ることになった。


(え……?何人家族……?)


 蒼太は広くはない土間に幾つも靴が散乱しているのを見て思った。


 スニーカー、革靴、サンダル……どれもデザインが全く違っていて、別々の人物の所有物のように見える。それが全て一人のものだと知ったのは、帰り道のことであるが、蒼太はその時になってからは、驚かなかった。


 狭い中、何とか靴を脱いで部屋に上がる。


「……お邪魔します」


 蒼太の小さな声に答える声は無かった。


 入って来た時は気付かなかったが、室内は留守なのかと思うくらい暗く、物音もしない。


 蒼太はそれを不思議に思いながら、翼の後ろから部屋の様子を覗いた。


 奥にキッチンがある。目に入った左側の部屋のドアは開いたままになっていて、ベッドのシーツが見えた。


 だが、リビングであるはずの、この部屋には何も置かれていな───と、蒼太は感じたのだが。


「そっちの子はー?初めましてだねー」


 篭った、無気力な声が後ろからした。


 蒼太は振り返って、ビクッと身体を揺らして声にならない声を上げた。


 そこ───部屋の隅───に、回転椅子の上で胡坐をかいて、こちらを見ている人の姿があった。その人物が翼と同い年くらいの少年であることに蒼太はすぐ、気付くことができなかった。


 何故なら少年は頭にカラフルなデザインのタオルを被っており、それで口を覆っていたからだ。


「あー、びっくりさせたちゃったー?ごめんねー」


 少年が声のトーンを変えずに言って、蒼太にぺこりと頭を下げる。そうしていると、ただ、タオルを被せられた置物のようにしか見えない。


「自分、影薄いんだー。ばっさー、紹介してよー」


 目元だけを翼に向ける少年───瞳の色が紫色であることから察するに能力者なのだろう。回転椅子の

後ろには机があり、その上には大きなモニターのパソコンが置かれていた。蒼太は特殊部隊のリコのことを思い出した。


「この春から新しく˝ASSASSIN˝に入ってくれた、清水蒼太くん」


「へーえー、なるほどねー。てことは、こっちのことは、ある程度、知ってるのー?」


「ううん。どころか、僕の専門も、まだ教えてない感じ」


「ばっさーらしいねー。良いよー、聞いてるからー、教えてあげなー」


 少年に促された翼が蒼太に向き合う。


「この人は、奈須(なす)琉輝(りゅうき)くん」


「よろー」


 琉輝の軽い挨拶に、蒼太は会釈で応えた。


「それと、蒼くん、本当はもっと早く、教えるべきだったんだけど」


 翼が蒼太を向く。


 蒼太は「何だろう?」と思うのと同時に、少しだけ身構えた。


「僕と琉輝くんは共通の活動、というか、僕は元で、琉輝くんは現、何だけど」


 翼はいつもの穏やかな口調を変えずに、蒼太にこう告げた。



「情報屋なんだよね」



「情報屋……?」


 蒼太は聞き馴染みのない言葉に首を傾げた。


「ある事柄に対しての情報を集めて、その情報を必要としている人たちにお金で売る───それを生業としている人たちの呼び方で、僕は˝ASSASSIN˝に入ることになった去年の秋まで、殺し屋専門の情報屋をやってたんだ」


「あっ……」


 蒼太はそこで思い出した。


 ˝殺し屋専門の情報屋さんへ˝


(水野が監視カメラに掲げてた、先輩へのメッセージの、最後の言葉……)


 あれを読んだ未来が納得していたのは、既に翼がそうだと知っていたからなのか、とここに来て納得が

行った。


(それに、先輩が殺し屋に関するデータをたくさん持ってることも……)


