January Story29
優樹菜に心を裏切られた睦月は、罪を犯すことを決める───。
生きる世界に、光が見えなくなったのは、いつからだろう。
狭い空間の中、”母”の暑苦しさに鬱憤を募らせた我が家。
時間と規則で生徒たちを縛り付け、自由を許さない学校。
睦月は、ずっと、自分の居場所を見つけられずにいた。
だから、早く大人になりたかった。
自由になりたかった。
そのための術が、ほしかった───。
だからだ───と、睦月は思う。
僕が、あの女の無茶な頼みを、何の考えもなしに引き受けたのは、その術が、手に入ると思ったからだ。
それが───金がもらえるのなら、どうだってよかった。
そんな、堕落に堕落した僕の心に、光を差し込んでくれたのは───優樹菜だった。
逢瀬高校の前で、4年ぶりに再会した時の、胸の高鳴り。
休日に、偶然を装って出会ってから、喫茶店で2人で過ごした時間。
公園のベンチで、僕が心に隠した真実が知りたいと言った、優樹菜の、真剣な眼差し。
優樹菜だったから───優樹菜を、傷付けたくなかったから、僕は、嘘をついた。
そして、もうこれ以上、悪事に加担するのはやめようと、決意した。
女に僕の心を追い込むような頼み事をされた───”ASSASSIN”のメンバーを殺せと言われた時も、僕は、優樹菜のことを、信じていた。
優樹菜なら、僕を信じてくれるって、信じてた───。
───でも、違ってた。
優樹菜は、僕のことを、理解してくれない。
優樹菜は、僕が”光”を見ようが、”闇”に落ちようが、どうだっていいと思ってる。
だったら、優樹菜の”光”を、僕が、奪ってやる───。
睦月は、台所の、シンクの前に立っていた。
深夜0次の家の中は、静まり返っている。
佳織が寝ている気配でさえ、感じられない。
流し台の下───引き出しの扉を開く。
扉の裏に引っ掛けてある包丁───番奥にあるものを、手に取った。
持ち上げて、角度を変えてみると、刃の中に、自分の顔が映った。
何も感じていないような瞳───思わず、ふっと、乾いた笑いが漏れる。
───僕はいつから、こんな顔になったんだろう。
ポケットに押し込んでいたタオルを取り出し、包丁を包む。
※
「───もしもし?」
居慣れた部屋に、静かな声が響く。
「……僕です。あの、昨日、した話なんですけど。あなたの言う通りにするつもりなので、詳細が決まり次第、連絡してもらっていいですか」
カーテンを閉めていない部屋の中に、外から光が差し込んでいる。月なのか、それとも、単なる街灯なのか。
睦月は、スマートフォンを握った腕を下ろした。
視線の先に、本棚が見えた。
いつもあったはずなのに、睦月はまるで、それがそこにあるのに、初めて気付いたような気を覚えた。
本棚の一段目───サッカーボールのフィギュアが飾ってある。
ああ───そうか、と思った。
僕が、光を失ったのは───。
睦月は、顔を背けた。
今、昔を思い返したって、何の意味にもならない。
もう───僕には、過去も、現在も、未来も───もう、何も、必要ないんだ。
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