January Story32
崎坂睦月を闇の世界へと誘い込んだ女の正体───それは、翼と光の2人と、深い因縁をもつ人物だった───。
優樹菜から、崎坂睦月の計画について聞かされた翌日───学校を終えた、翼と光の2人は、ある場所へと向かっていた。
優樹菜が崎坂睦月に呼ばれたという路地裏───崎坂睦月が、依頼主である、”ある女”に出会ったとされる場所。
昨夕、優樹菜の説明の途中、部屋にやってきた新一が語ったのは、崎坂睦月を悪の道へと誘った、”女”の正体───。
それは、”ASSASSIN”のメンバーと───いや、翼と光、2人に、深く関係する人物であった。
そして、昨夜。優樹菜の母・中野舞香の能力により、その人物が、今日、夕方4時45分頃、この路地に現れることが分かったのだった。
しんと静まり返った、狭く、薄暗い空間。
2人は息を詰めるように、先へと進んだ。
たどり着いた先にあったのは、右側を緑色の錆びたフェンス、左側を石垣に囲まれた行き止まりだった。
翼は、腕にかけた腕時計に目を向ける。
4時43分───。
「もうすぐ……かな」
光にだけ呼びかけたはずの声が、石垣に反響するように響く。
顔を上げると、神妙な目で頷いた光が、唇の間から、白い息を吐くのが見えた。
その時───だった。
コツッ……という微かな物音に、2人は、同時に、顔を向けた。
暗がりの道の奥───こちらに向かって歩いてくる、人の気配がする。
ゴロゴロと、車輪が地面を擦る音。
「スーツケース」という言葉が、翼の頭を過る。
最初に見えたのは、黒いブーツの爪先だった。
ヒールの足元は、迷いのない動作で、向かってくる。
「───あら」と、女の声がした。
「誰かと思えば、懐かしい顔が一つ……いえ、二つかしら」
姿を現したのは、黒い帽子に、黒いサングラスを掛けた女だった。
女は、2人の前で立ち止まると、黒い手袋を嵌めた手で、そのサングラスを外した。
「やっぱり……」
翼は、口を開いた。緊張感が、体中を貫く。
「やはり……あなただったんですね。ーーー才加凛子さん」
※
───才加凛子。
翼と光が通う、野ケ崎中学校で、かつて美術の教師として働いていた女───そして、光が"ASSASSIN"と出会うきっかけになった事件を巻き起こした張本人。
「やだ。久しぶりに会えたと思ったら、随分と他人行儀じゃない。前みたいに呼んでくれないの?───才加先生って」
才加凛子は、口元を歪めて微笑んだ。
あの事件が起きた後、凛子は、殺し屋である佐藤学に対し、光を殺害するよう依頼した人物として、警察に逮捕された。
しかし、その後の調査により、凛子には不起訴処分が下され、すでに釈放されていた───その話を、翼と光は、昨夕、新一から初めて聞かされた。
「それにしても、何の用?こんなところまで、わざわざ会いに来て」
紫色のアイシャドウをのせた瞼の下に見える凛子の目は、まるで、蛇のようだった。濃い化粧の下に、教師時代の穏やかな顔立ちは、全くと言っていいほど見えてこない。
「惚けないでください」
光が、口を開く。
「あなたは、知っているはずですよね。──何故、私たちが今になって、あなたに会いに来たのか」
凛子は、光に目を向けると、笑い声を上げた。
「……何が可笑しいんですか?」
「"野ケ崎中2年のエース"とも呼ばれた、優等生ちゃんが、偉く変わったわね。自分のこといじめてきた連中にも、そうやって言い返せるようにでもなったの?」
嘲笑うような口調に、光がぐっと唇を噛み締める。
「話を逸らさないでください」
翼は、凛子に向かって言った。
「僕たちがあなたに会いに来たのは、あなたに、ある疑いがあると思ったからです」
翼は、静かに息を吸い込んだ。
「崎坂睦月さん───知っていますよね?」
凛子の目が、僅かに鋭くなった。
「崎坂さんは、僕たち、"ASSASSIN"のメンバーを調査し、挙げ句の果てに、命を奪うよう、ある人物に頼まれた───その人物というのは、あなたですよね?」
僅かな間の後、才加凛子は、長く、息を吐き出した。
「……もう、そこまで調べてるのね」
そう呟くように言った後、凛子は、「そうよ」と、余裕の笑みを浮かべた。
「でも、その推測は、少しだけ違うわ。私は、"ASSASSIN"のメンバーの死体を欲しがってた殺し屋と、金がほしいと思っている高校生を繋いだ───いわゆる、仲介を行っただけよ」
「……だけ?」
光が、声を漏らす。
「無関係な人を殺人犯に仕立て上げることの、何が、それだけなんですか」
静かだが、確かな怒りを孕んだ声。
凛子は「いちいちうるさいわね」と、光を睨みつけた。
「だから、言ってるでしょ。私は、”ASSASSIN”のことを改めて調べたかったわけでも、あんたたちを殺したかったわけでもない。”ASSASSIN”の情報を欲しながら、自分では何もできない殺し屋が、”ASSASSIN”を知ってる私を頼って来たから、動いてやろうと思っただけよ。だけど私は、あんたたちに顔を知られてしまっている……大胆な動きはできないし、下手に出て失敗して、報酬をなしにされたら困る……そんなところに現れたのが、あのガキ───崎坂睦月だったのよ」
凛子は、ふんと、鼻を鳴らした。
「最初は、変な好奇心でついてきて、邪魔でしかないと思ったけど、人探しにうってつけの能力持ってたもんだから、こいつは使えると思ったのよね。しかも、あんたたちメンバーの中に、見知った顔がいるって、あいつが言うもんだから、私が頼まれたこと、こいつに押し付けてしまえば、私がリスクを負う必要もない──金で誘ったら、簡単に釣れたわ」
凛子は、嘲るような笑みを浮かべた。
「崎坂さんは、あなたに巻き込まれたに過ぎません」
翼は、凛子の笑顔をはめ付けた。
「あなたは、僕たちを殺すように頼んできた殺し屋から金を巻き上げて───それから、どうするつもりなんですか」
そう問いかける自分の声に、熱がこもっていくのがわかる。
「あなたは、実際に罪を犯した崎坂さんをないがしろにして、金を独り占めにするつもりなんじゃないですか。そうして、崎坂さんのことを囮にして、自分だけが逃げようとするんじゃないですか」
凛子は、「フフフッ」と可笑しそうに笑った。
「随分な言いようね。まあ───その通りなんだけど」
何気ない口調で言った凛子は、「───だけど」と、首を傾けた。
「───それの、何がいけないの?」
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