 加えて、翼に出会った当初からの疑問が解けた。


「それで、琉輝くんの専門は、能力者。能力者に関するスペシャリストって言っても過言じゃないくらい、たくさん知識とデータを持ってるんだ」


「めっちゃ褒めるじゃーん、ばっさー。実際そうでもないよー」


 本心から言っているのか読み取れない声で、琉輝は口にした。


「で、用事ってなにー?」


 その目は真っすぐに翼を捉えている。


「ある、能力者を調べて欲しいんだけど」


「やっぱ、そういうことねー。聞くまでもなかったー。の前に、後輩くーん」


「あっ……、はい」


 蒼太は呼ばれて身構える。


「これ、食べるー?」


 差し出されたのはスナック菓子が入った個包装だった。


「あ……、ありがとうございます」


 蒼太はここまで来るまでの翼の話が本当だったことを確認しつつ、礼を言った。


「ばっさーはー?いるー?」


「ううん、僕は大丈夫」


「そう言うと思ったー。どんな能力者を調べたいのー?」


 琉輝は尋ねながら蒼太に渡したものと同じ菓子の袋を開け始めた。


「鳥を操る能力者」


 翼が答えた。


 蒼太は、翼の個人的な興味だと知りながら、頭に「?」を浮かべずにはいられなかった。


 それは琉輝も大体、同じだったようで、


「鳥ー?限定的だねー」


「うん。まだ、確証が持ててないから詳しく話せないんだけど」


「そういうことー?おー、ビンゴー」


 琉輝は蒼太が気付かない内に、モニターに向き合っていた。


 その画面には検索結果が表示されていた。そうして検索した言葉は「鳥を操る」となっている。


「しかも、北山在住っぽいねー。名前は蜷川(にながわ)汐里(しおり)


 翼は画面をじっと見つめ、やがて頷いた。


「蜷川汐里さん、ね。───わかった」


「あー、少なくて良いよー。ばっさーにはお世話になってるし。500円あればじゅうぶんー」


 財布を取りだした翼を、琉輝が椅子ごと振り返る。


「ありがとう。じゃあ……、はい。ちょうど500円」


「はーい。まいどー。役に立ちにでもしたら、何に役立ったのか、教えてねー」


「うん、もちろん」


「やったぁー。んー?ばっさー?」


 抑揚のない声で喜びを表現した後、琉輝は椅子を前に出し、翼に近寄った。


 そうして、翼が着ていたシャツを掴み、匂いを嗅ぎだす琉輝を見た蒼太は目を見開くことになった。


「リーさんに会ったー?」


「ああ……うん。朝、駅前でたまたま会って」


(駅前……?……先輩が知り合いらしい人と会ってるの、ぼく、気付いて無いから、ぼくと合流する前に、

先輩、誰かと会ったってこと……?)


 特に、自分が気にすることでは無いと思うが、蒼太は琉輝が発した˝リーさん˝という呼び方に引き付け

られた。


「たまたまかぁー。ばっさーが呼び出し成功したの、期待しちゃったー」


 琉輝は言いながら、また口元をタオルで覆った。


「残念ながら、だね。でも、河井先生に呼ばれてたみたいだよ」


「せんせーかぁー。それは動かないとだねー」


「そういうことみたい。琉輝くん、また、いつお世話になるか分からないけど、その時はよろしくね」


 翼が体を玄関の方に向ける。


「んー。いつでもどーぞ。暇だからさー」

 

 琉輝が椅子を左右に動かしながら頷く。


「じゃあ、行こうか、蒼くん」


 翼の言葉に、蒼太は琉輝に背を向けた。そうして、出入り口の前で「お邪魔しました」と言うために、振り返ると、


「きみ……」


 琉輝が目を見開いて蒼太を見つめていた。


 蒼太はその、意外な表情に動揺する。


(なに……?ぼく、いけないことした……?それとも、後ろに何か付いてる……?)


 後ろで「あっ」と翼が何か言いだす声が聞こえたが、琉輝がそれを遮った。


「……そうなんだー。へーえー。これ、あげるー」


 裏に何かを秘めたように頷いた琉輝は、蒼太に先程渡した個包装の菓子が入った袋を、そのまま差し出

して来た。


「えっ……?い、良いんですか……?」


 蒼太は混乱しつつ、袋を受け取る。


「良いよー。じゃあねー」


 琉輝は右手をひょいと上げ、2人に別れを告げた。



 マンションを出て、本拠地に向かう道で、琉輝の能力について、蒼太は翼の説明で知った。


「後姿を見るとその人物の情報が分かる」───という内容らしい。


 蒼太はそこから考えて、部屋を出る前、琉輝が驚いた表情を浮かべたのは自分の情報を知ったからだと推測が付いた。だが、一体、自分の何が菓子の袋をそのままくれるほど興味深かったのか、それはいくら考えても分からなかった。

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